09月≪ 2017年10月 ≫11月

12345678910111213141516171819202122232425262728293031

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2014.07.06 (Sun)

狼さんには敵わない!

「狼さんには敵わない!」


タイトル通り、狼に振り回される兎さん物語です。

それではどうぞ。

スポンサーサイト
13:12  |  オリジナルキャラ編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.10.30 (Sun)

彼方の心をあなたへ(後編)

前編のつづきです。




「ただいまー夕鈴」

遅くに、妃の部屋へとやって来た陛下。拝礼して陛下を出迎える夕鈴はどこかぎこちなかった。夕方のことをいつまでも引きずるわけにはいかないのだが、上手く演技に切り替えられない。

それでも慎重に会話を進めていた夕鈴であったが、鋭い陛下がその微妙な変化を見逃すわけもなく、夕鈴は質問の波にさらわれることになる。


「体調でも悪いの?」

「いいえ。大丈夫ですよ」

努めて冷静に、夕鈴は答えた。その態度が気に入らなかったらしく、子犬陛下に再度尋ねられた。


「元気ないみたい…僕、心配だよ」

「大丈夫です。元気いっぱいです」

微笑みをたたえて答える。お妃演技の続きをしているようで胸が痛んだが、夕鈴にはどうすることも出来なかった。そのまま他愛ない会話を繰り返し、陛下の疲れを労り続ける夕鈴。
お茶を出し、茶菓子を勧め、やっとくつろいだ頃には、夜半をとっくにまわっていた。中点まで登りつめた月の光が、格子窓から一筋射し込んでいた。
穏やかな雰囲気に、夕鈴の心の呪縛もすっかり解けたようだった。


「そういえば…今日占ってもらったんだって?」

突然の再来に、夕鈴の鼓動がドキッと跳ねる。思わず手にしたお茶をひっくり返してしまった。すみません…と慌てて謝り片づける夕鈴。お茶のしずくをふき取っている間、返答をどうしようかとばかり考えていた。


「なんか元気ないのは…占いのせい?」

「いいえ。占いは全く関係ありません」

「ふうん、なんて言われたの?」

「……え?」

ふき取る手を止め、顔を上げる。陛下の視線は、真っ直ぐ自らに向けられていた。まじない師とは異なる優しい視線。だけど一方で、心の隙間の綻びを見つけ出しては入り込み、すべてを凌駕するような視線だ。
身震いを感じて、夕鈴は目を反らした。

怖い。


「占い師になんて言われたの?」

「何も…」

夕鈴は頭を振った。


「良い結果ばかりでした、なんだか得した気分ですよ」

目を伏せながら答える。嘘ばかり…またここでも心を偽るの。
ずっと気持ちが晴れないのはあの人の言葉通りだから…後宮に戻って来てからそのことばかり考えていた。

その後の会話も曖昧な返答ばかり続く。占いに興味の結果にとても興味を持っている陛下だったが、確信に触れることはなかった。
この人はいつもそう、大切な言葉は、一番聞きたいことは私に言わせる。私が言うまで待つ。心に強制をしたことなど一度もない。そんなあなたに甘えている私。

陛下が優しく微笑むたびに、痛む胸。痛みに気付いていてもなお、笑い続けようとする私。


こんなのじゃダメ、私…ちゃんとするって決めたのに。

ちゃんと演じなきゃ、狼陛下の花嫁を。



「陛下!」

夕鈴は顔を上げて、陛下を呼んだ。陛下は夕鈴の目の前に居て、ずっと様子をうかがっていたようだった。目には心配の色を浮かべていて、夕鈴の心が痛む。


「…あの」

「さきほど、帰ると言っていたよ」

「え?」

「まじない師。さっき僕の部屋に挨拶に来てた」

「もう…王宮を立たれたのですか?」

「まだ居るかも」

「……」

なぜ聞いたのか分からない。
どうして、気になるのかも分からない。ただ、諦めで終わってしまった会話に、後悔していた。何も答えることのできなかった自分が、みじめだった。
私の気持ち、私の思い、彼女は知っているのに、この人は知らない。この人は知らないのに…彼女にだけに知られているのなんて、嫌なの。

明らかに様子のおかしい私にも関わらず、陛下がそのことに触れることはない。それが余計に心をざわめかせる。

この人も見抜いている…?違う。この人は心配しているだけだ。優しい優しい子犬陛下。私が、もうひとりのあなたに、偽りのあなたに……恋心を抱いているのなんて知らずに。

夕鈴は心の中で首を振った。


「夕鈴…?」

心配を濃くした声音に、夕鈴の体がびくり…と震えた。


「あ…お茶をお淹れいたしましょうか?」

「……」

陛下は夕鈴の問いかけには答えずに、無言で窓辺に進み出た。淡い月夜のきらめきが陛下の横顔を照らしている。


「変わることを恐れては、前には進まない」

「……え?」

「昼間、まじない師に言われた言葉。彼女の言葉は不思議と心をつく」

「……」

陛下にも同じことを言ったの?夕鈴は驚く。
前に進むことを恐れているのは、私だけではない…の…?


「僕自身も…変わらなければならないのかな」

カワラナケレバ…。


そう、変わらなければ、前に進むことはない。

何も――――始まらないの。



気づくと、駆けだしていた。
自室の扉に体当たりするように外へ飛び出し、回廊を駆ける。背後から陛下が声を掛けていたが、私の耳には痛みしか届かなかった。















行燈の灯りが怪しく揺らめいていた。昼間はろうそくであったが、夜の視野は灯火の光だけが頼りであった。

荷造りをする手がふいに止まったかと思うと、まじない師がこちらを見ていた。まだ太陽が高い頃深く被っていたベールは取り払われ、露わになった顔が夕鈴の方を向いていた。


「お妃さま…?」

肩で息する妃の姿に、興味の視線が注がれる。真夜中の突然の来訪にたいして驚かず、まじない師は快くもてなしてくれた。見事に暗幕に覆われていた小部屋は綺麗に片づけられ、少しだけ残った荷物を箱詰めしている最中であった。


「もう出立しなければならないのですが…。ちょうど良かった、お妃さまに今一度ご挨拶をして、お暇させていただきたいと思っていました」

「まじない師さま」

「はい」

ふたりの目が合う。夕鈴の目には昼間にはなかった、はっきりとした意志の輝きが灯されていた。それを確認したまじない師は、静かに微笑んだ。


「お妃さまに今お逢いでき、昼間の胸の痛みが和らぎました」

「……」

「悟られたのですね?」

すべてを見透かすようなあの強烈な視線はなく、代わりに優しい双眸が、夕鈴を捕えていた。


「悟ったのはずっと以前です、私は隠し続けていた」

震える肩を両手でそっと抱いた。微動に震える双肩は、心の弱さを映し出しているのではない。夕鈴は何度も頷くと、まじない師の目を真正面から見つめた、今度は反らすことなく。

さきほどまで顔を覗かしていた月が、雲に入ると、周囲はより暗くなった。虫の羽音だけがりんりんとなるこの開け放たれた小部屋で、ふたりはずっと見つめ合ったまま。


「好き……です」

「……」

息がつまりそうだった。浅い深呼吸を繰り返し、夕鈴は声を出す。


「陛下が、好き」

たった一言。陛下のことが好き。好きなの。

あなたの声が、あなたの優しさが、あなたの視線が。怖い狼陛下も、優しい子犬陛下も。演技するあなたも。素のままのあなたも。

すべて。

あなたが好き。


「……」

「これが……私の隠し事」

秘め続けなければならない気持ち。蓋をし続けた思い。苦しくて、苦しくて、何度も夢の中で伝えてきた。そのたびに辛くて、気持ちなど錯覚であると言い聞かせていた頃が辛くて、悲しくて。

あなたの姿を目で追いかけている自分が、堪らなく苦しかった。


涙が頬を伝う。



「私は…怖かったのです、あなたが」

「……」

「私の心を見抜くその目が怖かった。すべてを悟るその視線が苦しかった。でも…隠し続けることのほうが怖く苦しいことに気付いた」

あなたのおかげで…夕鈴は右手を差し出した。まじない師は躊躇することなくその手を掴むと、堅く握りしめた。


「変わることを恐れては、前に進めない。あなたはそうおっしゃいました」

「はい」

「陛下にも同じことを言われた。どうして…ですか?」

「あなたにも陛下にも、前に進んで欲しかった、それだけです」

「陛下は…前に進むことを恐れていると?」

それはなぜ?


「それは…」

ふいに言葉を止めると、まじない師はゆっくりと拝礼する。
慌てて振り返ると、そこには陛下が立っていた。


「!?」

陛下は分別つかぬ表情を浮かべて、夕鈴を見ていた。


「陛下!いつからいらして…」

まさか会話を聞かれていたんじゃないか…夕鈴の呼吸は止まりそうだった。
告白を聞かれていたとしたらと考えると、いてもたっても居られない。熱くなる頬を長い袂で隠しながら、後ずさりする。


「夕鈴、待て」

芯のある強い声音に押されて、夕鈴の後退は止まる。否、足がすくんで動けなかっただけだ。
陛下は横目で夕鈴を眺めながら、ゆっくりとまじない師に近づいていった。


「顔を上げよ」

陛下の合図で顔を上げるまじない師。ふたりが見つめ合う様子を、夕鈴は直視できない。


「妃が私との逢瀬中に、慌ててお前の元に駆けていったので、心配になってな」

「あなたでも…誰かを心配されるようになったのですね」

「私を何だと思ってるんだ。血の通った人間だぞ」

「血は血でも、冷酷非情な狼の血では…」

「言うようになったな、よほど命知らずらしい」

「ご冗談を」

ふふふ…口元に手を当ててほがらかに微笑むまじない師。怖いもの知らずの発言を、夕鈴は茫然と聞き入っていた。まだまだ直視できないので、盗み見ながら。


「もう話は済んだであろう。そろそろ返してもらおうか?」

陛下はまだ固まったままの夕鈴を抱き上げる。


「きゃっ」

ふわりと視界が反転して、夕鈴は慌てて陛下の肩を掴んだ。


「え、陛下。ちょっ……」

離して!とは叫べずに、力なく抵抗する手を止めた。
どうせ離れたところで、心が解放されるわけではない。


「お妃さま。きっとお元気で、そしてまた来年お逢いしましょう」

陛下の背中に向かってまじない師が言う。
陛下はふんっと鼻を鳴らす。暗闇の中、足早に立ち去る陛下に抱きかかえられる夕鈴と、揺れるように消えていくまじない師。

再び逢うそのときは、もう占いなど必要ないのだろうか…。

月が揺らめく。
淡い陰影の向こうで、まじない師ひとり残して。














どうしよう…。
もうずっとそればかり呟いてる、もちろん声には出さずに。繰り返し、繰り返し。

陛下の心音が絹衣を通して鮮明に伝わる。いや、これは陛下ではなく私の心音かもしれない。やかましいくらい鳴り響くこの音色を、陛下には聞かせたくない。


「へ、陛下…」

夕鈴は声を絞り出した。陛下が答えることはない。


「陛下……」

ぴたりと進む足が止まった。

呼んだはいいが、なかなか顔が見れなかった。すぐそばにあるのに、目を合わせることはおろか、ずっと肩越しの景色ばかり見ていた。

いろいろ聞きたい。けど。怖くて聞けない。


「なぜ目を反らす?」

誰かに伝えることで解放されるかと思っていたが、余計苦しくなった。意識して口に出してしまうと、もう止められない。隠し続けたい、知られたくないのに…。

逃げられない。
止められない。


「陛下、降ろしてください」

「降ろしたら、君はまた逃げる。私のそばから」

「逃げません」

聞いて欲しいから。あなたに。
ゆっくり視線を合わす。困り切った瞳の彼に向かって呟く。


「もっと困らせちゃうかも…、でも。聞いてくれますか?」

久方ぶりに地に足をつけながら、夕鈴は尋ねた。


「君の言葉を聞かずに、誰の言葉を聞くんだ?」

ますます困り切った表情を浮かべた陛下に、夕鈴は肩をすくめて見せた。


「そんな顔しないでください」

「君こそ、そんな顔をするな。できれば笑顔が見たい」

「……」

偽りの、張り詰めたような笑顔を作ることは出来る。でも、あなたの前では本当の笑顔を見せたい。


「陛下。さっき、私たちの会話聞いてました?」

「聞いていない。聞こえただけだ」

「聞いてるじゃないですか」

夕鈴は、はぁ…とため息を漏らす。


「内容は?」

「内容までは分からない。ただ、君が泣いてたのは見えた」

「……」

一番見られたくないところを見てるし…夕鈴は再度ため息をついた。
でも…告白は聞かれてなかったみたい、良かったといえば良かったんだけど。直接、伝えなきゃダメってことね。

泣き顔をさらして気持ちを伝えるなんて、今さらながら恥ずかしかった。もし本人を目の前にしてたら…と思うと、倒れてしまいそうだ。

でも伝えたい。いいえ、伝えないと、ありのままの気持ちを。

隠し続けることはない、気持ちに蓋をすることはない。
自分の心を偽ることはやめた。


『変わることを恐れては、前には進めない』


まじない師は最後に教えてくれた。私の恋愛運。


『あなたの思い人との運勢は良好。努力は極めて吉となる』

努力すれば…なんとかなるのかな。
占いなんて信じてないけど、信じてみたいと思う。





「―――陛下」

「うん?」

「聞いてくれますか?」


私の気持ち。

つたない言葉でも、ちゃんと言えなくても、たとえ途中でくじけそうになっても。

最後まで伝えるから。





あなたが好き。












二次小説第62弾完了
すみません、お目汚ししました。やたら長く、ラブシーンも少なく、狼陛下ファンにとっては物足りない小説でした。ミケだけが満足しているという現状でございます(汗)ですが、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます
以前、陛下の気持ちを書いたときもやたら長く、暗く、退屈、という三拍子揃ったものになったのですが(“揺れる心と君と僕と”参照)今回もですね。でも、夕鈴が「好き」っていう自分の気持ちを口にするのは初めてです!書いててドキドキしました。最後は告白か…?という際どいシーンで終わってますが、その後は皆様の妄想にお任せします(←放置プレイ)

最近の雑誌を読んでいて、最終的には狼陛下と花嫁がどう結ばれるのか、ばかり考えてしまいます。本命としては、陛下からの告白なんですが、夕鈴から告白もアリだなぁっとひとりニヤニヤしています。いよいよ陛下の地位が盤石なものになり、本物のお妃さまを迎えることになったせっぱつまった段階で、夕鈴から思い切って告白。
「やっと気づいたの。あなたの隣を誰にも渡したくない…」と涙を湛えて告白。それか、「もうこれ以上心を偽って演技したくない…」と陛下の胸に飛び込む夕鈴。
あぁ、ピュア最高です!(笑)


02:36  |  オリジナルキャラ編  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2011.10.30 (Sun)

彼方の心をあなたへ(前編)

彼方の心をあなたへ

久しぶりにアップします!
テンポ良い短文を…を目指して書いたつもりだったのに、やたら長いシリアスになってしまいました。しかも暗い暗い。

夕鈴目線の長文でふたつに分けています。シリアスどんとこい!という人のみ、休憩しながら読んでください。

ではどうぞ。













「お妃さま、少しよろしいでしょうか?」

顔を上げると目の前には顔見知りの女官が立っていた。


「え?何かしら…?」

少しウトウトしていた。
すっかり意識を戻した夕鈴は妃笑顔を貼り付けて、しんと佇む女官に柔らかく声を掛けた。小卓に伏せたままの半身を起こし、顔にかかる髪を後ろへやる。


「お休み中のところ申し訳ありません」

「構いませんよ」

にっこり微笑み掛ける。女官が少し動くと、背後から見え隠れする眩しい日差しが目についた。夕鈴は眉根を寄せると目を閉じてすぐ薄目を開けた。


「少し眩しいみたい。窓、閉めてくださる?」

片手で日差しを遮りながら、夕鈴は言う。夕鈴の言葉に女官は明るい日差しが差し込む格子窓を閉じた。外からの穏やかな日で照らされた室内が途端に暗くなる。


「あまりに暖かいので眠ってしまいました…」

照れ笑いを浮かべると女官は優しく答えてくれた。


「仕方ありませんわ。昨晩も、陛下のお渡りは遅く、お妃さまもあまりお休みになっておいでではないでしょう」

何気なく呟いた女官であったが、夕鈴の心はひどく跳ねた。

女官としては、夜伽を命じられた妃を労って投げた言葉であったが、実際そんな事実はなく。明け方近くまで休憩を取っていた陛下に付き合っていただけだ。

激務続きであまり休息を取っていないにもかかわらず、妃への溺愛ぶりを披露するため、心労をおして後宮の奥深くまで足繁く通うことを課せられた彼。心配より以上に、不安になる。彼が身を削った分だけ、命を削ってはいないかと…。お支えしたいけれど、ちっぽけな自分には何も出来ず。昨夜も安堵の表情で眠り続ける彼のそばで、彼の寝顔を見つめていただけだった。
もどかしさを感じるのは初めてではない。だけど…心を刺すちりちりとした痛みは色濃さを増していた。明らかに、あなたへの気持ちに気付く前よりも。


「お妃さま…?」

呼び掛けにはっとする。夕鈴は慌てて返事をすると、女官の話を促した。
夕鈴の顔を覗き込んでいた女官は、背筋を正すとごほん…と咳払いした。


「…お妃さま、実は今王宮に異国のまじない師が来ております」

「まじない師?」

何それ?口には出さず、女官の次の言葉を待った。


「はい。一年に一度王宮に来られるお客様で、昨夜遅い時間に王宮入りされたようです」

女官の説明によるとこうだ。

一年に一度王宮から招待をされている異国のまじない師は、今後の展望を占う重要な役目を仰せつかっている。王を始め、国を司る重鎮も一緒に占ってもらうそうである。


「今年はお妃さまも陛下とご一緒にということなんですが…」

女官の視線がふいに落ちた。


「どうしたのですか?」

急に抑揚の無くなった声音を心配して、夕鈴は尋ねた。


「まじない師様は公式の場では女性を占うことは出来ないそうで…」

あぁ、そういうことか。今や狼陛下の絶対の寵愛を独り占めする妃であるのに、公の行事に参列出来ない私を不憫に思っての発言だったのね。夕鈴はひとりでに納得すると、俯く女官を見つめた。いかにも良家出身のお嬢様らしい心配だわ…
そのような待遇、慣れているのにね。夕鈴はくすりと笑うと女官の手を取った。

女官の手はしっとりとしていて、いい匂いがした。


「占いなど…当たったためしはありませんから。それに国の展望を占う儀式に妃が参列しても意味がありませんわ」

女官は困ったように笑うと、夕鈴の手を握り返した。


「占いは当たるものではなく、信じるものですよ。異国のまじない師様はそれは評判の方でございます」

「ふうん?」

夕鈴は半分興味なさ気に答えると、たった今運ばれたばかりの淹れたてのお茶を口に運ぶ。
芳しい香りが口内を満たし、ほっと息をつく。運んで来た侍女を下がらせると、話の続きに戻る。


「ですからお妃さま。わたくし考えましたの。この方法でしたら問題なくまじない師様にお逢い出来ます」

「………え?」

今逢うって言ったの?困惑顔で覗き見ると、女官が力強く頷いた。


「まじない儀式は本日昼より開かれるとか。まじない師様は急務のため1日しか滞在されません。チャンスは夕方のわずかな時間ということになります」

「え?ちょっ……何を言っているのか」

分かりませんわ…内心の動揺をひた隠しにして、夕鈴は妃笑顔で答えた。動揺する夕鈴とは対照的に見やった女官の顔は、どこまでも真顔だった。

え?本気…なの?

驚きより不安が胸をついた。占いなどで満たされることのない気持ち。隠し続けた想いをまじない師に暴かれるような失態だけは避けて通りたい。

夕鈴の胸の内の片鱗を読み取ったのか…女官は安心させるかのように軽く呟く。


「占いは当たる保証など無いものですわ。そのように深刻にとらわれることなどありません」

「いいえ、そういうわけでは…」

「ご安心召されませ。きっと幸多き未来をお示しくださいますわ」

「……」

夕鈴の心は晴れない。


「近隣でも評判のまじない師様にございます。ぜひお受けくださいませ」

「でも…」

「国の大事なお客様、お妃さまとしてお逢いくださいませ」

















結局女官に説得され、夕鈴は占いを受けることになった。

案内された部屋は王宮の北端近く、日当たりの悪いその場所はお客様を迎えるには不向きな場所であった。


「まじない師様はこちらに?」

本当に?
冗談っぽく尋ねてみたが、女官の返答は真面目そのものだった。


「占いによりますと、王宮でここが一番清純な場所であるとか」

女官は厳かに答えると、扉を厚く覆っていた暗幕を持ち上げた。


「中にいらっしゃいます」

「中…」

とてもそんな風には思えない。女官が指さした中は、どこまでも暗闇に覆われていたから。
一寸先でさえはっきりとしない闇の中を夕鈴は手探りで進んでいった。途中何度も女官の姿を確認しながら…。


「王宮の北側は何度か来たことがあるけど…このような所を歩くのは初めてよ」

「わたくしにとってはお馴染みの光景であります」

「お馴染み?」

「まじない師様は、いつも深夜にお越しになられて、太陽が出るまでの間にこのような暗幕に覆われた部屋をお作りになります」

「太陽が出る?」

「太陽が死ぬほど苦手なのでございます」

くすり…と小さな笑い声が背後から聞こえた。


「なるほどね…」

この世には変わった方がたくさんいるのね…非日常的なお妃生活を長く続けて来た夕鈴は、多少のことでは驚かなくなっていた。


そうこう話しているうちに、少しほの暗い開けた場所に出た。ろうそくの灯りがぼんやり揺れている。背後に控えていた女官は夕鈴に軽く拝礼すると、一歩前に出て背筋を正した。

どうやら目的地に着いたようだ。想像以上に長い道のりに少し足が疲れていた。
暗闇に女官の緊張気味の声が響く。


「まじない師様。お妃さまのお越しにございます」

ややあって、奥からごそごそと物音がした。動く人影にろうそくの灯りが揺らめいている。

ドキドキしながら待つ夕鈴の心にはまだ見ぬまじない師への興味が沸く。


奥から出て来たのは、ベールを被った長身のまじない師。いかにも占い業を営んでいる風体だ。


「あなたがまじない師様ですか?」

夕鈴の声にろうそくが怪しく揺らめいた。
まじない師は深々と拝礼すると、夕鈴を席へと導く。


「このたびの国の展望を占う儀式、お疲れさまでした。昨夜遅く王宮入りしたにもかかわらず、今夜にもお立ちになるとか。それで、あのう…」

夕鈴はちらっと女官を見た。なかなか占って欲しいとは言いにくい。しかも…望んで来たわけではないし。

視線を察して女官が口を開く前に、まじない師が大きく息を吐いた。
ドキリと見やると、まじない師は口元に笑みを浮かべていた。少し気恥ずかしさを感じつつ、夕鈴は咳払いした。


「まじない師にお逢いするのは初めてなので、少しお話したかったのです」

「……」

「旅支度もございましょうから、すぐいおいとまさせていただき…」

「占って差し上げます」

「!?」

覇気のある高い声が響く。夕鈴はその声の大きさに驚き、さらには音色に驚いた。

この甲高い声はまさか…。


「お察しの通りにございます」

ベールからすっかり現れた二つの目が夕鈴を見つめていた。その顔を確認した夕鈴はあっ…と小さく声を上げる。


「あなた…」

まじない師は女性であった。


「拝顔かないまして恐悦至極にございます。初めまして、お妃さま」

「……女性の方とは存じませんでしたわ」

狼狽する夕鈴への返事はとても落ち着いたものだった。まじない師は軽く笑みを浮かべると、良く言われます…とベールを目深にかぶり直した。


「さて、占って欲しいのは全体運でしょうか?それとも、この先の未来のこと…?」

薄く紅が引かれた唇が縦に動く。夕鈴はまだ興味深く見つめていたが、女官に声をかけられてはっと意識を戻すした。暗闇でもくっきりと映る端正な顔立ち。予想外の風貌に、思わず見とれてしまったのである。


「あっいいえ…では、健康運などを…」

「かしこまりました」

まじない師は静かに呟くと、手を前に出した。細く白い指に目がいってしまう。

この人…とても綺麗。


「この先も特に問題なしです。大きな病気の兆候もなし、健やかな体かと思われます」

「そ、そうですか…」

「続いて、金銭運」

興味を惹く単語に、夕鈴の心臓がどきりと跳ねた。夕鈴にとって借金は天敵。だが、日を追うごとになぜか増えていた。それでも、あの人と私を繋ぐ糸は、その借金であるのだが。
皮肉なものね…夕鈴は目を伏せた。


「大きなお金を手にすることはありませんが、地道にコツコツと進めば運気は上がります」

まじない師の言葉に、夕鈴は安堵の息を漏らした。どうやら…これ以上負債が増えることはないようである。


「続いて…」

「あ…ええっと、もう結構ですわ」

夕鈴ははにかんだように笑うと、椅子から立ち上がりかけた。ふいに手首を掴まれ、体が静止する。


「!?」

「お待ちください」

夕鈴は自分の手首を掴む手と、まじない師の顔を交互に見比べた。細い指が、ろうそくの灯りに揺れている。


「まだ恋愛運が残っておりまする…」

恋愛運!?
驚き過ぎてしばらく声が出せなかった。


「わ、私には、もう成就させたい恋愛などございません」

嘘ばっかり…ちくりと痛む心に気付かないふりをして、まじない師の手を振り払おうと力を込めて引っ張ったが、びくりともしない。


「お離しください。もう十分占っていただきました」

乾いた笑い声を浮かべる夕鈴を、まじない師は黙したまま見つめていた。ふたつの瞳が真っ直ぐ注がれて、夕鈴はふいに視線を反らした。
すべて見透かされそうな瞳。心の奥底に深く閉じ込めた思いまでも、簡単に解かれてしまいそうで、夕鈴は身震いした。戸惑う夕鈴に、まじない師は着席を促す。


「この先も、国王陛下の寵愛がいく久しく続くかどうか占ってさしあげます」

生唾を飲み込む夕鈴。
背中を冷や汗が伝っていた。

何も動揺することなどない…誰に気付かれようと、私自信が気づかなければ、きっと大丈夫。

覚悟を決めた夕鈴は、改めて席に座り直す。夕鈴の浅い息遣いだけが、異質な空間を満たしていた。


「女官の方は、どうぞ外でお待ちください」

「え?」

夕鈴は振り返る。見上げた女官の顔は、夕鈴同様に困惑顔であった。


「これは、お妃さまだけが聞く権利があります。どうぞ外でお待ちください」

「……」

互いに頷き合う。女官が音もなく退出するのを確認したまじない師は、静かに語りだした。


「あなたを初めて見てとき、すぐに思ったのです」

柔らかく落ち着いた声音だったが、何かを掻き立てるような気持ちにさせる。夕鈴は、恐怖を感じながらも一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませた。


「何を…ですか?」

「あなたは……心に何か大きな隠し事を抱えていると」

「!?」

隠し事…それは。夕鈴は目を反らしたが、目端には先刻と変わらず強烈な視線が注がれていた。雰囲気にだけ飲まれぬよう、夕鈴は固く心を閉ざす。


「おっしゃっている意味が分かりません」

「ここには…私以外、誰も居ませんよ」

「それが何か…?」

そんなことは分かり切っている…さも当たり前のように夕鈴が尋ねると、まじない師は笑った。その笑みがあまりにも悲しそうだったので、夕鈴の心は不安になる。


「国王陛下もあなたも、隠し事がお上手だ。しかも…その隠し事を身の内に秘め、誰に頼ることもない」

「国王陛下が?」

まじない師はひとつ頷くと、遠い目で夕鈴を見つめた。


「陛下がご即位されてより占っておりますが…あの方の冷たさはいつも変わらない」

「……それは、国を守るためです」

夕鈴の静かな呟きの中には、強さが感じられた。


「はい。ですが…今日占って初めて感じたことがあります。以前にはなかった意志がそこにはありました」

「…?」

「きっとあれは、“お妃さま”なんでしょうね…」

ふふふ…急に笑いだしたまじない師。夕鈴は複雑に見つめ返す。


「あの…?」

「実を申し上げますと、お妃さまのことを占いたかったのです」

「――私を?」

目元にしわを刻んだまじない師が、愉快気に笑う。くすくすと笑う姿を、夕鈴は穴が開くほど見つめた。
突然笑い出した彼女が理解出来ない。


「はい。陛下を占ってのち、興味が尽きませんでした」

「はぁ…」

よく分からない。シリアスな展開より一変、様変わりした雰囲気に、夕鈴は困惑するばかりであった。


「まだお互いに上手くかみ合ってはおりませんね。ですが、きっかけとは意外な場所に潜んでいるものです」

「…?」

きょとんと目を丸くする夕鈴。まじない師は目元を一瞬だけ細めた。からかうようなその仕草に、夕鈴の頬が朱色に染まる。まじない師はしばらく口元に笑みを浮かべていたが、すぐに口を真一文字に締め直した。

ふいに風が流れたような気がした。
室内に窓はないはずなのに、風が肌の熱を奪い、寒い。

まじない師はひどくゆっくりとした動作で、袂を引き寄せる。さらりと衣擦れの音が耳につく。そうしている間も強烈な視線は変わらず注がれていて、夕鈴は落ち着かなかった。

そのように、見透かすような瞳でじっと見つめないで欲しい。
心臓をわしづかみされたように……胸が激しく打ち鳴っていた。


「―――お話がよく分かりません。それに…」

その視線をやめろと言いたいけれど、それを言っては認めたことにならないか。やましい気持ちなどないのだから、ここは堂々としておくべきではないか。

私に隠したい気持ちなどないのだから。
夕鈴はしばし躊躇して、黙した。


「申し訳ありません。あなたの返答に、いささか私の胸が痛んだだけです」

「痛む?」

眉根を寄せる夕鈴。
まじない師はこくりと頷いた。


「私はもうずいぶんと長いこと、この業を営んでおります。何人、何千人の人々を占い、その方をあるべき生き方へ、進むべき方向へお示しいたして参りました」

「……」

「私の元へ来る方はみな、思いのすべてを受け知って欲しい。その気持ちの行き場を見つけたいとの深い思いを胸に抱えていらっしゃいます。その思いはとても強く、きっと並みのお方であれば耐えきれぬほどでしょう。私は常に覚悟を持って、その人の秘密や悩みを共有し、切なる胸のうちを聞いています」

「……はい」

「私は占いに“生き筋”をかけています。だから、胸が痛むのです。お妃さま」

「どういう意味?」

私が……本気でないと…?そう言いたいの。夕鈴の問いかけには答えず、まじない師は静かに頭を垂れた。


「痛むのです。お妃さま」

「……」

痛むのは私の心。
もうずっと前から、ひたむきに……あの人へと不可抗力で向かう気持ちが痛い。

夕鈴は眉根を寄せる。

自分で決めた。隠し続けることを。でもそれは…今は痛い。そう、覚悟が足りなかった。隠し通せると思っていた浅はかな私。


「痛い―――」

ふいに口から漏れた呟きに答えるように、まじない師は首を振った。


「ですが、ご安心召されませ。この先もきっと、お妃さまへの寵愛は続きます。そして、このままの関係も久しく続くことでしょう」

「……このままの関係」

ずっとこのままの関係が続く。私の気持ちも隠されたまま、誰にも伝えることもせず。
何も見ず、何も知らず、何も考えず、与えられた職務をただ全うするだけ、それが臨時花嫁の仕事。でも…。

夕鈴は顔を上げた。まじない師はずっと夕鈴を見ていたようで、すぐに目が合う。吸い込まれそうな双眸に見つめられ、夕鈴は言葉を失う。

きっと見抜いてる…?だけどそれを言おうとしないのは、私に言わせたい…から?


「……」

やっぱり来るんじゃなかった。肩を落とした夕鈴は、大きくため息を吐いた。


「それは良かった。陛下との未来がこのまま変わらず続くよう、あなたもお祈りしてください」

ため息とともに言い放つ。胸の不穏な気持ちすべてを外へ押しやる。邪推など感じなかったあの無垢な頃のまま、心に蓋をするように。


「お妃さま」

「……はい」

一体何。心を押し殺して決断したことを誰にも、何にも邪魔されたくない。夕鈴はきっと睨む。


「そのように敵対心を出されないでください」

「そんなつもりは…」

「私は今夜、ここを立ちます。来年、お逢いするとき、お妃さまの心の憂いが晴れていることを祈るばかりです」

「……」

「あなた自身が変わろうとなさらなければ、未来は変わらない。だけど…それを望む気持ちもどこかであるのでしょう。私には進言することは出来ますが、心に強制することは出来ません」

「……」

「心に嘘をつき続けることをやめれば、きっとこのままの関係では居られない」

そんなこと…言われなくても分かってる。


「ですがお妃さま。変わることを恐れては前には進めない。」

「だけど…怖い」

そう、私は怖い。あの人にどう思われているのか…。私の気持ちを知ったとき、あの人はどうするのか…。

怖くて堪らない。


「ですから、祈りを。お妃さまの心が晴れるよう、お祈り申し上げております」

私にはもう申し上げることはございません…そう呟くと、まじない師は頭を深く下げた。漆黒のベールをぼんやり見つめる夕鈴。

どこまでが演技で、どこまでが本当?
どこまでが偽りで、どこまでが事実なの?

抱える矛盾を口にしたとき、このガラスのような繊細な関係はきっと壊れてしまうだろう。
気づかぬふりなど、どこまでもつのか分からない。


でも今は―――。


「…ありがとう、存じます」

ゆっくりと夕鈴は頭を下げた。







後編につづく

02:32  |  オリジナルキャラ編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.07.16 (Sat)

恋する兎

「恋する兎」

夕鈴目線です。
オリジナルキャラの出演(2回目)です。


ではどうぞ。












「こちらの翡翠の飾りがいいのでは…?」

「いいえ、お妃さまの美白にはきっと瑪瑙(メノウ)の飾りの方がお似合いですわ…」

「夕鈴さまはどちらが良いと思われます?」

「そうだわ。お妃さまはどっちがお好みですか?」

ふたりの女人に交互に尋ねられ、夕鈴はビクっと肩をすくめた。
両手にはそれぞれ、翡翠で出来た髪飾りと、瑪瑙をあしらったかんざしが置かれている。夕鈴は手の中で美しく光沢を放つ髪飾りとかんざしを見比べ、目の前で嬉々として待つふたりの女人の顔を再度眺め、深くため息を吐いた。












初夏の爽やかな風が吹く後宮の庭。
お気に入りの四阿でお茶休憩を取っていた夕鈴の元へ、ふたりの来客の報告が来たのは半刻ほど前。

ひとりは、まだその顔に初々しさが残る幼年の美少女。いつものように流行りの衣装を身に纏い、あどけない顔に似合わない妖艶な仕草で腰を折り、口元にうっすらと微笑を浮かべ拝礼する姿に、夕鈴はすぐに目を奪われた。


「お妃さま…?」

紅珠の呼びかけに、夕鈴ははっとして顔を上げた。またまた、見とれていたのである。


「紅珠…お久しぶりね」

笑顔を浮かべ、紅珠を迎え入れるための席を空けようとする夕鈴。だが、後方に佇む人影に、夕鈴の動きが止まった。見覚えのあるシルエットに視線を奪われる。

自分の背後を凝視する夕鈴の視線に気づいた紅珠が、しまったという風に口元を押さえると慌てて後方を見た。


「わたくしったら、先にご挨拶を…申し訳ありません」

紅珠は顔を赤らめながら、後方へと下がった。紅珠が目の前から居なくなり、視界が開けたそこにははっきりとひとりの女人の姿が浮かび上がる。

長身の身を包む紫の薄い衣が風に舞いあがる。柔らかな風の音色に混ざって、頭上の髪飾りが黄金の音を響かせていた。立ち姿は凛々しく、澄んだ漆黒の眼は真っ直ぐ夕鈴に向けられている。


「妃翠さま…」

夕鈴は驚いて声を上げた。


「お久しぶりにございます、夕鈴さま。妃翠にございます」

妃翠は紅珠に負けず劣らずの優美さで挨拶をし、唖然と立ち尽くす夕鈴に微笑みかけた。

ふたり目の来訪者は、隣国黄都国で、容姿端麗、眉目秀麗と世に名高い正妃、妃翠であった。紅珠とは違う妖艶さとあでやかさで包まれ、どことなく輝くオーラを放つ迫力美人の登場に、夕鈴はまたも言葉を失い見とれてしまう。


「突然の来訪、お許しくださいませね。紅珠さまが後宮に行かれると聞き、わたくしも同行いたしました」

「そ、そうですか…」

まったく意味が分からなかったが、とりあえず夕鈴は頷いた。まだ赤ら顔でごにょごにょ呟く紅珠を呼び寄せ、四阿の中でふたりの女人にお茶をふるまう。


「あの…いつから白陽国に?」

「三日ほど前ですわ。氾家の姫と随分と仲良くなりまして、聞けば夕鈴さまとも大の仲良しだとか…せっかくなので此度の訪問にご一緒しましたのよ」


「はぁ…」

ますます混乱する頭を抱えつつ、夕鈴は妃翠と紅珠を見つめた。混乱の元である当事者たちは、先刻と変わらず優美さを崩すことなく、ほがらかにお茶会を楽しんでいる。


「あの…」

そのほがらかな雰囲気を壊すような無粋な真似、上流貴族の間では御法度であるが、どうしても質問せずには居られず、夕鈴はぼそり…と声を出した。


「なぜ氾家の…」

「まぁ!そうでしたわね。夕鈴さまは何もご存じないのでしたわ」

夕鈴のつたない問いかけを全部聞くまでもなく、すべてを悟った妃翠が大げさに声を上げる。才色兼備さは健在であったようだ。夕鈴はやれやれと肩を落とすと、妃翠の話に耳を傾けた。

隣国正妃家、つまりは妃翠の実家である黄家は、氾家と長く交流を続けて来た。両者の間の交流は先代王の治世から続くという。主に家長同士の交流であったが、正妃として何度か手紙のやりとりをするうちに、いつの間にか氾家邸宅へ滞在することになったそうだ。


「おしのびですわ…」

内緒話をするかのように口元にひとさし指を当てて、妃翠が笑った。


「ぜひにと大臣さまのご招待を受けましたの…」

「おしのび…ですか」

以前、王の名代で白陽国に来た際も実はおしのびであったと告白された。一国の正妃ともあろう姫が、そう何度も自国を飛び出しても良いのだろうか…。お茶を片手にのんびり談笑するふたりの美女を見比べながら、夕鈴は思う。
もしかして、また隣国王と喧嘩でもしたのかしら…。黄都国には正妃の他に三人のお妃がいると聞く。容姿だけでなくその心までも美しい妃翠に国王は首ったけであると風の噂には聞くが、その内情は分からない。

そこまで考えて、夕鈴はふと後宮管理人である老師の言葉を思い出した。

ひとりの王にお妃がいっぱいひしめく後宮で、女同士上手くいくことはない…と。
血肉の争いとまでは大げさであるが、王の気を惹くために火花を散らして戦うのは必須である…と。


「夕鈴さま」

「あっはい」

物思いに耽っていたので、しばらく妃翠の呼びかけに気付かなかった。夕鈴は慌てて目線を上げると、傍らの美しい人を眺める。


「また、わたくしと国王陛下との仲をお疑いですか…?」

愉快気に甲高い声で尋ねる妃翠。心情をすべてお見通しの妃翠の発言に、夕鈴はお茶を噴き出しそうになりながらも、ひとつ咳払いをする。


「そ、そのような…。疑ってなどおりません。仲睦まじさは白陽国にも聞こえてまいります」

「まぁ、ありがとうございます」

夕鈴さまにはかないませんが…と、妃翠は口端に微笑を浮かべて言い放った。


「狼陛下の激しい寵愛ぶりは、遠く離れた我が国にも知れ渡っておりますわ。本当に…」

うらやましい…妃翠はほぅっと浅く息を吐くと、うっとり顔で紅珠と顔を見合わせた。ふたりして恍惚顔を浮かべ、しきりにうらやましい…と連発する。
毎度おなじみ、お決まりのパターンであったが、夕鈴はたいして反論することも出来ず、顔を朱色に染めるばかりであった。

うらやましくなんてないわ。だってこれは演技ですもの!心の中で激しく呟きつつ、赤面顔を両手で覆う。


「先日も、酒宴の席でお妃さまのことをとても気が利くかわいい妃だと何度も褒めていらっしゃいましたわ」

「わたくしも聞きましたわ。寵愛が深すぎて、陛下の言葉を聞いてる者はみな気恥ずかしくなってしまうとか…」

「そうです。聞いてるこちらが恥ずかしくなってしまうような甘いセリフをいつも囁かれておいでですわ」

「……」

あぁ…やめて欲しい。


「先日、わたくしの邸宅に遊びにいらしたときも、陛下からお妃さま宛てに大量の花が届けられましたのよ。離れている間もお妃さまを思うお気持ちが深い証拠ですわね」

紅珠は若干興奮気味に語ると、ね、お妃さま…と嬉しそうに同意を求めた。夕鈴は動揺をひた隠しし、愛想笑いで頷いた。


「夫婦円満の秘訣をぜひ教えていただきたいものですわ」

妃翠が憂い顔で呟いた。夕鈴は驚いて目を見開くと、所在無げに視線を落とす妃翠を見つめた。

やっぱり…喧嘩して黄都国を飛び出して来たのかもしれないわね…。なんとなく元気のない妃翠を心配そうに見つめながら、夕鈴は手にした湯のみを卓の上に静かに置いた。

秘訣か…アドバイスしてあげられるものならばしたいけど…、偽物の夫婦を演じているだけの夕鈴にはそれは無理だった。

しょせん私は偽妃。世間で公然と噂されている寵愛もすべて偽物。臨時花嫁バイトを始めて随分と期間が経つが、隠し事の上手なあの方の気持ちを半分も理解出来ていない。

何度となく、彼が抱える心の奥深くを知りたいと手を伸ばしてみたが、偽りだらけの関係が邪魔してなかなか先には進めていなかった。

夕鈴は小さくため息をついた。その様子に気づいた妃翠が呟く。


「夕鈴さまでも、ため息をつかれるのですね」

「もちろんですよ」

夕鈴は驚いて言う。人間誰しも悩みのひとつふたつ、憂いごとの三つ四つあるはずである。もちろん夕鈴も例外ではない。


「寵愛が深すぎても考えものですね」

夢見るような視線を漂わせて、紅珠が言った。夕鈴は曖昧に頷くと、ふたりの客人にお茶のおかわりを勧める。


「それより…今日は何か用事があって来られたのでは…?」

話題をさりげなく逸らすかのように、夕鈴が尋ねる。

夕鈴の言葉にあっと短く声を上げて、紅珠が妃翠と顔を合わせた。

















「ね、夕鈴さま。ちょっとこの衣装に袖を通してみませんか?黄都国で今一番流行っている絹衣の衣装なのですよ…袂と裾には金糸で梅花が描かれていて、とっても美しいでしょう?」

「た、確かに美しいですが。そんな豪華な衣装はとても…」

夕鈴は、あでやかな光沢を放つ絹衣を手にし迫る妃翠を両手で制した。


「何を遠慮なさっておいでですの。これは白陽国のお妃さまへの献上品ですわ」

「え!?献上品ですか?」

驚く夕鈴をクスリ…と笑いながら、妃翠が頷いた。


「夕鈴さまに一番似合う衣装を…と思いまして、わたくしが選びましたのよ、ぜひお召しになって」

「私のために…ですか?ありがとうございます」

夕鈴は照れながら、羽のように軽い絹衣の衣装を手にする。間近で見ると日の光に透けて黄金色に輝いている。


「では、今度の宴の際にでも…」

「宴用の衣装ではありませんよ。何気ない普段の日に着ていただきたいのです。例えば今日とか…」

「今日ですか?でも、こんな豪華な衣装…」

汚してしまったらどうしよう…脳裏に口うるさい側近の顔が浮かんで、夕鈴はどきりとした。側近の顔はもちろん怒っている。

どうしようか戸惑う夕鈴をよそに、紅珠が妃翠と話し出した。


「妃翠さま。お妃さまはいつも質素倹約のためシンプルな衣装をお召しですが、白陽国の唯一の寵妃ともあろう方にはもっと相応しい衣装があると思いません?」

口元に小悪魔的な微笑を浮かべ、上目遣いに妃翠に同意を求める紅珠を見て、夕鈴は目をぱちくりさせた。


「そうですわね、紅珠さま。わたくしも、以前お逢いしたときからずっと思っておりましたの。それに…」

ちらりと夕鈴を見る妃翠。まだまだ慣れないのか、迫力美人と視線が合って鼓動が跳ねる。


「な、何か…?」

「まるで輝きを放つ前の原石のよう…。腕が鳴りますわ」

ふふふ…妃翠の不敵な笑みが夕鈴の視界に入る。


「妃翠さま。わたくしもずっとそう思っておりました。そう…名づけるならお妃さま改造計画とでも申しましょうか…」

改造計画!?物騒な言葉に眉をしかめる夕鈴。
焦る夕鈴を置いて、ふたりの女人ががっちりと手を合わせていた。


「な…ななな何です…??」

夕鈴の背中に冷や汗が流れる。

ここで、冒頭の会話に戻る。
















まるで着せ替え人形のごとく、ふたりの女人におもちゃにされる夕鈴。
三度目の衣装替えで、夕鈴が初めて不満の言葉を口にした。


「一体何回着替えればいいのです?」

うず高く積まれた箱の数々。天井に届きそうな箱の中身は、妃翠と紅珠が持ってきた衣装である。
夕鈴の憔悴とは対照的に、箱を開けるたびにうきうきと弾みだすふたりをよそに、夕鈴はぼんやり窓の外を覗いた。日はすっかり傾き、西日が格子窓から射し込んでいた。
そうしている間も、ふたりはお互いに感想を言い合いながら、夕鈴の頭にかんざしを挿しこんでいる。


「これも良くお似合いだわ。ホントお妃さまってなんでもお似合いになるのですね」

「本当に…」

磨きがいのある方って好きだわ…妃翠が嬉しそうにため息を吐いた。


「ちょっと髪を結ってみましょうか」

「あら、素敵」

「お化粧もしてみましょう」



「すみません…」

ふいに遠慮がちにかかる声。ふたりが一斉に振り返った先には、妃付の侍女が居た。


「お話の邪魔をして申し訳ありません」

「大丈夫ですよ。どうしました?」

優しげな面差しを向けて、妃翠が訪ねた。尋ねられた侍女はうっすらと頬を高揚させて、拝礼する。


「もうまもなく陛下が後宮にお戻りですが…」

侍女の言葉で、三人は格子窓から見える外の景色を覗いた。茜に染まる空が、もうまもなく夕闇を連れて来ようとしている。


「もう、そんな時間なのね」

「大変だわ。最後の仕上げにかかりましょう」

「え?」

仕上げって言った?夕鈴は目をぱちくりさせて、妃翠を見つめる。


「まさかこの衣装でお迎えを…?」

「もちろんです。あっちょっとそこのお前、香油を持って来ておくれ」

「化粧道具もです。わたくしがお妃さまのお化粧をいたします」

賛同した紅珠も妃翠と一緒になって、いそいそと準備する。


「え?ちょっ、ちょっと待って」

「問答無用ですわ。大人しくなさってくださいませ」

「!!!!!!?」

















夕刻、陛下が妃の部屋へと現れた。
腰を折って拝礼する侍女たちの横を通りぬけて、夕鈴の姿を探す。


「妃はどこに…?」

居間をぐるりと見渡すが、そこに夕鈴の姿はない。陛下は上着を脱ぐと、いつもの定位置である長椅子へと腰掛けた。
そこへバタバタと回廊を掛ける音が響いた。ほどなくして、夕鈴が部屋の扉を開ける。


「陛下!遅くなり申し訳ありません」

肩で息をしながら登場した夕鈴を見て、陛下は一瞬言葉を失った。


「実は…さきほどまで妃翠さまが…って、どうしたんです?」

両手を広げながら無言で近づく陛下に、夕鈴は首をかしげた。陛下はするりと夕鈴の腰を引き寄せると、その逞しい腕でぎゅっと抱きしめた。


「……」

「!?陛下、なななな、何を……」

夕鈴と同じく茫然と突っ立っていた侍女たちの、息を飲む声が聞こえた。
恥ずかしい!すぐに赤く火照る顔。動揺した夕鈴は、声にならない声を上げた。


「へ、へ、陛下」

しばらく抱きしめていた陛下は、ゆっくりと腕を解くと、夕鈴と間近で目を合わせた。赤い顔がさらに赤く染まる。ぐるぐる回る目でとらえた陛下の顔は、かすかに笑っていた。


「今日の君は一段とキレイだ。着飾って…一体どうしたんだ?」

陛下は心底嬉しそうに笑うと、左手を上げて侍女を下げた。音もなく立ち去る侍女を見ながら、夕鈴は答える。


「これは…っつ」

恥ずかしさで頬が熱くなる。おせじに違いないけれど、陛下の褒め言葉は心臓に負担が大きい。夕鈴は、波打つ胸に手を当てて、軽く深呼吸をした。


「さきほどまで黄都国の妃翠さまがいらっしゃってまして…」

「妃翠?また来てたんだ」

しょっちゅう国を飛び出して大丈夫なのかな…と夕鈴と同じ思いを口にする陛下。夕鈴はうんうんと頷いた。


「この衣装とかんざしは妃翠さまと紅珠が持って来たもので、無理やり着替えさせられたというか…」

「なるほどね…」

陛下は器用に片手を動かすと、夕鈴の頭上で雅に音を奏でるかんざしに触れた。


「黄都国のものと作りが似てるね…」

陛下はその手を夕鈴の首筋まで降ろすと、キレイだ…とこそっと呟いた。夕鈴の顔はこれ以上無いくらい真っ赤。茹でタコ兎を見て、陛下がクスッと笑う。


「あのふたり、たまには役立つこともあるんだね。こんなに着飾った夕鈴、離宮以来だなぁ。あのときもキレイだったが、今夜の君もいいね」

陛下は嬉しそうに回想すると、首筋からうなじ、鎖骨へと手を伸ばす。思わず身を引く夕鈴であったが、がっちり捕えられた腕が邪魔していた。高く結った髪と、肩を大きく開けたデザインの衣装が、夕鈴の肌の露出を高めていたので、いつもより触れられている気がする。

夕鈴は無駄だと分かっていながらも身をよじる。


「香油に化粧か…夕鈴、もしかして僕を誘ってるの?」

「は?さ、誘ってませんよ!!!」

何言ってるのか…なぜか艶っぽさを増して微笑む陛下を訝し気に見つめ返す。


「本物の夫婦ならば、ここで我慢は出来ないよね…」

陛下はしゅんと残念そうに呟くと、夕鈴の額に軽く口づけした。空気のように触れる唇は感触があまりなく、しばらく何をされたのか気づかなかった。


「良く似合ってる」

目の前で微笑む陛下。夕鈴はあたふたと視線を反らした。
ちょっと待って。今、おでこに口づけした…!?


「明日も明後日も、ぜひ着飾って迎えて欲しい」

「え、遠慮します!!!」

冗談じゃない。恥ずかしすぎる。私は陛下を誘ってないわ。しかも…何さらりとセクハラしてるのよ!
夕鈴は額を押さえながらぶつぶつと呟く。かわいい嫁兎の出現に、陛下の顔は緩みっぱなしだった。


「つれないな。でも、いいかな」

こんなにキレイな夕鈴を見れたし…陛下の緩みきった顔を、夕鈴は複雑な心境で見返した。


「今日は妃の部屋に泊まることにする」

「え?」

「久しぶりに一緒に寝る?」

陛下はいつもそうしてると言わんばかりに尋ねた。
夕鈴は大げさに首を左右に振ると、得意気に見下ろす陛下をじっとり睨んだ。


「冗談だよ」

相変わらず君はつれないね…陛下は、はははと笑いながら、夕鈴を抱き上げた。
頭上のかんざしが優美な音色を奏でる。その音色に誘われるように、陛下は妃の部屋の奥へ奥へと歩みを進めた。


「へ、陛下。なな…何を。降ろして…」

「その衣装、脱いじゃうのはもったいないね。でも脱がさなきゃいけないし…」

耳元で、小さな独り言が響いた。
脱がす!?何!?なんなの一体…そしてどこへ向かおうというの。向かう先はもちろん、灯火の明かりがわずかに射し込む薄暗い寝室。

どうしよう…逃げられない!危機的状況に、夕鈴の目がぐるぐると回る。展開に付いて行けずに思考も回っていた。
混乱する頭の中に、ふたりの優美な女人の姿が浮かんだ。妃翠と紅珠。ふたりの美しい人がほがらかに笑っている。


「笑いごとじゃない!!!!!」

叫ぶ夕鈴とそれを受けて苦笑する陛下。
後宮の妃の部屋で、今日も仲良し夫婦の一日が終わろうとしていた。













二次小説55弾完了です
オリキャラの妃翠(ひすい)さま、二回目の登場です。紅珠は…何回目の登場でしょうか?最近よく出してます☆
おめかし夕鈴と陛下。普段着飾らない女の子は、いざというとき男性のハートを掴むという典型的な少女漫画のストーリーをいただきました。雑誌の離宮編に、着飾った夕鈴の姿に言葉を失う陛下が書かれてました。今回もキレイな夕鈴の姿に見事ハートを打ち抜かれております思わず、でこちゅうしたくなる気持ちは分かりますね(笑)
最後は脱がしちゃう…とかなんとか衝撃的なことを言ってましたが、もちろん脱がしてません。そんな勇気はまだなしです。天然お色気夕鈴に、彼はいつまで耐えきれるのでしょうか…。
最後までお付き合いありがとうございました。


02:31  |  オリジナルキャラ編  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2011.02.28 (Mon)

そのままの君でいてⅡ

Ⅰのつづきです。













短期間の間に、夕鈴はすっかり妃翠と打ち解けていた。
妃翠は、夕鈴が他人から聞くよりも美しく聡明で、また優しく心配りに長けた女性であった。他の妃との覇権争いの渦中にあると噂される本人であったが、そんな様子などみじんも感じられない。むしろ争いことなど苦手で、ひたすら平穏な暮らしを望んでいるような…そんな方であった。

人の上げ足取りにばかり躍起になっている宮中において、妃翠のこの温和な性格が、王に気に入られ、王の寵妃たるゆえんかもしれない。夕鈴はひとりでに納得すると、目の前に佇む美しい人に話しかけた。


「黄都国の王様ってどんな方なんですか?」

「陛下でしょうか?とても立派な方ですわ。武と勇を併せ持ち、すべての民に味方され正しく国を統治する素晴らしい方です」

国王の武勇を語る妃翠は、ほうっと息を吐いた。その様子は本当に心から慕っているようで、夕鈴はほっと安堵する。先週ふいに漏らした妃翠の言葉に、国王と妃翠の仲があまり良くないのでは…と疑ったが、どうやら杞憂だったようだ。


「あの…国王とはいつもどんなお話をされるのですか?」

隣国の国王夫妻は一体どんな会話をしているのだろうか…常日頃から感じていたことを、夕鈴は質問する。


「どんなって…そうですわね。例えば季節の草花のことや宮中の祭りのこと。あとは国政についてでしょうか」

「国政?」

妃翠は国王と気軽に国政の話が出来るのか…さすがは正妃。夕鈴は自分との違いに、少し肩を落とした。


「陛下はなんでも私に相談なさいますので…私など何の役にも立ちませんが、一国を統治する重荷が少しでも軽くなるのであれば、本当に嬉しいことですわ」

「……」

なんでも相談する…か。一般的な夫婦の間では当たり前のこと。取り立ててうらやましがることではないが…心苦しいのはなぜか。


「…夕鈴さま?」

「私…。私は相談されたことなどありません」

「……」

「いつも何かお力になりたくて、陛下の重責を少しでも取り除いてあげたくて…でも、何もお話してはくれません」

「……」

いつも心に思い浮かべていたこと。言葉にするとなぜか…涙が出そうになる。夕鈴は軽く深呼吸すると、頭を振った。

こんな話、隣国の正妃にするべきことではないが…声に出したらすっきりした。自分の想像以上に溜め込んでいたのかもしれない…夕鈴は無理やり笑顔を作ると、妃翠に向き直る。


「すみません…こんな話」

「もしかして心配をかけたくないのではないでしょうか?」

「え?」

「今お話しをお聞きして私自身思うことなんですが…。きっと心配をかけたくなくて、だから何も相談しないのだと思いますわ」

「……」

そうかもしれない…。確かに妃翠の言うことにも一理ある。でも…なかなか納得出来ないのは、陛下のそばに長く居すぎたせいか。臨時でも妃であるという事実に、心が貪欲になったのかもしれない。


「夕鈴さま。もっと自分から聞いてみてはいかがでしょうか?」

「聞く?」

「きっと相談され辛いのでしょう。でも夕鈴さまから聞けば、お話してくださるはずですわ」

「そう…でしょうか?」

そういうものかな?妃翠が言うと、そうかもしれないと思ってしまうのが不思議だ。


「そうですよ。次にお逢いするときに、お聞きになられては?」

「……そうですね」

夕鈴は悩みを吹き飛ばすかのように笑った。妃翠もそれにつられて笑う。
確かに自分から聞いてみたことはあまり無いかもしれない…夕鈴は目を伏せる。例え仮の妃でも、陛下を思う気持ちは同じ。

妃翠の言う通りね。うじうじ悩んでいるよりも、聞いてみよう。




















「なにをぐずぐずしている!この案件は至急処理せよと申し渡したはずだ」

政務室に狼陛下の怒声が響く。


「申し訳ありません…」

怒られた臣下は、体をこれでもかと小さく縮めて、刃物のような鋭い叱責にひたすら耐えていた。


夕鈴は怒る狼陛下と、青白く染まる臣下の顔色を交互に見て、目を反らした。
やっぱり…狼陛下は恐ろしい。自分が怒られているわけではないのに、あの臣下の心の震えが手に取るように伝わって来て、とても直視出来ない。

あれで演技だからすごいわ…今更ながら感じた思いに夕鈴は感嘆する一方で、恐ろしい主君を演じ続けなければならない彼の気苦労を思い、胸が痛くなった。

王であるかぎり…彼は、偽りの自分を演じ続けなければならないのだろうか…。
ぼんやりと考える夕鈴。そんな夕鈴に徐々に近づいてくる気配に、気づくことはなかった。


「妃よ…どうした?ぼんやりして」

「!?えっ?」

ぱっと顔を上げると、陛下が不思議そうに覗き込んでいた。


「陛下?」

「そうだ。君の夫だ」

周囲を見渡すと、いつの間にか臣下は退出していて陛下以外誰も居なかった。


「政務は…?」

「とっくに終わった。君は僕の呼びかけにも上の空だったようだね。一体何を考えていたのか…」

するりと頬に伸ばされた手を、夕鈴は慌てて払いのける。


「国政を…」

「国政?」

「はい。陛下!私に何か相談はありませんか?」

夕鈴の問いかけに、陛下はぽかんと口を開けた。


「相談って…」

「はい!何でも言ってください。私…力にはなれないかもしれませんが、こんな私でも言っていただけたら心が軽くなります!」

拳を握りしめて一生懸命に語る夕鈴。陛下はしばらくの沈黙の後、何でも?と呟いた。


「はい!何でも…」

「じゃあ夕鈴。ひざまくらして」

「はい??」

「お嫁さんのひざまくら。僕、あこがれてたんだ」

「……」

それは相談ではなくお願いでは?
夕鈴は沈んでいく心を懸命に奮い起こして、もう一度始めから語った。語り終えた夕鈴のそばで、陛下はまた同じお願いを繰り返す。


「長椅子に移動しよっか、夕鈴」

「だ、だから私は相談を…」

「いいから、いいから」

結局なんだかんだと言いくるめられ、夕鈴は長椅子の上に腰掛けていた。ひざには子犬陛下の頭がちょこんと乗っている。

なんで…こんな展開に?

陛下からは、溢れんばかりの機嫌の良さが伝わって来た。鼻歌でも聞こえてきそうだ。
陛下は片膝を立ててすっかり寛いだ様子で、夕鈴のひざに頭を預けて目を閉じていた。

本当に気持ち良さそうな様子なので、眠ってしまいそうだ…夕鈴は陛下が眠る前に、再度質問する。


「陛下…相談ないですか?」

「ないねぇ」

「悩み事でもいいんですよ!本当に何でも聞きますので…」

話してください…必死に尋ねる夕鈴の手を陛下が握りしめる。


「夕鈴…今、僕はとても幸せ。悩み事なんてないよ~」

にこにこと無垢な笑みを浮かべて、陛下が答える。

嘘…ばっかり。夕鈴はなんだか情けなくなって、それ以上は何も言わなかった。
やっぱり私は、どこまでいっても臨時花嫁。妃翠のようにはなれない…ただのバイトに、大事な国政の相談など出来るはずないものね。

夕鈴は深くため息を吐いた。


「夕鈴…何を考えてるの?」

「何も。陛下が何もお話することがないのなら、それで結構です。その方がいいんです」

「どういう意味だ?」

「……申した通りの意味です」

夕鈴は顔をぷいっとそむけた。本当は今すぐにでもこの場から立ち去りたい…少しでも陛下の役に立ちたい、相談に乗りたい…などと考えていた欲深い自分をやり直したい。


「!?」

ふいに手に痛みを感じて、夕鈴は小さく叫んだ。痛みの発する手は陛下が掴んでいた手だった。


「いた!何する…」

「君は…勝手に質問して勝手に終わらせるのか?」

低い声音に、夕鈴の鼓動が跳ねる。さきほど、臣下を叱責していたときの氷のような冷酷な気配を感じ、肩をすくめる。


何よ…勝手に終わらせるって。終わらせたのはあなたでしょう。
夕鈴は涙でかすむ目で、陛下を睨む。陛下はすっかりと目を開けて、じっと夕鈴を見上げていた。


「言いたいことがあるのならば口に出せ」

「もう言いました。もう結構です」

「ではなぜ…そんなに辛い顔をしている?」

辛い顔?私…辛い顔をしてるの?
陛下から頼ってもらえない、陛下から相談してもらえない悲しさを顔に出していたというの?自分の意志とは無関係に曇る表情。夕鈴は、心にカツを入れて懸命に笑顔を作る。


「無理するな」

ひざから重みがなくなったかと思うと、陛下が体を起こしていた。
そば近くに揺れる漆黒の髪に、夕鈴の鼓動は激しさを増す。


「べ、別に…無理など」

「ではなぜ私の目を見ない?」

「……」

目を見てしまうと、きっと声を出して泣いてしまうから。でもそんなこと言えない、言えるわけがない。


「私は…君に相談事に乗ってもらいたくて、君の元へ来ているわけではない」

分かっている。表向き、妃を溺愛する陛下を演じているだけ…。そんなことは誰よりも分かっている。


「分かっています」

「分かっていない」

陛下はずっと掴んでいた夕鈴の手を引っ張ると、自らに引き寄せた。夕鈴の体は簡単に体勢を崩し、陛下の胸に抱きとめられた。


「君は何も分かっていない」

「どうせ…何も分かってません!役立たずの妃です!」

あなたから頼りになどされない…あなたが抱える問題の何ひとつ分かってあげられない…こんなの。


「君は、自分のことを役立たずの妃だと思ってるのか?」

「……っつ」


陛下から言われると、余計に言葉の重みが心にのしかかる。息苦しさにめまいを起こしそうだ。


『私ではあなたのお妃教育には限界があります。目の前の素晴らしいお妃像をじっくり観察し学び、ひいては実践してください』

李順の言葉が脳裏に浮かぶ。
そんなこと無理。私は…どんなにがんばっても妃翠にはなれない。


「夕鈴。言葉に出せ」

訝しい表情の陛下が視界に入って、夕鈴の心はまた震えた。


「夕鈴」

「……」

「夕鈴。君の言葉が聞きたい」

「……って」

「何?」

「頼ってください。もっと…」

私に頼って…夕鈴は目を伏せた。大きな瞳から涙のつぶがひとつ、陛下の手の甲に落ちる。
とめどなく溢れる涙、自ら制御することは出来なかった。陛下はしばらく黙したあと、夕鈴の涙を手でぬぐった。


「頼ってるよ」

「……嘘」

「私は君に頼っている、君にいつも助けられている」

「……でも、相談してくれません」

「君の前で仕事の話をしたくない。せっかく妃とふたりきりなのに…なぜ国政の話をしなければならない?」

「でも…」

「君には君のままでいて欲しい」

「私は私です」

「闇夜に染まるのは私だけでよい」

「……」

闇夜…陛下にとって仕事は闇の世界のことなのか。


「君の純粋さが、私は好きだ。だから…そのままの君でいて欲しい。別に他国の妃の真似をする必要はない」

「!?」

陛下の言葉に夕鈴は動揺する。妃翠のアドバイス通りに陛下へ質問を投げかけたこと、どうやらバレてしまっているようだ。


「確かに…見習うべき点の多い妃だ。でも…君は君だろう?」

「私は私…ですか?」

「そうだ。妃翠は妃翠、君は君」

僕はやっぱり、君がいいなぁ…くしゃりと破顔して、陛下が呟いた。どこまでも優しく柔らかい笑顔に、夕鈴の心はなだめられていく。

でも。


「闇夜も、私にお話しくだされば…月夜に変わるかも…」

「え?」

「月の出ている夜ならば、少し明るいはずです」

「………そうだね。君の言うとおりだ」

陛下が笑う、とても嬉しそうに。
あまりに嬉しそうで、夕鈴の胸が熱く高鳴った。


「だから…気にせずお話ください。私は聞きたい」

どんなことでも。たとえ心が、暗く深い闇の世界に取り込まれてしまっても。あなたが感じることを、共に感じたい。あなたが感じることを、共にわかちたい。

嬉しさも喜びも、苦しさも悲しみも、すべて。



私はあなたの妃だから。












二次小説第45弾完了
久しぶりのオリキャラです!隣国正妃、妃翠さま。この方はもうホント完璧なんですよ。李順もひっそりファンなくらい(笑)彼女と王の夫婦仲は良いような悪いような……まぁ想像にお任せします。

えー前置きはさておき…。
45弾は、陛下から相談されない、頼ってもらえない悲しさに心悩む夕鈴の姿を書きました。雑誌最新号でも、陛下に線引きされて落ち込む夕鈴を書いてましたね。ミケが思うに、陛下は誰かに頼れない不器用な方なんだと思います。夕鈴には、そんな陛下の心をほぐす唯一の人物になって欲しいと願っています

ふたりが本物の夫婦になっちゃえば、何でも話し合う良い夫婦になりそうなんですがねぇ…今はまだ微妙な関係ですね。でも、この微妙で曖昧な関係がミケにはたまらなく萌えます(笑)




22:48  |  オリジナルキャラ編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。