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2011.10.09 (Sun)

秋の夜長に

「秋の夜長に」

スポーツの秋ですね。「体育の日」が近いということで、ちょっとパラレルな感じに仕上げてみました。
夕鈴目線で、やたら長文になってしまいました。


ではどうぞ。














日もすっかり短くなり、肌寒さを感じるようになったこの頃。
ここ白陽国王宮でも、朱色に染まる紅葉が一面に姿を現し、めっきり秋らしさを増していた。


「季節はすっかり秋だね…最近なんだか眠いよ」

夏より一変して色を変えた庭園を見て、陛下が呟く。


「そうですね、でもお仕事中は寝ちゃダメですよ」

「君が政務室に居る間は、睡魔に襲われることはないんだけどね…」

得意顔である澄ました表情を浮かべ、陛下がすっと手を伸ばして来た。行きつく先はお馴染みである、夕鈴の長い髪の毛。一房手に取ると、笑みを浮かべた薄い唇に当てた。


「最近は…掃除婦バイトに専念してる…とか?」

じとりと纏わりつくような視線と同時に、めいいっぱい拗ねた態度を出す陛下に、夕鈴はまたか…と肩を落とす。最近の彼は、ことあるごとに拗ねる、わがままを言う、困らせる、の繰り返しだ。しかも狼陛下の演技中に。まるで私の反応を見て楽しんでいるかのように…。
夕鈴はそんな陛下の思惑になど、ひっかかるものか!とばかりに目を吊り上げると、陛下をきつく睨み返す。途端に子犬に早変わりした陛下が、手を前に出して降参のポーズを取った。


「ごめんごめん、そんなに怒らないで。僕の正直な気持ちなんだから」

「………最近、政務室に行かないのは、政務室が穏やかだからですよ。せっかくいい雰囲気でお仕事されているのに、わざわざ妃が姿を見せて場の雰囲気を壊したくないからです」

夕鈴は、息つくことなく言い終えると、陛下の顔を真正面から見つめる。
きっと大否定されるかと思ったが、予想に反して陛下は無言のままであった。一言も発せず何か深く考えているような姿に、夕鈴は怪訝そうに見つめ返した。


「陛下…?」

熟考する彼を前に、夕鈴までも言葉を失う。


「穏やかね…なるほど……。何かあったら、君は来てくれるんだ?」

にやり…狼の口元が楽しげに緩む。


「は?」

なんか嫌な予感がする。自慢じゃないが、夕鈴の勘は変なところで抜群に当たるのである。ここは早めに釘を刺しておかないと。
夕鈴はぎゅっと拳を握りしめると、今思いついたであろう陛下の困った考えを改めさせるべく口を開いた。


「穏やかに越したことはありませんよ!平和なのは良いことです」

「確かに、平和なことは良きことだ。だが、刺激のない日常というのもつまらない。定期的に臣下の士気を上げるためにも、イベントは必要だね」

「イベント!?」

突然の単語に驚く夕鈴。そんな夕鈴に笑いかけると、陛下は彼女の両手を取って握りしめた。


「ちょうど季節も良い頃合。絶好の運動日和だ」

「え?……な…なんです?」

不可思議な言葉と態度に翻弄され、夕鈴の鼓動が大きく跳ねる。


「あ、あの……?」

動揺する夕鈴に不敵に笑いかけると、狼の口元が大きく開かれた。


「王宮運動会を開催する」










陛下の提案で、王宮運動会を開催することになった王宮。

急きょ王宮内に設けられた競技場を遠い目で見つめる夕鈴の脳裏には、なぜこんなことになったのか…そればかりが、ぐるぐると回り続けていた。
隣には、夕鈴とは対照的に闘志を燃やした狼が一匹。
頭に白いはちまきを巻き、運動会さながらきっちりと運動着を着込んでいる。普段の、身動きが取りにくそうな格好でも十分に身軽な陛下だったが、今日の彼は一層身軽に見えた。足を蹴り上げただけで、空高く舞ってしまいそうなほどだ。


「夕鈴。その格好、かわいいね」

こそっと耳打ちされて、意識がはっきり戻った。
彼の声は刺激的過ぎて、急に間近に聞くには、いろいろと心の準備が必要になる。夕鈴は赤面顔を隠しながら、ありがとうございます…と小さくお礼を述べた。

夕鈴の格好も陛下と同様、頭に白いはちまきを巻き付け、運動着を着込んでいた。陛下とおそろいなのにはそれなりの理由がある。夕鈴と陛下は同じチームなのである。


「絶対紅組には負けないからね。夕鈴、ファイトだよ」

「は、はい!」

夕鈴は陛下のお妃ということで、陛下率いる白組であった。対する紅組とは、陛下の側近をリーダーとするエリート臣下集団である。チームメンバーを聞いただけで負けてしまいそうな迫力だったが、こちらも負けるわけにはいかない。
こうなった経緯はなんであれ、勝負に負けるわけにはいかないわ!火の付きやす性格の夕鈴。案の定、陛下と同様めらめらと闘志を燃やしていた。


チーム国王vsチーム側近。

王宮大運動会のはじまり、はじまり。




1回戦。

短距離走。




最初の競技は、長く続く回廊の短距離レースだ。


「夕鈴、がんばって!」

子犬陛下の激励が飛ぶ。


「ま、任せてください!」

固く拳を握りしめ熱く誓う夕鈴。激励を背中に受け、いざ尋常に勝負の舞台へ立つ。
こういうイベントにはめっぽう熱くなるタイプの夕鈴である。しかも妃であるにもかかわらず、庶民のときのように自由奔放に振る舞えるなんて、よくよく考えたらこんな楽しいことはない。

俄然やる気が沸いてきた。


対戦相手は誰だろう…と、相手チームを見やる夕鈴の目がはっと見開かれる。


あれは…。

「……柳方淵」


間違いなく柳方淵。のっけから最強の刺客を放つ側近チームに、夕鈴は苦虫を噛み潰した。
夕鈴のしかめっ面にも勝る怪訝な顔で、方淵がじとり…と慇懃な視線を投げて来た。


「ふん!どうやら白組は勝つ気がないようだな」

夕鈴と視線が合ってすぐ、容赦ない言葉攻撃が飛んでくる。久しぶりの攻撃に、不覚にも懐かしさを感じてしまった夕鈴。長く行かなかった政務室に少しの寂しさを感じていたのは本当。しんみり…と言葉を聞き入ってしまって、なかなか反論出来なかった。

しまった!!!
慌てて抗議しようと口を開けかけたが、はたと止まる。


そうだ、私には秘策がある。
ここで言い返しては、秘策がバレてしまうわ。

夕鈴は内心の思惑を心の内に留めながら、方淵の嫌味をさらりと受け流した。
不気味な微笑みを浮かべ笑う夕鈴の様子に、方淵の嫌味も早々に収まる。ふん!と鼻を鳴らすと、スタート地へと立ち去ってしまった。


回廊は幾重にも折れ曲がっていて、行き届いた手入れのおかげでピカピカに保たれていた。

そんな回廊を走ると、もちろんのこと滑る滑る、そしてこける、それを繰り返し最後には負ける。


だけど私には秘策がある。

スタート地に立った夕鈴は、目の前の敵に向かって不敵に笑いかけた。


「この勝負…もらったわよ!」

「ふん、口だけは達者だな」

負けじと言い張る彼も、相当な負けず嫌いであった。





「よーい!スタート!」


合図と同時に一斉に走るふたり。

最初の曲がり角。
普通なら滑る床であったが、夕鈴は走りにくい靴を脱いで、素足になっていた。これなら摩擦で滑らないし、急カーブにも足を取られることはないだろう。
ふふふ、悪いけど置いていくわよ…勝利を確信した夕鈴は徐々に加速する。下町時代に鍛えた健脚には自信があった。念のためちらりと方淵を見たが、彼も夕鈴と同様に滑ることはなかった。

目をみはる夕鈴。


「!?」

え?嘘!?まさか…悪い予感は当たるものである。
方淵も靴を脱いで素足で走っていた。持ち前の運動神経をフルに使い 曲がり角からスピードを上げ、一気に夕鈴を抜き去って行った。

先にゴールしたのは、もちろん柳方淵。

肩でぜいぜい息する夕鈴に向かって、相変わらず慇懃無礼な言葉が掛かる。


「まったく…一介の妃妾がこの私に勝てるわけなかろう。どこまで陛下の威厳に傷を付けたら気が済むのだ。そもそもなぜ私が国王チームじゃないんだ…」

ぶつぶつと方淵の文句が降り注がれる。


「……」

長くなりそうなんで、夕鈴はさっさと陛下の元へと戻って行った。



「すみません陛下、負けました」


あぁ!くやしい!柳方淵に勝負で負けるなんて。


「夕鈴、かっこよかったよ。僕、感動しちゃった…」

きらきらと瞳を輝かせて答える陛下。


「でも負けました」

「そんなのいいんだよ。君は精一杯走り抜けた。素晴らしい完走だったよ」

優しい言葉に慰められ、夕鈴の心は晴れる。
落ち込んでなんて居られない、運動会は始まったばかりなのだから。改めて気合を入れ直す夕鈴の耳に、王宮内アナウンスが流れた。


「2回戦は料理対決です」

「料理!!!?」

運動会とはかけ離れたアナウンスに、狼と兎、ふたり顔を合わせて見つめ合った。









2回戦。

料理対決。



「料理かぁ…僕の出番じゃないね。夕鈴、がんばって」


「はい!って料理?なんで運動会で料理なの?」

疑問いっぱいの気持ちを抱えつつ、なぜかすんなり受け入れた陛下に戸惑いつつ、仕方なしに相手チームに視線を投げた。


相手は…誰?

不気味な笑い声が背後から聞こえて、同時にどす黒い闇がじわじわと足元から這い上がってきて、夕鈴は身震いした。



「ふふ…私に勝負を挑もうなんて百年早いですよ」

この声は…。

振り返ると、案の定誰よりも怖い上司が立っていた。
2回戦目にして、大将の登場に息を飲む。李順が放つまがまがしいオーラに夕鈴の顔色が変わった。

これは…勝ち目ないかも。迫力上司の登場に、うなだれてため息をつく夕鈴。


「大丈夫、夕鈴。君の料理は美味しい。自信を持て」

青ざめた夕鈴の肩を優しく抱く陛下の目は、自信で満ち溢れていた。何を根拠に言ってるのかは知らないが、陛下の力強い声を聞くと、不思議と自信が溢れてきた。


「陛下…」


そうよね。この数ヶ月で私、確実に腕を上げてる。側近なんかに…側近なんかに……負けるわけにはいかないわ!負けるわけ……。





……甘かった。


がっくりしなだれる夕鈴の傍らで、得意顔の李順が立っていた。メガネのふちに手を当てて、ため息をついている。


「まぁ予想通りの結果でしたが、もう少し奮闘されるかと思ってましたねぇ」

などと嫌味をかまして立ち去る李順の背中に向かって、夕鈴は舌を出す。

超人的な技の前に、すぐに勝負が付いた。味自体に大差はないが、パフォーマンスに負けた。


恐るべし、狼陛下の側近。




「すみません…」


もうぐうの音も出ない…肩を落とし落ち込む姿に、子犬陛下の優しく柔らかい声がかかる。



「そんなに落ち込まないで。僕は夕鈴の料理の方が美味しかったよ」


でも…。

陛下以外の審査員はみな李順に点をつけた。私、これでも女子なのに、情けない。



「次、挽回しよう」

「でも二連敗です、もう勝ち目が…」

「大丈夫」

にっこり、子犬の微笑みに癒される夕鈴。
この人の笑顔を見ていると、なんとなく大丈夫な気がしてくるのはなぜかしら…?これぞ王様の余裕ってやつ?

陛下の笑顔をまじまじと眺めながら、ぼんやり考え込む。すると、急に腕が伸びてきて体を引き寄せられた。


「そんなに見つめられると、触れてしまいたくなる。君のそれは…わざとなのか?」

おきまりの妃限定の笑顔で、長い髪い遊ぶようにして触れてくる陛下。さらさらと髪を梳く音色が耳近く流れて、夕鈴の鼓動は大きく跳ねた。

「ななな…何のことです」

「私を誘惑する目だ」

「は!?」

誘惑なんてしてないし!むしろそんなのしたくないわ!急に狼陛下に変貌して甘いセリフを連呼する彼に、夕鈴は真っ赤な顔で怒声を上げた。

「演技はやめてください!」

「演技ではない………君のそれは演技か?だとしたら…私はショックだ」

狼陛下のまましょんぼり肩をうなだれる。


「演技する余裕なんてないですよ、変なこと言ってないで競技に集中してくださいよ」

王宮運動会はまだまだ始まったばかり。
拗ねる陛下の相手をしている場合じゃないわ!


「夕鈴…」

「集中ですよ!陛下。次こそは勝ちます」

「………うん」










3回戦。

楽器対決。


「楽器…!?」

もはや運動会でもなんでもない。しかも…悠々と待ち構える対戦相手を見て、夕鈴はまたも肩を落とした。

氾水月。いわずと知れた琵琶の名人である。かなうわけない。

覚えたばかりの二胡を手に、とぼとぼ競技台に行こうとする夕鈴を、陛下が制した。


「?」

「これは…預かろう」

夕鈴の手から軽やかに二胡を取ると、陛下がおもむろに奏で出した。


「……へいか」

なんて…なんて。


「きれい…」

澄んだ音色が響く。すっかり紅葉が満ちた王宮の庭園で、春と勘違いした花々が、鮮やかにほころびだすかのように…。
陛下の手が紡ぎだす繊細な音はまるで、水を称えたせせらぎのようで、その場に居る誰しもが心を奪われた。

演奏がやむと、溢れんばかりの喝采が王宮内をこだました。


「陛下…二胡、弾けるんですか」

胸を押さえ多少興奮気味の夕鈴が、弾き終わった陛下を迎えた。


「たしなむ程度だけどね、今日は上手く弾けたような気がするよ」

君が聞いていてくれたからかな…嬉しそうに答える陛下に、夕鈴もつられて嬉しそうに頷いた。


「とっても綺麗な音でした」

夕鈴はほうっと息を吐くと、陛下の手から美しく奏でられたばかりの二胡を受け取る。同じ楽器なのに、弾く人が違うとこうも違うのか…。心の中で、夕鈴の音楽の先生である、寧先生に謝った。


「私なんてまだまだで…陛下ぐらい上手に弾けたら、と思います」

しんみり答える夕鈴の両手を掴み、陛下が優しく微笑んだ。


「私は君の音が好きだ。君が弾いてくれた音は、いつまでも私の心に残っている。本当は君の音色を聞きたかったが、私以外の誰にも聞かせたくはなかった」

「!?そ、そうですか…」

またも突然の甘い演技に、夕鈴の顔がすぐに朱色に染まった。好きだ…なんてそんなふいに言わないで欲しい。


「これからも、私のためだけに奏でて欲しい、夕鈴」

「は、はい…」

なんとか愛想笑いを浮かべると、夕鈴は陛下の手を解いた。


「相変わらず、初々しいことだ」

満足そうに笑いながら、陛下が夕鈴の腰を寄せる。


「へ、陛下!人が見てますよ…離してください」

近い距離に激しく波打つ鼓動を聞かれないように、夕鈴はこそこそと早口でまくしたてた。


「人が見てるからいいんだよ」

「…そんな」

それはもっともだが、多数の視線がいたたまれない。しかも、やたらと睨んでくる方淵の視線がぴりぴりと痛い。


「離してくださいよ、競技中ですよ」

陛下はちぇっ…と舌を出すと、名残り惜しそうに夕鈴の拘束を解いた。離れていく手に、ほっと安堵を息を漏らす夕鈴。

まだまだ狼陛下は慣れないわ。



陛下の演奏を前に、氾水月は試合を放棄した。というか、甘くてやたらと長い夫婦演技に退屈し、早々に帰宅したそうだ。なんとも彼らしい潔さに、夕鈴はお腹の底から笑っていたが、対する陛下は不機嫌そのものであった。







4回戦。

障害物リレー。

やっと運動会らしくなって来た。勝負は白組劣勢。ここでなんとか挽回しないと。はちまきを巻き直し、夕鈴は固く拳を握りしめる。


「どんな障害物もどんと来い!」

高らかに宣言する夕鈴の傍らで、陛下がのんびり言い放つ。


「次はチームプレーだよ。一緒にがんばろうね」

「はい!」









ってなんでこうなるの!?

自分の置かれる状況に深く困惑する夕鈴。


「チームプレーって……」

遥か真下に見える地面を見つめながら、夕鈴は今日一番深くため息を吐いた。
なぜか空に浮いている足が、ぶらぶらと所在なげに揺れている。


「夕鈴を抱きしめて走れるなんて…役得だなぁ」

「なにが役得ですか」

お姫様だっこされている夕鈴。相手の王子様はもちろん陛下である。


「最後まで君を落とさずゴール出来たら優勝だ」

「誰ですか!こんな競技を考えたのは。普通の運動会じゃないですよ」

口を尖らせて怒る夕鈴の傍らで、愉快そうに笑う陛下。対照的な態度に思わずイライラが募る。


「なんで笑ってるんですか」

「まぁまぁ、そんなに怒らないで。正式な競技なんだから、仕方ないよ」

「考えたの誰なんですか!審判にもの申す!!」

「ちょっと落ち着いて。妃が抗議なんて…前代未聞だよ」

陛下の言葉に口をつぐむ夕鈴。悔しいけど、お給料をもらっている以上、抗議するなんて出来ない。妃の悪評は、そのまま陛下につながる。


「でも、そうだなぁ。それも面白いかもね」

ふふふ…心底楽しそうに笑う、子どものような姿に気をそがれて、夕鈴は怒りを鎮めた。


「怒りませんよ。こうなったら、最後まで戦い抜きます」

「そうそう、その調子。チーム戦は2ポイント。1位でゴール出来たら、白組の勝ちだね」

「はい!」

勢いよく答えるのは白組だけではなかった。隣で準備する相手チームも同様に士気を挙げていた。
対戦相手は、氾紅珠。抱きかかえているのは、父の氾史晴であった。


「お父様。なんとしても先にゴールして優勝はいただきですわ!」

「もちろんだ、紅珠」

息の合った親子の様子に、夕鈴は唖然とする。親子が見せる意外な一面に、驚きを隠せない夕鈴。
どうやら氾家の人間は、勝負事に熱くなるタイプらしい。水月を除いて。

そういえば、春の宴の折も大臣同士で諍いを起こしていたっけ。
さほど古くない記憶を呼び起こしつつ、夕鈴はテンションの高い氾親子を眺めた。


「お妃さま!ゴールでお待ち申し上げていますわ。優勝した暁には、ぜひもう一度氾邸へ遊びにいらしてくださいませ」

「え、えぇ…」

「ずっと滞在していただいてもいいのよ。そうすれば一緒に居られますわ。ねぇ、お妃さま」

「それは…賛同出来ないな」

ひゅーっと冷たい風が通り抜ける。肌寒さを増した外気に、夕鈴は肩をさすった。
冷酷非情の名を持つ狼陛下の降臨に、息を飲む夕鈴と紅珠。氾大臣だけは、まったく意に介していないようであった。


「そう何度も妃を捕られるわけにもいくまい」

陛下は細い目で紅珠に視線を送ると、夕鈴を抱きしめる腕に力を込めた。先日、喧嘩して家出した夕鈴が、紅珠の邸宅へ行ったことは記憶に新しい。多少そのことを引きずっていた陛下は、ここぞとばかりに紅珠をじとりと睨む。


「へ、陛下。紅珠を睨まないでくださいよ」

「だた、見てるだけだ」

「怖がってるじゃないですか!ってゆうか怖いんです」

「夕鈴。君はどちらの味方だ…?」

「は?何言ってるんですか」

「……」

陛下は黙したまま、夕鈴の無垢な瞳を見つめる。
分かっていたことではあったが、心に受けた痛手に少し傷つく陛下。


「君は…いや」

「?」

「とにかく今は、がんばろう」

「はぁ…」

意味分かんない。
陛下の気持ちにいっこうに気付かない夕鈴は、陛下の不可解な態度に疑問ばかりを浮かべていた。








「よーい、ドン!」


スタートと同時にめまぐるしく駆けていく景色。

は、早い…。
周囲の景色を確かめることも出来ず、夕鈴はただ猛烈なスピードに身を寄せるだけ。


「夕鈴!しっかりつかまってて!」

「は、はい!」

振り落とされないように、陛下の首に手を回しがっちりと掴む。
視界が何度か反転しかけるたびに、目を閉じてぎゅっとこらえた。時々聞こえる、多数の声援に囲まれながら。




ゴールしたことに、なかなか気付けなかった。

何度目かの陛下の呼びかけに、ゆっくり目を見開く夕鈴。目を開けると、心配そうに見下ろす陛下の顔があった。


「陛下?」

こくり…と頷くと、安堵の表情を浮かべ、陛下が膝を落とした。


「気分は悪くないか?」

「大丈夫です。ゴールしたんですか?」

「あぁ」

陛下は優しく微笑み掛けるように、夕鈴の手を取り起き上がらせた。
いつの間にか勢揃いした紅組チームが、陛下同様に夕鈴を心配そうに覗きこんでいた。


「我々の勝ちだ」

にやりと微笑む陛下の隣には、苦虫を噛み潰したかのようにしかめっ面の李順と柳方淵。このふたり…やっぱり似てるわね、思わず込みあがる笑いを抑え切れない夕鈴であった。














「面白かったね~」

すっかり衣服を着替えいつもの王様スタイルに戻った陛下が、お茶を片手ににこやかに言った。視線の先には勝ち取ったばかりの優勝トロフィーと、記念に撮ったツーショット写真。
僕の宝物だなぁ…と嬉しそうに答える様子に少し赤面しつつ、夕鈴が咳払いした。


「もうこんな競技はこりごりですよ、全然運動会じゃないです。しかも水月さん、棄権してたし…」

「氾水月が棄権しようがしまいが、僕たちが優勝したことに変わりない。確かに風変りな運動会だったけど、僕は楽しかったよ」

夕鈴はどうなの?と子犬に尋ねられて、夕鈴もこくりと頷いた。


「楽しかったですけど…」

「やっぱり!じゃあまたやろうよ、僕、また君と一緒に走りたい」

「あれは一緒に走ってるんじゃないです!」

思い出してしまって顔が高揚する。高鳴る鼓動を聞かせまいと、夕鈴は大げさに声を荒げた。


「……一緒だよ。君は僕の妃なんだから…どんなときも共にあるべきだ」


いつのまにか握りしめられた手は熱く、夕鈴の頬も熱く染まっていった。














二次小説第61弾完了です

すみません、もうこの一言です。久しぶりの小説なのに…。

こんなのアップしていいのか!と思いましたが、せっかくなので(笑)
少しでもお楽しみいただけたら幸いです。ラブラブ夫婦は書いていて楽しいです。一方的に陛下に困らされている夕鈴を書くのも見るのも好きです
王宮運動会、ラスボスは氾大臣でした。李順は側近で陛下の理解者なので、敵チームにはしたかくなかったのですが…夕鈴との料理対決をどうしてもさせたく、こんなチーム割り振りになってしまいました。王様チーム(白組)に入りたかったであろう柳方淵は、書いてて面白かったです。たぶん陛下崇拝者なので、白組が良かったのではないかと。
こんなパラレルな感じ嫌いじゃないよ!という方は拍手お願いします。
ありがとうございました


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