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2010.12.07 (Tue)

安蘭樹の香り

「安蘭樹の香り」

“アンランジュの香り”とお呼びください。
初の李順目線で短文です。

ではどうぞ。
















私は王宮が好きだ。
王宮の雰囲気が好きだ。
どこか厳かでいて重厚で、それでも華やかで、ときに規律のある静寂に満ちている。早朝に散歩していると、王宮の護衛兵の朝稽古の声が聞こえてくる。その傍らには、見事に美しく手入れされた庭園が広がっている。昼間に回廊を歩いていると、華やかな侍女たちの囁き声が耳に入る。夜には灯籠に照らされた王宮が、まるで光の宮殿のようにきらめいている。建物はあまりにも荘厳で、ひとりでぽつんと突っ立っているとどこかにさらわれてしまいそうな感覚に囚われてしまう。

厳かで華やかで、そして怪しい雰囲気を醸す王宮。
私は、そんな王宮が好きだ。

私は早朝の清順な香りで満たされた自室でお茶を飲んでいた。
ここへ移り住み、決まったように朝お茶を飲むのも何度目になるだろうか。仕えていた主君が即位して、この王宮へと帰って来た日が昨日のことのようだ。少し記憶を辿るだけで、あの頃の胸の高揚が鮮やかに蘇る。

私は浅く息を吐く。
ふと顔を上げると、格子窓から朝焼けが覗いていた。眩しい光の筋が室内まで届いて、窓沿いの空間を明るく照らしていた。
私はお茶を飲む手を止めて、窓辺まで進む。覗き込んだ窓からは、晴れ渡る青い空が広がっていた。どうやら今日も晴天だ…などと考えていた矢先であった。


「どわぁ!!!」

王宮に不似合いな叫び声が耳をつんざき、私は驚いて目線を青空から離した。

いつかどこかで聞いたことのある声音に、思いっきり顔をしかめる。
このような早朝に、ましてや王宮で聞こえるなんて…最初空耳かと思ったが、次に届いた声で空耳でないことを知る。


「い、いたたたた……」

私の部屋の前庭で不審に動く人影。たった今、そこの高台から転落したことは見てとれた。私は声を掛けることもせず、呆れ顔で盛大に転落した夕鈴殿の姿を見ていた。

一体何をしているのか…仮にも陛下のお妃ともあろう者が、妃に不似合いな叫び声を上げて涙目で腰をさすっている。誰が見てもお妃とは思わないだろう。ひらひらした衣装を着ていなければ、王宮に下働きに来ている童子か何かかと思われてもおかしくない。

私は深く溜め息を吐いた。

その息の音が聞こえたのだろうか。夕鈴殿の背筋が一瞬びくりと跳ねたかと思うと、おそるおそる振り返る様子が視界に入った。そのまま、顔をあっちへ向けたりこっちへ向けたりして、溜め息の主を探している。

その様子もまるでお妃っぽくなくて、私は再度溜め息をついた。


「あなたはそこで一体何をされているのですか?」

「!?り……李順さん?」

夕鈴殿は顔をこれでもかと赤くしたと思うと、私の声に怒りがこめられているのを察知した途端、今度は青ざめた。


「あなたはそこで一体何をされているのですか?」

私は再度質問した。格子窓を通して、あたふたと慌てふためく夕鈴殿の姿がうかがえる。


「あ…あの、あの私は、その…」

私は夕鈴殿の途切れがちの返答を最後まで聞かないままに、袂を翻して中庭へと向かった。
すっかり姿を現した私を、夕鈴殿は冷たい地面の上に尻餅をついたまま、さらに顔を真っ青にして見上げていた。


「すみません。騒がしかったですか?」

「騒がしいどころではありません。不協和音です。このような朝から何をしているのか、私に分かるように説明してください」

「は、はい!あの…」

夕鈴殿は定まらない視線のまま私を見つめていたかと思うと、すぐに目を伏せた。その視線は自らの手のひらに注がれいる。
私は、その態度につられて夕鈴殿の手のひらを覗き込んだ。土にまみれた手の中に、何やら丸い物体が転がっていた。


「それは?」

私は尋ねた、さも訝し気に。


「これは…安蘭樹の実です。これを取りたくて。高台に乗ったらバランスを崩してしまい…」

こけてしまいました…夕鈴殿は消え入りそうな声で答えた。手の中の安蘭樹の実が、まるであざ笑うかのようにころころと転がっている。


「そんなものは侍女に申しつけなさい。あなたはお妃ですよ。この王宮で唯一のお妃です」

「すみません。でもこれぐらいの距離なら自分で取れると思いまして…」

「たとえ自分で取れる距離でも侍女に申しつけなさい!現に転落しているではないですか。あなたはどれだけ臨時花嫁をしてるんですか?」

私は念の為、臨時花嫁という単語を小さめに呟いた。
夕鈴殿が狼陛下の臨時花嫁として雇われの身であることは、極秘事項である。


「すみません」

夕鈴殿はしょぼんと肩を落として、私の説教に素直に耐えていた。
夕鈴殿のお妃演技は十分評価しているつもりだが、こういう庶民っぽい振る舞いはなかなか抜けきれないらしい。

私は先日、夕鈴殿の査定をした。
彼女のバイト期間も長くなって来たし、今後の意欲向上のためにもお給料の値上げは前々から考えていたことだった。自らの判断を再確認するためにも、夕鈴殿を取り囲む人間(陛下も含めて)に聞き込みをしてから、まだそれほど時間は経っていない。評価はおおむね好評。さらには夕鈴殿の人の良さは私でも分かる事実だったので、私は給料の値上げを敢行したのだ。

だが、このありさまは何だ。

前回のように、後宮の立ち入り禁止区域でならいざ知らず、ここは王宮でしかも臣下が居住する区画なのだ。

目の前で弱々しく涙を浮かべる花嫁の姿に、私も夕鈴殿と同様にがっくり肩を落とした。
夕鈴殿は相変わらずおびえた瞳で、小さな体をより小さく縮めていた。


「それと、あなたはなぜここに居るんですか?まさか、一人で来たんじゃないでしょうね」

まさか…私は顔を曇らせて尋ねた。
夕鈴殿は一瞬の躊躇の後、申し訳なさそうにこくりと頷いた。

そのまさかか。

私はめがねに手を掛けると、それを外した。もう一度かけ直して周囲を眺めたら、このありえない状況から解放されないだろうか。期待を込めてめがねを外した私は、すぐに落胆することになる。ぼやけた視界の先で夕鈴殿の姿が見えたからだ。


「誰にも見つかってないですよ」

なぜか自信たっぷりに答える夕鈴殿。私は盛大な溜め息で、夕鈴殿の自信を粉々に粉砕する。


「そういうことじゃありません」

見つかっていないのならなお悪い。この花嫁は、自身が狙われているかもしれないという自覚はないらしい。育って来た環境のせいだろうか…お人好しで優しい性格は、陛下に随分と気に入られたようだが、私にとっては危なっかしくて仕方ない。

ダメだ…お妃修行がもっと必要だ。

私が連れて来た花嫁だけに、責任はすべて私にある。なんとか陛下にふさわしい花嫁になってもらう為にも、修行させなければ。ぼんやりと夕鈴殿の抱えた安蘭樹の実を見つめながら、私はそんなことを考えていた。



















「私に許可なく夕鈴をいじめるな……と、申したはずだが」

じとり…と意味ありげな視線を送る陛下に対し、私は顔を崩さず答えた。


「いじめてなどおりませんが…」

以前と同様の受け答えに、若干陛下の眉根が上がったが、私は気にすることなく続ける。


「あれはお妃修行ですよ。より臨時花嫁としてふさわしく振る舞ってもらうために必要なことです」

「少し厳しすぎるのではないか?可哀相に…すっかりへこんでいたぞ」

給料を上げたばかりなので、まだまだ甘いくらいだ。私は内心の思いなど一切口に出さずに、注意深く陛下の動向をうかがう。
あまり機嫌を損ねすぎてまたわがままを言い出したら困る。今は、目の前に積まれている書類の山をさっさと片付けて、次の案件へと進みたいのだ。


「夕鈴殿もがんばっておられるようですし…あまり口出しされないでください」

私は、そんなことより…と小さく呟くと、手にした書巻を広げた。


「先日の軍部の会議での議案ですが…再度目をお通しください」

陛下は少し不満気に私を見つめていたが、諦めたのかすぐに書巻に目を落とした。

陛下の抑揚のない響きが政務室へ流れる。
陛下は、実に面白くないといった顔つきで、書巻を睨み付けていた。私のよろしいですか…?という問いかけにも終始無視を決め込んでいる。

まったく……どこがそんなにお気に召しているのだろうか。

夕鈴殿が少ししょげているだけで、この心配ようは何か。これがあの冷酷非情の狼陛下と同一人物とは思えない。今更ながら感じた思いに、私は溜め息を吐いた。

昨日から溜め息の連続だ。
陛下の側近を始めてから、心憂いることが多すぎる。それでも、憂いの元である目の前の陛下が、いつも気に掛けるのはあのバイトの花嫁だけ。
やるせない思いを心の内に残したまま、私は政務室を退出した。
たとえやるせなくても、陛下の為に出来うる限りの努力を尽くすのが臣下の勤めなので文句の言いようはないのだ。

脳裏に、ベタベタに臨時花嫁を甘やかす陛下の姿が容易に想像出来て、私の気分はますます落ち込むばかりだった。















「良いお妃とは、礼節にわきまえ、音楽に明るく、さらには所作にどこか麗しさを感じさせるような女人であらねばなりません」

私のお妃講座は続く。
目の前にちょこんと腰掛けた夕鈴殿は、真面目に私の話を聞いているようだった。膝の上に乗せた拳をぎゅっと握りしめて、私の話にうん、うんと相づちを打っている。


「そして…間違ってもどこかから転落するようなことがあってはなりません。あなたこれで二回目ですよね?」

私の問いかけに、夕鈴殿が一瞬動揺顔を浮かべた。
私の知る限り、彼女がどこかから転落したのは二回目だ。一度目は陛下ご不在の後宮で、深夜寝台から転落したときのこと。二度目は先日の高台からの転落だ。
二度あることは三度あっては困る。私は念押しして、夕鈴殿を堅く注意した。


「すみません…」

心底恥ずかしさそうにうつむくと、夕鈴殿は顔を伏せた。


「ところで…怪我は大丈夫なんですか?」

「はい。ご心配をお掛けしまして…」

夕鈴殿は小さく呟くと、軽く会釈した。きっと陛下ならば、ここで優しい言葉のひとつでも掛けるのだろうが、私にはそんな義務はない。


「それに…安蘭樹も取れましたし」

「はい?」

なぜここであの果実の名が出てくるのか…私はあの日の記憶を辿る。すぐに夕鈴殿の手の中にすっぽりと収まった橙色の実が浮かび、私は納得した。


「安蘭樹の実、お好きなんですか?」

そんなもののために、怪我を顧みずに高台へ登るなどよほどの好物なのか。私はなんとなしに尋ねてみた。


「好きというか…私ではなく陛下に差し上げるために取りましたので…」

「陛下に?」

陛下の好物であっただろうか。そんな話は知らない。
私は、遠慮がちに声を落とす夕鈴殿を疑問を込めて見つめた。


「バイトが差し出がましいかと思ったんですが…でも安蘭樹の果肉は喉に良いと聞きまして…」

「喉…ですか?」

一体どういう意味だろうか。私は夕鈴殿の言葉を聞き漏らすまいと、身をかがめた。私の様子にたじろいだ夕鈴殿であったが、それでもおそるおそる口を開いた。


「最近、陛下風邪気味でしょう?咳もされているようですし…なので安蘭樹の果肉を煎じて飲んでいただこうかと思いました」

「…………では陛下のために?」

「は、はい。その…侍女にお願いするべきだったと今は後悔しております!」

夕鈴殿は低姿勢で答えた。

なんと…では陛下の為に安蘭樹を取ろうとして、運悪く高台から落ちて腰を打ったのか。そんな気遣いをしていたとは。私は驚いて夕鈴殿を見つめる。
私の視線に気づいた夕鈴殿は、びくりと背筋を震わせると、視線を反らした。


「本当にすみません。以後、気をつけます」

ぺこりと頭を下げる夕鈴殿の姿を、私は曖昧な心情で見つめ返す。
結果はどうであれ…陛下のためを思ってしたことを、どうして責めることなど出来るだろうか。

目の前で恐縮する夕鈴殿を眺めながら、私は肩を落とした。


















私は、今日もお茶を飲んでいた。
いつもの時間にいつもの日課。淹れたてのお茶を一口飲むと、ほっと息を吐く。

ふと見れば、格子窓から暖かな陽光が射し込んでいた。今日も晴天なのかもしてない。立ち上がって近づくと、きらめく中庭が覗けた。その中庭の上空には澄み渡る青空が広がっている。

夕鈴殿の奇声を聞いたのもこんな朝だったな…。
私は先日の記憶を呼び起こすと、ひとつ苦笑した。

分かっていた。分かっていたつもりだったが、私もまだまだ彼女の人となりを理解していなかったようだ。

真面目なだけが取り柄の、お人よしでおっちょこちょいの臨時花嫁。
そんな臨時花嫁は決して意味のないことなどしない。

どっかの貴族のように自らの保身のために何かを画策したりはしないし、ましてや自らが食べたいからといって安蘭樹の実を勝手に取ったりはしない。

夕鈴殿が動くときは、自分のためではなく誰かのため。
夕鈴殿は、ただ純粋に陛下の力になりたいと願っているだけ。

私と同じ……か。

陛下の気持ちが少しだけ分かったような気がして、私は口元を緩めた。




どこからか笑い声がした。
目をやると、中庭の中央に陛下がいた。

こんな早朝に臣下の居住区の庭で一体何をしているのか…先日突然現れた夕鈴殿の姿と陛下が重なって見えて、私はひとつ苦笑した。
何年仕えてもよく分からない人だ…などと深々考えていると、陛下の後ろに夕鈴殿の姿が見えた。

一緒に笑い合って、ときどき見つめあい、何か楽しそうに話している。

どこから見ても仲睦まじい二人の姿。
私の心がどことなく寂しく感じてしまうのは、きっと気のせいだろう。
私は笑い飛ばして、窓辺から立ち去る。清らかな王宮の景色に似合うふたりを残して。


朝の清純な香りが満ちる室内には、その香りに混じって甘酸っぱい芳香が漂っている。


視線の先には、夕鈴殿が奮闘して取った安蘭樹の実がひとつ、陽光を受けて輝いていた。










二次小説第35弾完了です
今回は初の李順目線。34弾でも一瞬だけ李順目線が出てまいりましたが、単独は初です。一度書いてみたかったので満足
作中の「安蘭樹の実」=カリンです。のど飴とかでよく入ってるあのカリンです。実際は花梨と漢字表記するのですが、安蘭樹とも言うそうです。風邪気味の陛下の為にカリンの実を取るのに奮闘する夕鈴と、その夕鈴の姿を偶然見つけて呆れる李順。でも結局は陛下のためにしたことだと分かって、許してしまうちょっと優しい(?)李順を書いています。
最後は分かりにくかったですが、風邪対策にと夕鈴殿からプレゼントされた安蘭樹が机に乗っていて、それを見つめて終わります。(こんな説明だらけの小説ってどうよ!?)

以上、駄文ですみませんでした。お付き合いありがとうございます☆



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