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2011.05.30 (Mon)

隣で眠るキミを見てⅡ

Ⅰのつづきです。










すこぶる機嫌の良い狼陛下と、疲れ切った様子の寵姫の姿。

政務室で二極化したふたりの姿を、官吏たちは不思議そうに眺めていた。いつもなら幾度となく響いているはずの陛下の怒声もこの日ばかりは静かなもので、そんな陛下の態度がどこか不安なのか、怒られているわけでもないのに肩をすくめて動向を窺っている様子の官吏たちに、李順は深くため息を漏らした。

機嫌が良い狼陛下も怖いのか…。
いつもと様子が違うというだけでビクビクと怖がっている官吏たちに対して、李順は情けなさを感じていた。

陛下が機嫌が良い理由は容易に想像出来るし、夕鈴が疲れている理由もそれに伴っているため分かっている。全部自分のせいなのだが…これも仕事。バイト風情が何を落ち込んでいるのやら…。

李順はめがねをくいと持ち上げて、肩を落として脱力する夕鈴に視線を送った。
不穏な視線を感じとったのか、夕鈴は李順と目が合うとすぐに姿勢を正して優美なお妃を演じ始めた。

笑顔を保ち続けることに無理を感じたのか、夕鈴はすぐに扇を取り出すと小さな顔をすっぽり覆った。
そんな夕鈴の様子に気づいた陛下が、妃限定の笑顔を向けながら夕鈴に近づいて来た。


「妃よ…どうした?気分が悪いのか」

「いいえ!」

夕鈴は精一杯笑顔を浮かべて答える。


「では寝不足か?昨晩の夜更かしが響いているのか…」

「!?」

夜更かし!?そんなの身に覚えがない。夕鈴は内心の焦りを上手く隠しきれないまま言葉を発した。


「よ、夜更かし…でしょうか?」

語尾が震えている。そもそもなんで一緒に寝てたのか、陛下は笑顔で誤魔化すばかりでちゃんと理由を答えてはくれなかった。


「知らぬふりとは…困った兎だ」

「…な…何を」

知らないふりじゃなくて、本当に知らないんだって。詳しく追及しようと身を乗り出した矢先、陛下の後方でどす黒いオーラを感じ、夕鈴はビクッと体を震わせた。こそっと覗き込むと、案の定怖い上司がこちらを睨んでいた。しかも、方淵と一緒になって。
あのふたり…どこか似てるわね。夕鈴は愛想笑いを浮かべながら、こくりと頷く。

いろいろ聞きたいことは多々あるが…今は、早く政務に戻ってもらわないと。


「陛下、みなさまお待ちですわ」

夕鈴はにっこり微笑むと、戻るように促す。


「……」

陛下は名残惜しそうに夕鈴の髪に触れてから、踵を返して行った。
陛下の背中に向かってほっと息を吐くと、心労が体中を巡った。いつもよりもどっと疲れた妃演技に自らを労わりながら、夕鈴は懸命に笑顔を絶やさず午前の政務を乗り切ろうと気合を入れる。

こんなの身が持たないわ。
これから幾度となく訪れるであろう心労を想像して、気合とは裏腹に夕鈴の心は落ち込むばかりであった。
















疲れた体を引きずりながらとぼとぼと部屋へ戻ると、気持ち悪いくらい笑顔を浮かべた妃付の侍女たちが夕鈴を出迎えた。
にこにこにこ…満面の笑みを浮かべて侍女たちが出迎える。


「?」

なんだこの笑顔…妙な違和感を感じつつ、夕鈴は妃の部屋へと進み出る。


「お妃さま。本日は…おめでとうございます」

「え?」

部屋に入った途端、後方で一斉に拝礼する侍女たちを前にして、夕鈴は言葉を失う。
おめでとうって…何?何かいいことあったっけ?思い当たる節を考えてみたが、何も思い浮かぶことはなかった。


「あの…」

「ふた晩続けての陛下のお泊り。お妃さま付の侍女として、これほど名誉なことはありません」

「!?」

夕鈴の視界が反転した。衝撃の言葉に、気を失いかけそうになる。


「今宵は、どのようなお姿で陛下をお迎えいたしましょうか?」

「……」

「寝具に焚き染める香はいかがなさいましょう?」

「……」

「お妃さま」

「お妃さま」

侍女の言葉がどんどん遠くなる。夕鈴の背中に脂汗が伝った。


「お子を授かる日も、もう間近でありますわね」

ふふふ…侍女の笑い声が脳裏にこだまする。

あぁ…本当に身が持たない。

夕鈴の体がぐらりと傾く。固い床に手をついた時には、はっきりと意識を失っていた。















「知恵熱!?」

狼陛下の叫び声に、侍医をはじめ妃の部屋に集合していた面々が無言で頭を垂れた。


「はい…その突然お倒れになられまして」

言いにくそうに侍医が漏らす。後方に控える侍女たちはただただ申し訳なさそうに頭を下げているだけであった。


「どういうことだ?」

「この症状は、何か強いショックを受けられた時によく見受けられまして」

「ショック……」

陛下の呟きに、そこで初めて侍女が口を開いた。


「申し訳ありません。私どものせいですわ」

赤い顔を伏せて平伏する様子に、陛下が浅いため息を漏らす。
夕鈴がショックを受けることなどひとつしかない。陛下はひとりでに納得すると、肩を落とした。


「私たち、つい嬉しくてお妃さまをはやし立ててしまい…」

「もう良い」

眉間に深くしわを刻み応える狼陛下の様子に、周囲の空気が凍りついた。


「申し訳ありません」

「もう良いと申しておろう。お前たちだけのせいではない」

陛下はそう言うと、寝台に眠る夕鈴の熱い頬に触れた。

知恵熱とはね…なんとも君らしい。小さく呟いた独り言は、もちろん侍医たちには聞こえない。


「妃の熱を下げるよう看病いたせ」

「御意」















目覚めると朝だった。
薄眼を開けて、眩しい陽射しが差し込む格子窓を見やれば、外は晴れていた。

朝…?

確認するため起き上がろうと、夕鈴は寝台に手をつく。だが、体のだるさが邪魔してなかなか起き上がらなかった。それに加えてなんとなく全身が重く感じるのは気のせいか。


「……」

嫌な予感。もしかしてデジャブ…か?恐る恐る振り返った夕鈴は、ほっと安堵の息を吐く。今朝はひとりだった。どうやら体が起き上がらないのは、体のだるさだけが原因らしい。

安心した夕鈴の視界に、突然何か黒い物が映る。


「!?」

この見慣れた黒髪…まさか。
寝台の横の小椅子に腰掛けた陛下が、シーツに頬をつけて眠っていた。手は夕鈴のそれとしっかり握られている。


「……」

この状況はなんだろうか…。抱きしめられて眠っているよりはましだけど…二日続けての奇怪な展開に、夕鈴は大きくため息を吐いた。

昨日同様に、今朝も前の晩の記憶がない。こんなんでいいのか私…。ぐるぐると回る思考の中、夕鈴はふと陛下の寝顔を眺めた。
柔らかく安らかな寝顔…この人のこんな穏やかな顔、久しぶりに見た気がする。

「陛下…」

声に出すつもりは無かったが、いつの間にか口から漏れていた。その呼びかけに気づいたかのように、陛下がゆっくり目を開ける。


「ゆう…りん?」

目覚めた陛下に名前を呼ばれ、夕鈴はこくりと頷いた。


「陛下、おはようございます」

「……」

陛下は一瞬まばたきを繰り返すと、あっと小さく声を上げて飛び起きる。


「熱は?」

「熱?」

首をかしげる夕鈴の額に手を置く陛下。手の平の冷温が額に伝わる。心地よさにまた眠りそうになるが、夕鈴は必死で意識を繋ぎ止めた。


「下がったようだね」

陛下はほっと安心すると、良かったと笑顔を浮かべた。


「熱…出してたんですか?」

どうりで…体がだるく頭が痛い。


「うん、でももう大丈夫みたいだね」

陛下は嬉しそうに呟くと、夕鈴の頬に手を伸ばした。だが、その手が頬に達する前にはたと動きが止まる。


「?」

目の前でふいに静止する手。疑問に思い見つめた陛下の顔は、何かまずいことをした後の顔であった。


「ごめん」

陛下は慌てて手を引っ込めると、小椅子から立ち上がる。


「……陛下?」

「君が嫌がるのは当たり前だ」

陛下はなぜか表情を曇らせていた。抑揚のない響きが寝室を包み、寒くはないのに肌寒さを感じる。
夕鈴はそっと両手で自らの肩をさすった。


「安心して、夕鈴。朝議の件の話は無くなったから。大丈夫だよ、別に寝坊して欠席したわけじゃないから」

「陛下…」

「李順には上手く言っておくから、夕鈴はもう気にしないでね」

傷ついた笑顔を浮かべて、陛下が笑った。


「……」

「さてと。夕鈴の熱も下がったし、僕、朝議に行ってくるね。今日休んだら、李順の雷は確実に落ちちゃうね」

乾いた笑い声が響く。夕鈴の目に、無理に作ったであろう陛下の笑顔が映り、ずきりと心が痛んだ。

どうしてそんなに傷ついた笑顔を見せる…の?


「陛下」

「夕鈴、無理をさせてごめんね。君がそんなにショックを受けるとは思わなかったから。本当にごめん」

「私、ショックなんて…」

夕鈴は寝台から起き上がる。途端に歪む視界に、ぐらりと体が傾いた。その体を、陛下の腕が支えていた。


「無理しちゃダメだよ」

耳に届いた声音は、やはりいつもよりも冷たく感じた。陛下に支えられた体勢のまま、夕鈴は動きを止めた。


「夕鈴?」

何なの…必要以上にかまってくると思ったら、急に冷たく突き放して…。
なんでそんな、そんな悲しい目をして、私に謝るのよ。


「夕鈴、どうした?」

いつまでも動かない夕鈴に心配そうにかかる声。夕鈴は陛下の着物の袂をぎゅっと握り締めると、顔を上げた。

「陛下はズルいです」

「え?」

「どうして、謝るんですか?陛下、謝るようなこと何もしてないじゃないですか」

「……だって、君が嫌がってたから」

「私、嫌がってません」

「熱を出すほど嫌がってただろう。君がそれほど…嫌だとは知らなくて、だから謝ったんだよ。そろそろ機嫌を直せ」

「私は最初から嫌がってませんし、それに機嫌も悪くありません」

「じゃあなんで知恵熱を出すんだ?」

「そ、それは…侍女がいろいろ衝撃発言をするから。っ……それとこれとは関係ありませんよ。だいたい、勝手にやめるってなんなんですか!私がどれだけショックを受けたかと…すんなりやめるなんて言わないでください…」

ショック受け損ですよ、受け損!夕鈴は声高らかに言い放つ。


「やっぱりショックだったんだね」

陛下ははぁ…と息を吐くと、肩を落とした。


「夕鈴、この話はもう良い。それ以上興奮すると、熱がぶり返すぞ」

陛下がやれやれと頭を振ると、まだ自力では立てない夕鈴を抱き上げた。


「まだ話は終わってませんよ」

「ちょっ……暴れないで」

腕の中でじたばたと暴れる夕鈴を落とさないように、なんとか陛下が寝台へと運ぶ。


「君が落ち着いたら、また話をしよう」

「私が…私が言いたいのは」

夕鈴は陛下に手を伸ばすと、胸の着物を掴んで引っ張った。バランスを崩した陛下が、寝台の上手をつく。目の前に出現した陛下の整った顔に一瞬動揺しそうになるが、ぐっとこらえて夕鈴は口を開いた。


「とにかく、私は嫌がってません。そんな傷ついた顔をなさらないでください!」

ふーふーと大きく息を吐いて、夕鈴は怒涛のごとく言い放った。


「……」

「本当…に?」

「はい」

「では証拠を見せよ」

「は?」

証拠??どういう意味か…疑問を込めた瞳で見上げると、陛下が真剣なまなざしを浮かべて夕鈴をじっと見つめていた。


「!?」

真剣な表情に不覚にもどきっとして、夕鈴は目線をそらした。あぁ…しまった、こんなあからさまな態度は彼を傷つけてしまうかもしれない…分かっていながらも、恥ずかしさに負けて陛下の真剣なまなざしを受け止めることが出来ない。


「夕鈴?嫌じゃないんだろう」

「嫌…じゃありません」

嫌じゃないけど…そんなに見つめられると心臓飛び出そう。夕鈴は熱くなった頬を両手で押さえながら、顔を隠した。


「夕鈴?」

「そ…そんなに見つめられると恥ずかしいっていうか、その…嫌じゃないけど顔が近いといたたまれないんですよ!」

「ふうん。君は正直だな」

陛下はふっと笑顔を見せると、赤面顔を覆う白い両手を解いた。途端に出現した真っ赤な顔に、思わず破顔する。


「いい加減慣れよ」

「無理です」

きっぱりと言い放つ夕鈴。陛下は困ったように眉根を寄せたが、優しいまなざしは変わることなく夕鈴に向けられていた。


「慣れておかないと困るよ」

「……」

そんなことは分かってる。分かってるが、心と体の制御がきかない。


「だって、これから何度か君の部屋に泊まることになるんだからね。しかも君の隣で休むし…」

「え?」

夕鈴は顔を上げた。


「でも、さっき朝議の話は無しにするって…」

「そんなこと言った?」

「言った」

「言ったかなぁ~」

「絶対言った」

夕鈴はふるふると頭を振る。私の記憶が正しければ…(っていうか絶対間違ってないし!)朝議の件は無くなったから、って陛下は言った、確かに言った。


「覚えてないなぁ~」

「私は覚えています!」

「最近物覚えが悪くて…」

「ごまかさないでください!」

子どものような発言に呆れつつ、夕鈴は怒声を上げた。


「それほど怒るとは…やはり私のことが嫌か?」

なぜか挑戦的な視線を向ける陛下。夕鈴は迫力に負けて、なかなか文句が言い返せない。


「どうなんだ、夕鈴?」

「だから……!!!嫌じゃないって言ってるでしょう!」


叫んだ途端、頭がくらんだ。天井が、床が、陛下の顔が揺れている。周囲がぐるぐると上下左右に揺れていた。揺れる世界に抗いきれずにふらつく体を、すぐさま陛下が抱えた。そのまま寝台へと横たえると、夕鈴の額に手を置いた。
ひんやりと冷たい陛下の手。夕鈴は怒りを忘れて、ゆっくりと目を閉じた。


「妃の告白も、たまにはいいな」

陛下の満足気な声音が耳に届く。柔らかい音色に熱も重なって、意識が今にも途切れそうになった。


「わ…私は、嫌がってなんていません。陛下を嫌じゃないです」

「うん」

「ただ…恥ずかしくって、仕方ないだけです」

「うん」

「わ、私には…慣れないだけです」

「うん」

「だから……」

どうか傷つかないで…小さく呟いた言葉は空気にさっと溶けて消えていった。その余韻をしっかりと肌にしみこませながら、陛下は閉じていた目をゆっくり開いた。
瞳には、言い疲れて眠ってしまったのか…それとも熱が頭にまわったのか…目を閉じた最愛の人の姿がはっきりと映る。


『わ…私は、嫌がってなんていません。陛下を嫌じゃないです』


「うん」

知ってる。君の恥ずかしがり屋なところも、優しいところも、怒り顔がとても可愛いってことも、泣き顔も堪らなく美しいところも、笑顔は極上に甘いってことも、全部、全部。


「知ってるよ」



君が、大好きだから。












後日。


「陛下。結局、なんで一緒に寝てたんですかね?」

さりげなく尋ねる夕鈴。「一緒に寝る」という単語を発するだけで、動悸が早まる。尋ねられた陛下はしばらく黙したままこちらを眺めていたかと思うと、ふと気づいたようにぽんと手を打った。


「あぁ、この間のこと?」

「……」

忘れてたの?私にとっては衝撃の朝だったのに、陛下にはなんともなかったのね、あぁ…面白くないわ。
夕鈴は誰が見ても分かるほどの不機嫌な顔を固め、陛下を見据えた。夕鈴の怒りをすぐさま察知した陛下は、すぐに子犬の仕草で兎をなだめる。


「えぇっと、あの朝は……そうだ。前の晩は遅くまで続いた政務のせいで帰りが遅くなって、帰って来たら君は半分寝ぼけてて…」

げ!!そうだっけ!?
夕鈴はあの夜の記憶を呼び起こそうと思案するが、何も思い出すことはなかった。

「寝ぼけてて…なんですか?」

「僕も眠かったから、君を寝台に運んでそのまま眠っちゃった」

ははは…肩をすくめて陛下が笑う。

いやいや、笑いごとじゃないし。でもこれって、私が悪いのよね…夕鈴は心の中でため息をついた。


「なんか……、すみません」

「ううん。すごく寝心地良かったから、全然謝ることないよ~」

「……」

そんな、にこやかに言われても…陛下の満面の笑みを複雑に見つめ返す夕鈴であった。









二次小説第53弾完了です
長い文章に読み疲れてはいらっしゃらないでしょうか…?ミケは久しぶりの長文に少しお疲れ気味です(笑)

作中でも一緒に眠る夫婦が描かれていますが、夕鈴かなり嫌そうな感じでしたよね~今回もその嫌さを全面的に押し出してみました。知恵熱出すほど陛下と一緒に寝泊りするのが嫌なのに、嫌ってない!なんて可愛いことを言っちゃう夕鈴、ツンデレですね。(←違うか)最近やっと、雑誌でデレを出して来た夕鈴ですが、ミケとしてはもっと見たい!もっと見せて!と願ってます☆

しかし…夕鈴はもう少し警戒した方がいいですよね~。熱にうなされた弱弱しい姿で、「陛下を嫌じゃない」とか「恥ずかしくて仕方ない」とか、そんな必死に可愛いこと言ってたら、それこそ押し倒されててもおかしくないというか…。まぁ、押し倒しませんでしたが(笑)ギリギリ耐えましたね、陛下




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23:14  |  風邪引き嫁(熱)編  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2011.05.30 (Mon)

隣で眠るキミを見てⅠ

「隣で眠るキミを見て」

ラブ度少し上げ気味の夕鈴目線です。
長文なので、休憩しながらお読みください。

ではどうぞ。












薄目を開けて見つめた景色は、いつもと同じ見慣れた寝台であった。
片方の頬をシーツにぴったり付けたまま、夕鈴はまばたきを繰り返す。
格子窓からは朝日とともに、清々しい香りが差し込んでいた。夕鈴はひとつ大きな欠伸をすると、浅く息を吐く。

あぁ…朝だわ。起きないと。

まだはっきりとしない頭を軽く振ると、夕鈴は起き上がろうと寝台に手をついた。
だが思いとは裏腹に、居心地の良い寝台からなかなか身が起こせない。

なんだか体が鉛のように重いみたいだ…まるで寝台に吸い付いたかのように起き上がらない体に、夕鈴は訝しさを感じながら再度力を入れた。


窓から差し込む斜光は、穏やかに寝室を照らしていた。
眩しい光に目がくらみ周囲の様子は分からないが、なにやらいつもより寝台が狭く感じる。

仮の妃に与えられた寝室は、夕鈴にはもったいないほど広く、寝台はふかふかで寝心地は最高だった。ひとりでは持て余すほど広い寝台を毎夜惜しげもなく使っているのだが…今朝はやはり狭いような気がした。それというもの夕鈴の体は寝台の中央ではなく端近にあったからだ。
寝相は決して良いとは言えない。いつの間にか寝台の端に寝返りを打っていたのだろう…夕鈴は気にすることなく起き上がろうとまた手を付いたが、やっぱり起き上がらない。

何かが邪魔しているとしか思われない。


「……何?」

目覚めを邪魔する存在を確認しようと、夕鈴は何気なく振り返る。
最初は寝ぼけていて全く気づかなかったが、よく見れば腰に腕が巻きついている。しっかりと捕らえて離さないかのように絡みつく腕に、夕鈴はぞくりと身震いした。

一瞬叫び声を上げそうになったが、慌てて押しとどまる。確認した腕の持ち主は、この国の王様であったからだ。


「!?」

夕鈴は口元を押さえながら、寝入る王様をまじまじと眺めた。

なんで陛下…!?なんでここに居るの!?
妃の寝台になぜか横たわる狼陛下。当たり前のように寝台の半分を使い、我がもの顔で寝入る姿をまじまじと眺める。
夕鈴は一瞬夢かと思い、頬をつねってみた。だが、鈍痛が頬に伝わり顔を曇らす。


「痛……夢じゃない…の?なんで陛下が寝てるの。しかも…」

なんで抱きしめてるのよ…夕鈴の目は今やはっきりと覚めていた。目覚めの狼陛下。これほど強い刺激はない。夕鈴は激しく動揺しながらも、なんとか腕を外そうと身をよじった。

この状況は皆目意味不明だが、とにかく逃げないと!


ごそごそと抵抗を続けているうちに、陛下が寝返りを打った。


「……ん」

「!?」

ため息を漏らす陛下を、夕鈴は恐る恐る見つめる。
寝ぼけ眼の瞳をゆっくりとこすって、陛下がぼんやりと目を開けた。視点の定まらない黒い瞳が夕鈴を捕らえている。


恥ずかしい。
何この状況…夢だと言って。


「ゆう…りん?」

「ち、違います」

夕鈴は即答すると、くるりと背を向けてまた身をよじった。
今なら…まだ陛下が寝ぼけている今なら逃れられるかもしれない。だが、必死の抵抗むなしく、一層力を入れてじたばたする夕鈴に回された腕は全く解かれることはなかった。

それどころが更に引き寄せてられて、背後から抱き締められた。

ぎゃー!!!!
寝ぼけてるはずなのに、なんなのこの拘束力。

夕鈴は声にならない声で叫ぶ。


「ゆ~りん」

陛下はふわふわと名前を呟きながら、さらに腕を絡めた。

ちょっ、どこ触って…見分けがつかないかもしれないけど、それはお腹じゃないわよ!
心の中で怒声を上げ、夕鈴は激しく抵抗して腕を取り外しにかかった。


「夕鈴」

「違いますって!離しなさい!」

髪越しに何か生暖かいものが触れて、夕鈴の体はぴたっと硬直した。
さすがの夕鈴も背後で何が起こっているのか想像出来る。いつも人前だけで見せる甘い夫婦演技、朝っぱらから寝台の上で始めようとしているのだ。

ぎゃー!やめてください!!!!


いちはやく危機を感じて逃げ出すまでは良かったが、相手が悪かった。今まで何度となく強靭な囲いから逃れようと獅子奮迅していた夕鈴であったが、その結果いまだかつて逃れられたことはない。
それでも観念することなく最後の抵抗を試みる夕鈴の耳元で、クスクスと含むような笑い声が響いた。


「な…」

まさか笑ってるの?笑い事じゃないわ!

怒りに任せて殴ってやろうかと思ったが、夕鈴ははたと止まる。真っ赤になって怒って、その顔に笑われて、また怒って子犬の姿で謝られて、それで許して終わり…いつもいつもそれの繰り返しだ。人間は学習するものだ、いつまでもやられっぱましというわけにはいかない。

夕鈴はごくりと生唾を飲み込んで、反撃ののろしを上げようと心の中で深呼吸をした。
迎え撃つのは狼陛下。相手に不足なし…むしろ若干手に余るぐらいだ。

夕鈴は肩を震わせ、両手で顔を覆った。

秘技、泣き落としよ!
狼陛下相手にどこまで効果があるのか不確かだが、やってみないことには始まらない。夕鈴は大きく息を吸い込んで、背後の陛下に呟く。


「痛い…です。お離しください」

夕鈴の言葉に一瞬陛下の拘束が緩んだが、まだ解放には至っていない。

も、もう少し…。

夕鈴は肩を小刻みに震わせてしきりに離してと呟いた。顔が見えないのは好都合だ。今更と言われるかもしれないが、面と向かって演技するのはとても苦手だ。しかもやましいことを心に抱えて演技すると、この狼陛下にはすぐに見破られてしまうし。


「夕鈴。それじゃあダメだよ、逆効果」

え…?

ふいに届いた声音に、夕鈴は顔を覆っていた両手を解いた。
肩を押されていつの間にか寝台に仰向けになった夕鈴を、真っ直ぐ陛下が見下ろしていた。黒い瞳が今度ははっきりと夕鈴を捕らえていた。


「……」

怒って…る?
いやいや怒るのはこっちでしょう!


「それほどに私が嫌いか…?」

息もかかるほど近い位置にある陛下の顔に、夕鈴の心臓は爆発寸前。しかも突然の狼陛下の降臨に、夕鈴は動揺しっぱなしだった。

ここで嫌いと言ったら補食されそう…。

夕鈴は演技してることも忘れてふるふると頭を振った。


「では離して欲しいと言ったのはなぜか?」


なぜって…言わなくても分かるでしょーが!
分かりやすい意地悪に、夕鈴はぐるぐると喉を鳴らした。

こうなったら威嚇するしかない。でも、迫力負けしそう…いやいや、くじけちゃダメよ!

夕鈴はきいっと目線を上げて、狼陛下を睨んだ。
そんな夕鈴の様子をぽかんと口を開けて見ていたかと思うと、陛下がおもむろに笑い出した。


「ははは」

肩を震わせて笑う狼。夕鈴は牙をそがれて脱力する。


「な、何……」

「相変わらず…我が妃は朝から私を楽しませてくれる」

するりと頬に触れると、陛下はほっぺたを軽くつねった。
弾力の良い肌が纏いつくように手を包み、陛下は口元に笑みを浮かべる。


「このまま望み通り食べてしまうのも構わないが…せっかくの清らかな朝だ。まことに名残惜しいが、そろそろ目覚めないとな」

「……は?」

「それに、君の怒り顔も心底可愛いのだが…やはり花の笑顔を見せて欲しいしね」

「……喧嘩売ってます?」

「愛を囁いているんだよ。これほど言っても伝わらないとは、もっと愛すべきだったか…」

そう言いながら覆いかぶさろうとする陛下を、夕鈴は渾身の力で押し退ける。


「冗談が過ぎます!!」

陛下はごめんね…と舌を出すと、やっと夕鈴を解放した。

















「なんだ…朝議に遅れたぐらいで、それほど怒ることもあるまい」

「遅れたのではなく欠席されたのですよ!」

李順の怒り声が妃の部屋に響いて、夕鈴はびくっと肩をすくめた。目覚めからの狼との一戦で憔悴しきった体を長椅子から起こし、怒鳴る上司の顔を見つめる。機嫌の良い顔などめったに見ないし、いつも不機嫌なのは分かりきったことだったが、今朝の上司の顔はまるで修羅のごとく怒っていた。


「我が妃が離してくれなくてな」

陛下の言葉に怒りの矛先を変えた李順が、じろりと夕鈴をにらんだ。夕鈴は何度も首を振って、濡れ衣です!と声高に訴えた。

むしろ陛下が離してくれなかったんです!と言いたいが、恥ずかしすぎてそんなセリフ言えない。事実なんだけど言えない…なんて悔しいの!

朝の大事件の直後、怒涛の勢いで妃の部屋に飛び込んで来た李順。
結局夕鈴は、一緒に寝台で眠っていた理由を問い正せずに、なぜか怖い上司の叱責を受けていた。理不尽な展開に憤慨するも、自分よりも怒り狂う上司を前にして、何も言い返せない。


「あのような会議に出席すること自体、時間の無駄だ」

どうやら大切な朝議に欠席したことを怒っているようであったが、怒られている本人はさらに怒っているようで、苛立ちを隠すことなく反論している。これじゃあどっちが怒られているのか分からない。


「重鎮の大臣が参列する大事な朝議ですよ」

「狸の会合に参加して、有意義な時間が得られるわけはない。さっさと仕事に取り掛かった方がよほど無駄ではないと言える」

いつもなら素直に側近の言うことを聞く陛下であったが、この日は別であった。よほど朝議へ参加するのが嫌らしい。いつまでも首を縦に振らない陛下に、先に折れたのは李順の方だった。


「では参列者の顔を変えましょうか?」

「古参の大臣などいらぬ。地方役人を呼べ。軍部の将と吏部の将もだ。あとは交易武官。次週の朝議は宰相と紅と孫を残し、顔ぶれを一新する。良いな?」

陛下の案に対して、李順はしぶしぶと頭を垂れた。


「治水灌漑工事への着手案を考えろと申し伝えよ。東の国の錫の輸入価格が高騰している。原因の追究と錫の交易ルートの変更案を練るように武官へ伝えよ。作物庫の保管量を知りたい。飢饉へ備えての今年いっぱいの………」


急にお仕事モードになって話し出す陛下の傍らで、夕鈴はほっと息を吐いた。甘い演技を繰り返されるよりも、真面目にお仕事してくれていた方がよっぽどいい。
夕鈴はさっと踵を返して次の間に向かった。話し合いがひと段落ついたら朝食の準備をするように侍女に申し伝えよう。陛下と朝食を摂って、仕事へ見送ったら今朝の妃仕事が終わる。陛下が退出したら、やっと本来の姿である私に戻って掃除婦バイトに専念しよう…などと考えていた矢先、背後から声を掛けられて驚いた。

振り返って確認した人物は李順であった。


「お話は終わったのですか?」

「用件は聞きました。陛下があなたと朝食を摂るとおっしゃって追い出されましたよ」


李順のイライラ声が響く。触らぬ神にたたりなし…夕鈴は黙したまま上司をやりすごそうと、お茶を淹れる準備に集中する。


「夕鈴殿」

低い声音が響いて、夕鈴はどきりとした。上司に呼び止められることなど数あることだが、嫌な予感がするのはそんなにはない。夕鈴は神経質に歪む上司の顔を見つめた。


「何か…?」

「本来ならばあなたにお願いすることではないのですが…背に腹は変えられません。次週の朝議、陛下はああおっしゃっていますが、また欠席されては困ります」

「陛下は理由なく朝議を欠席されたりはしないのでは?」

「もちろんそうなのですが、念には念を。夕鈴殿にはある役目を言い渡します」

「な、なんでしょう…?」

嫌な予感はますます濃くなる。不安に揺れる心と戦いつつ、夕鈴は李順の言葉を待つ。


「簡単なお役目です。朝、朝議に遅れたりしないように陛下を部屋から追い出していただくだけで結構」

「……追い出す?」

「はい」

「……」

それってつまり、今朝みたいに一緒にひと晩過ごして、朝見送れってこと!?
いやいや待って。朝、私が陛下の部屋に起こしに行けばいいのよ、うん。落ち着きを取り戻した夕鈴は、安堵の息を漏らすとこくりと頷いた。


「では、朝議の朝には起こしに参ります」

「いいえ。より確実に出席していただくためにも、前の日から寝泊りしてください。陛下の部屋でもあなたの部屋でもどちらでも構いません」

「そ…それは、何かの冗談で?」

優雅に微笑む夕鈴の顔に、李順は嫌そうにため息を漏らす。


「こんな凝った冗談は言いませんよ」

「そ…そうですよね」

急に頭痛がして夕鈴は頭を押さえた。
夫婦だから不自然ではないけれど、私たちは仮の夫婦、そんなの冗談じゃない。ふいに今朝の情景が脳裏に映って、夕鈴は眉をしかめた。


「お断り……」

ぴりりと空気を貫くような視線を感じて、口をつぐむ。目は口ほどに物を言う。李順の無言の視線がプレッシャーとなって夕鈴に重くのしかかる。


「私からお願いしているのですよ」

まさか断れるとでも?と目が言っていた。


「朝議の前の晩だけですから」

これはお願いではなく命令ですよ、と目が言っている。


「……でも」

「だいだいあなた、今朝も陛下泊まってたでしょう。あなたに限って間違いはないと思いますが、明日もよろしくお願いしますよ」

間違いって何!?そんなのあったら困るわよ。しかも今、明日って言った???


「明日も…ってどういうことですか?」

「あぁ、言い忘れましたが、今朝の分を急きょ明日行うことになりましたので」

「へ?」

そんなの聞いてない。


「陛下には私から申しておきますから。では、よろしくお願いしますよ」

「……い…」

反論出来ない雰囲気の中、夕鈴の口から漏れたのは掴めない言葉ばかりだった。結局足早に去って行く側近の背中を見つめることしか出来なかった。
こんなのバイト事項にあったけ…初めて後宮に来た遠い日のことぼんやりと思いだしながら、夕鈴は肩を落とした。





Ⅱへつづく。

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2010.09.29 (Wed)

愛の媚薬Ⅱ

Ⅰのつづきです。









見覚えのある寝台。鼻につく甘い香。花瓶に生けられたのは今朝摘んだばかりの桜桃の花。

ここは妃の部屋。

目覚めた夕鈴を、大勢の目が見つめていた。


「お妃さま!」

「……?」


「お妃さま、お目覚めに」

「陛下にお知らせしろ!」


以前にも似たようなことがあったわね…夕鈴は深く息を吐くと、半身を起こした。
そばにいた侍女が夕鈴の背を支える。

誰よりも心配顔で覗き込む侍医を見て、似たようなこととは眠り薬の一件であったのを思い出した。


以前、誤って眠り薬を飲んだときのこと、はっきりと記憶に浮かぶ。


「また…眠り薬?」

「いいえ。風邪です…どうぞお薬湯を」

答えた侍医は即答で否定した。
渋い顔に置かれた瞳は、なぜか脅えの色を濃くしていた。

焦点の定まらない瞳のまま、急かすように薬湯を差し出す。


前回の眠り薬の一件、夕鈴が思う以上に狼陛下に叱責されたのかもしれない。


差し出された湯気の立ちこめる湯飲みに、夕鈴は手を出した。


「まだ微熱が残っておりますゆえ、今夜はこれをお召しになってぐっすりお休みください」


ただの風邪にしては仰々しい雰囲気。

寝台を取り囲む臣下たちの目に映る夕鈴は、やっぱり…狼陛下の寵妃であった。


夕鈴はほっと息を吐く。

演技が全くバレていないことに対して安堵しているのか、それとも…たとえ偽りでも陛下に愛されている唯一の妃であるという事実に満足しているからか。

自分でもよく分からない。


「ありがとう、陛下は?」

侍女に尋ねる。


「今お知らせしております。お妃さま、急にお倒れになり心配いたしました」

「ごめんなさいね」

夕鈴は視線を落とした。

まだ熱の残る頭をよぎったのは四阿の景色と、陛下の歪んだ表情。


もしかしたら、ひどく心配を掛けてしまったのかも。


夕鈴は肩を落とした。


陛下の憂いを取り除きたくて、今私はここにいるのに。

陛下の憂いを自ら招いてどうする。


夕鈴はそばに控える侍女を呼び寄せた。


「陛下に伝えて来て。私はもう元気だから心配ないと…」

「しかし…まだ熱が」


「もう大丈夫よ。さぁ、早く伝えて来て」

心配事は少しでも少ないほうがいい。

ただでさえ国を牛耳る陛下の両肩には、想像できないぐらいの心配事が乗っているのだから。


「ね、早く」


「陛下がお来しです!」

妃の居間で控えていた女官の声が寝所まで届く。


「!?」

夕鈴の制止の前に、すでに妃の部屋に到着していた陛下。さすがの行動力と感心している場合ではない。


あぁ、遅かった。


穏やかな空気は一転、臣下たちの間に一気に緊張が走る。

まるで花道でも作るかのように、居間から夕鈴の寝台まで、陛下の通り道を空ける臣下たちの様子に、夕鈴は苦笑した。


妃の部屋なのに、政務室にいるみたい。


「夕鈴、起きていて大丈夫なのか?」

寝台に駆け寄る陛下。陛下は、意識を無くす前よりは冷静な表情をしていた。


「はい、ご心配をおかけしてすみません」

ひと通り形式ばった挨拶をする。
挨拶が自然に出てくるのは、このバイトで学習した証拠だ。


「少し、熱は下がったようだ」

夕鈴の額に手の平をあてがう陛下。

陛下の手は相変わらず心地よい冷たさであった。


「風邪か……薬湯は飲んだのか?」

「え、いえ。まだです」

夕鈴は手の中に残ったままの湯のみを見つめる。

良薬口に苦しとはよく言うが、この薬湯は本当に苦い。一口飲んで、もう飲むのが嫌になっていた。


「苦くても飲まないといけない」

そんな夕鈴の心を読んだのか、陛下は優しく呟くと、寝台の端の小椅子に腰掛けた。

陛下の目線が侍医に向く。侍医は軽く拝礼するとこくりと頷いた。


「一晩お休みになられれば、明日の朝にはすっかり治っておられましょう」

「それは重畳…」

陛下は左手を上げる。人払いをするときの合図だった。


「何かあれば呼ぶ」

「はい。では、次の間におります」


侍医が立ち去るのを皮切りにして、広い妃の寝室から人波が引く。


あっという間にふたりきりになった。


寝台にいるせいだろうか、それともいつもと違う目線で見る陛下の表情のせいだろうか、夕鈴は妙に緊張していた。

小刻みに震える胸に手をあて、夕鈴は呼吸を落ち着けた。


「あの…ご心配おかけしてすみませんでした」

「うん」

陛下は子犬の笑顔で答えると、ほっと息を吐いた。


「ただの風邪で良かった。僕、びっくりしちゃったよ」

肩をすぼめる陛下に、夕鈴はクスッと笑う。


「すみません。でも…ただの風邪なのにこんなにおおげさにしてしまって恐縮です」

夕鈴は手の中の湯飲みを見つめた。
桜桃の花の香のおかげで今は臭わないが、口を近づければ薬湯の醸す変な臭いが鼻につく。

さきほどから、口まで運んでは、一口も飲まずに元通り手の中に戻る始末だった。


「君は大切な妃だからね」

演技ですけど…と、夕鈴は一応付け足した。


「……」

陛下は明らかに不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

間違いは言っていないはず、でもどうしてこんなに怒るのか。
いつの間にか狼に逆戻りした陛下を眺めつつ、夕鈴はまた湯飲みに視線を戻した。


「何度も言うが…」

カタリ…寝台が急に傾く。

寝台の端、陛下が体重を掛けたせいだ。

狼の気配を濃くして迫る陛下に、夕鈴は慌てる。

陛下の行動を制しようと手を伸ばしたいが、湯飲みが邪魔して伸ばせない。


「な、何ですか?」

「君はいつまで経っても素直じゃないな。いい加減…傷ついてしまう」


「!?」

迫る狼に後ずさりしようとする夕鈴の肩を、陛下が掴んだ。


そのまま無理やり身を寄せて、夕鈴の額に自らの額をくっつける。


間近で感じる陛下の吐息に、夕鈴の胸が激しく高鳴る。


「へ、へいか!今は誰もいませんよ」

「それは好都合」

口端ににっと笑みを浮かべる陛下。


夕鈴は額に沸く冷や汗を感じた。頭の中で危険信号が点滅している。


あぁ…早く逃げないと。でも、頭がふらふらする。


「夕鈴、知ってる?風邪を早く治す方法」

「や、薬湯を飲めでしょう?分かってますよ!」

湯のみを握り締める手に力を込めて、夕鈴は答えた。


「ちゃんと飲みますよ。だから…」

早く離れて。最後まで言い終わらないうちに、陛下がそっと耳元で囁く。


「早く飲まないと、口移しで飲ますよ」

「飲みますって!」

夕鈴は勢いよく湯のみを傾けると、一気に飲み干した。


口内に広がる苦い刺激も、狼陛下の甘い刺激に比べたらずいぶんとマシだ。


飲み干した夕鈴は、力尽きたかのように寝台に沈んだ。

こぼれるように手から落ちた湯のみを陛下が受ける。


「……」

陛下のせいで、熱がぶり返してしまった。


あなたが私に与える刺激、決して生半可なものではないこと、どうか気づいて欲しいわ。


「ちゃんと飲んだね」


夕鈴のまぶたはいつの間にか下がっていた。

次第に途切れる意識の中、陛下の満足気な声がこだまする。



「さっきの答え。薬湯も正解なんだけど、でも…」

まぁいいかな…陛下の声音が、そよかぜのように流れる。




「今夜はぐっすりお休み、夕鈴」










後日。



「おはようございます、陛下」

「おはよう、夕…ごほ」

「え?」

夕鈴の視線を避ける陛下。その様子はとても気まずそうだ。


「まさか…」

嫌な予感。



「風邪引いちゃった」










二次小説第23弾完了です

ベタな文書ですみません…
でも楽しんで書けました
陛下はわざと夕鈴の風邪をもらってます。ホントに激ラブですね(笑)
昔の薬って、今の薬と違い漢方とかいっぱい入ってて苦そうですね~夕鈴が飲みたくなくなる理由も分かります。



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2010.09.29 (Wed)

愛の媚薬Ⅰ

「愛の媚薬」

タイトルは「狼陛下の花嫁」雑誌最新号から軽くいただいちゃいました。
なんせ苦手なんで、タイトル考えるの。
夕鈴目線で少し長めです。

ではどうぞ。















ごほん。


ここは狼陛下の政務室。

陛下と数人の官吏たちが佇む部屋に、夕鈴の咳が小さく響いた。


「陛下、次の案件を…」

李順が掲げる稟議書を一瞥した陛下は、目前の官吏に合図を送った。

目配せを受けた官吏は奏上を読み上げる。粛然とした政務室に、緊張の声が響く。


夕鈴は耳に流れるその声を聞きながら、ゆっくりと政務室の一角から目を反らした。
視線が辿り着いた先は格子がはまった中庭へと続く窓。


午前中の政務もそろそろ終わりに近づいている。緊迫した雰囲気から解放されるのも間近。


休憩時間に、気晴らしに中庭でも散歩しようかしら…

夕鈴を手招きするかのような魅力的な日差し。こんな日は、意識もそぞろになる。


夕鈴が目線を戻すと、狼陛下とその側近、そして対峙するようにして立つ官吏の姿。

陛下は手にした稟議書をはらはらとめくっていた。

その長い指先をじっと見つめていると、ふいにその動きが止まる。


「?」

疑問のまま見上げた先、陛下と夕鈴の目が合う。

夕鈴の目に映る陛下の顔は、にっこりと笑っていた。あの妃限定の甘い表情で。

途端に顔が熱くなり、心臓が音色を奏でた。いつもより激しくなる鼓動に夕鈴は動揺する。


雑念にとらわれるな、夕鈴!


夕鈴は心の中で何度も唱えると、陛下に笑い返した。


今は政務中、あれは妃を寵愛する王様を演じる狼陛下。

演技中、演技中。

勘違いしちゃいけない。


ごほん。

軽く咳払いして、夕鈴は手にした扇で顔を隠した。
まだまだ狼陛下の甘い表情に慣れない私には、この大きな扇はかなり役に立っている。


しばらく手放せそうにないわね。


軽く深呼吸をし、鼓動を落ち着けかけた夕鈴の頭上から、突然声が掛かる。
低く響く声音に夕鈴は驚いて見上げた。

見ると、いつの間にか陛下が立っていた。目の前にある整った顔に、また心臓が跳ね上がった。


まったく気づかなかった。もしかして、気配を消して近づいて来たんじゃないでしょうね。


「夕鈴、どうした。ぼうっとして」

「いえ!」

慌てて返事する夕鈴の手を陛下が掴んだ。大きな扇が音もなく床へと落ちていく。


「……!?」

「そのように顔をほとんど隠されては困る。君の可愛らしい顔が見れないではないか」

などと甘いセリフで迫る陛下。
再三の要望にもかかわらず、どうしたって過度な演技をやめるつもりのない陛下に、夕鈴は呆れ顔を浮かべる。


「そのような…」

ごにょごにょと口ごもる夕鈴。

このような時、なんと答えて良いのか分からないので困る。


陛下の後ろで、訝しそうに視線を送る李順の姿が目に入り、夕鈴はますます焦った。

ここはひとつ、優美な妃仕草で陛下をあしらって、早く政務に戻ってもらわないと。


でも、優美な仕草なんて…何一つ思い浮かばない。


思い出せ、思い出せ、妃修行。


赤く染まった顔で、口をぱくぱくと声にならない声で返答する夕鈴に、陛下が苦笑した。


「しばし待て、すぐに終わらせる」

陛下はさも名残惜しそうに、ゆっくりと夕鈴の手を解いた。


「は、はい」

結局何も言えないのだ。


まぁ、政務に戻ってくれたから結果オーライか。

去り際にちらっと覗いた後方で、李順が苦虫を噛みつぶしたような顔で夕鈴を睨んでいたが、曖昧に微笑を浮かべるしかなかった。


もっとはっきり言えとでも言いたげな側近の表情を見つめながら、夕鈴は思う。


だったらあなたが言えばいいでしょう。それが側近の勤めのひとつでもあるのだから。

立場的に言えば、臨時花嫁より側近の方が明らかに強いのだ。

それを知るのは、限られた人間のみだが。


次第に収まりつつある鼓動に耳を傾けながら、夕鈴は溜め息を漏らした。

















「陛下、何度も申し上げますが、おおげさな演技はやめてください」

四阿に妃の怒声が小さく響く。


「普通に声を掛ければいいでしょうが…それに」


ぶつぶつぶつぶつ。

溜まりに溜まった文句は一言では終わらない。


この類のセリフもいい加減言い飽きたが、言われた本人がいっこうに直すつもりがない為に続けるより他ない。


陛下は嬉しそうに笑うと、ごめんね…と舌をぺろりと出した。


「全然謝ってな…」

ごほん。

言いかけた夕鈴の言葉が止まる。


ごほ、ごほん。


まったく反省していない陛下への苛立ちのせいか、それとも昼食前の空腹のせいか、なぜか咳が止まらない。


「夕鈴?」

「とにかく…ごほ。特に政務室では、お控え…ごほん」


「……」

「っつ……すみません」

顔が熱くなってきた。怒りが頭に登ったのかもしれない。


「夕鈴、ちょっと…」

陛下がふいに額に触れて来た。陛下の大きな手の平がすっぽり夕鈴の額を覆う。


「な、なんですか!?」

「静かに…」

しー…口元に指先をあてて囁く陛下。


「熱いな」

熱いのは陛下が触れているせいでしょう。


「やめ……っごほ」

反論しようと口を開けた夕鈴。だがすぐに喉が痛くなり、また咳込んだ。


ごほん、ごほん。


「…やっぱり熱い」

陛下の手が額から頬に移る。


冷温が肌に心地良かった。


夕鈴は思わず目を閉じた。まるで冷水にさらされているかのように肌の火照りが消えていく。

狼陛下が放つ凍てつくような冷気とはまた別の、あったかくて、でも冷たい。そんな感じ。


沈黙とともに流れる時の中、夕鈴の目は閉じられたまま。


「夕鈴…僕に食べられたいの?」

「……?」

今、何か言った?


ゆっくりと見開いた瞳に映る陛下の表情はどこか困っていた。

何を言われたのか理解出来ない頭で、夕鈴は陛下をじっと見つめ返した。


「やっぱり熱があるみたいだね…」

眉根にしわを寄せて呟く陛下。


「熱…?」

「額が熱い。それに…君が怒らない」


「?」

私が怒る?何か失礼なこと言われたのかしら。

さっきまでの会話を思い出そうとする頭の中に靄がかかる。ふわりと漂うそれは、頭の中を埋め尽くして、夕鈴が進もうとする先を灰色に染める。


なんだろう…ふらふらしてきた。

熱が足にまで伝わったの?そんなことって…。


伸ばされた腕。
ふらつく夕鈴の体を陛下の腕が支えていた。

陛下の濃紺の上衣が目に入り、衣擦れの音が耳近く届く。


「夕鈴、大丈夫か?」


ぽとり…ぼやける視界の先、夕鈴の髪に挿されていたはずの桜桃の花が落ちていた。


「……」

見事に白いその花弁も、周囲の景色と同じようにぼやける。


沈むような重さに耐え切れず、夕鈴の体が傾く。

どうしよう、支えられない…。




「夕鈴!」


叫んだ陛下の表情は、恐ろしいほどに歪んでいた。






そこで意識が途切れた。







Ⅱへつづく。




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