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2015.06.28 (Sun)

後宮徒然草

後宮徒然草

例によって甘さは無くダラダラ長いですが、それでもいいよという方のみ読み進めお願いします。
後宮を去る夕鈴の原作アレンジです。

それではどうぞ。

【More・・・】


毎日欠かさずやり続けていること。
期間が長くなればなるほど、日課と呼ぶに相応しくなる。

夕鈴が、狼陛下の臨時花嫁になって幾数ヶ月。
日課といえば、後宮散歩。立ち入り禁止区域の掃除。政務室への訪問。補佐官たちの仲裁。紅珠とのお茶会、忘れてはならない仲良し夫婦の演技…。
膨大な時間を持て余す後宮の妃には珍しく、夕鈴はなにかと忙しい。
半分は、せせこましく動いていないと気が済まない性格のせいだ。もう半分は、雇われ妃のために空き時間をなにかと埋めてくる計算高い上司のせい。

忙しいついでに、もうひとつ日課にしていることがある。








日差しが高くなる午後、昼食を終えた夕鈴たちは、心地良い風が吹く四阿で休憩を取っていた。
頬を差す木漏れ日が気持ち良くて、ついつい出てしまう欠伸をこらえながら、夕鈴は陛下に茶菓子を勧めた。

「これ、美味しいんですよー」

さすが後宮御用達だけあって、美味しいうえに、見た目も可愛い完璧なお菓子だ。

人払いのおかげで、陛下はお菓子に負けないぐらいの可愛さを披露して、ニコニコ笑顔を浮かべていた。

機嫌の良さにほっと安堵する。

ここ数日、激務続きでまともに逢うことが出来なかった。政務室でほんの僅かな時間に見る彼は、不機嫌で、苛々していて、絵に描いたような狼陛下だった。こんなにリラックスした彼を見るのは久しぶりである。

「美味しいね」

「はい!」

平和な時間が流れる。
夕鈴はお菓子を頬張りながら、次第に閉じそうになる瞼と戦っていた。昨日遅くまで書物を読んでいたせいだ。紅珠からぜひ読んで欲しいとなかば強引に押し付けられた書物。ラブストーリーは苦手で読むスピードは停滞しがちだが、逢うたびに目をキラキラさせて感想を求めてくるに違いないため、読まないわけにはいかない。


「眠そうだね、夕鈴…」

「!?あっ、すみません…」

「昨夜は眠れなかったの?」

「…は、はい」

寝不足がバレてしまった。
必死に我慢していたが見通されてしまう、さすが陛下だ。妃たるもの寝不足ぐらい隠し通せよ、と今にも鬼上司の声が降って来そうで、夕鈴は苦笑いを浮かべた。

「なにか…悩み事?」

「いえ!」

心配気な陛下の表情に黙っていることも出来ず、夕鈴は寝不足の原因を話した。

「書物?」

「はい、もう最近の日課になってて…」

「君が興味を惹かれるなんて、どんな書物?」

「あぁー。えーと、その、紅珠に勧められて…」

就寝前に読むと、良い睡眠薬になる。とは言えない。興味を惹かれてる…と言われて負い目を感じた。
陛下はそんな夕鈴の心など、まるでお見通しで、くすくすと愉快気に笑っていた。

「君らしいね…彼女とは趣味が合わないだろうに、やはり優しいなぁ」

「そんなことは」

紅珠とお話するのは楽しい。趣味は違えど親友であると思っている、少なくとも夕鈴の方は。

そう言うと陛下は困ったように笑った。

「君は本当に優しいね…」

「……」

こんな些細なことが優しさだと感じるのは、日常で当たり前のように存在する優しさに触れたことがないからだろうか…。陛下の心を思うと胸が苦しくなる。と同時に言い知れぬ不安に襲われる。

彼の目の前に広がる景色を隣で見ていても、決して同じものを見てはいないから。写している世界は全くの別物だから。

そら恐ろしさに寒気がする。
でも、そんな彼ととことん向き合うと決めたのは私だ。


「趣味が合わなくても、大事な友達ですよ」

趣味が合わない…と真っ向から否定したりしない。友達とはそういうものだ。

ひとつ、ひとつ、分かって欲しい。
普通の感覚を。

夕鈴はゆっくり陛下を見上げ、視線を合わせた。

「うん…そうだね」

陛下は少し寂しそうに笑うと、ポスン…と腕の中に夕鈴を取り込んだ。

「……」

最近いつもこう。
寂しそうに切なそうに夕鈴を見ては、そっと抱きしめる。この行為の真の意味に気付いているのに、知らないふり。

「夕鈴…」

抱きしめる腕の温かさが、冷えた心を癒す。

彼と向き合うと決めた。
だけど…私たちには終わりの時間が近づいていた。

「君が居なくなるなんて…考えられないな」

「……もう随分と、お世話になりましたから…」

控えめに笑ってみたが、やっぱり陛下の表情が曇った。

「そうだね…ここはもう、君の後宮だ」

「……」

離れたくないのは同じ気持ち。
心も身体も、そばに居たいと強烈に思っている。


あの日…。雇用期間の終了を告げられたあの日。

私は心を正常に保つのに精一杯だった。

終わりは突然やってくることに、これほど呆気ないことにショックを受け、さらには陛下が決めたことだと、容赦ない事実が追い打ちをかけた。

あの日以後、やっと心から大好きだと自覚した気持ちが燻り続ける様を、どうしようもなく眺めている。まるで当事者ではないかのように、離れたところで。

仕事に支障があると思ったから、気持ちに蓋をした。どうか気づかれないように…と奥へ奥へ隠した。

離れてしまう。もう逢えない。そのことが現実味を帯びて来た今ならば、隠す必要は無いのかもしれない。
むしろ、このまま何も告げず別れるほうが、よほど苦しさを引きずるだけではないか…。

そんな風に昼も夜も考えているのに、あと一歩踏み出せない。前に進めない。

陛下に寂しそうに笑われるたび、苦しそうに抱き締められるたび、心が離れてしまう、遠く遠く。
考えることをやめてしまう。
感じることも拒絶する。
五感が死んでしまった世界で、ただ規則的に繰り返すようにこうしているだけ。










「陛下。冷えて来ましたね、中に入りましょう」

日差しが傾き始め、二人の居る四阿に影がさした。抱き締め合っていても、寒さが身を包む。

陛下は名残惜しそうに夕鈴を見つめた後、そっと拘束を解いた。


「今夜、遅くなるけど行ってもいい?」

「はい」

にっこり微笑んで、夕鈴はベンチから立ち上がる。これ以上陛下の時間を奪っては、上司に怒られてしまう。過去の経験から感じ取った夕鈴は、仕事へ戻るように促した。

陛下はまた、君らしいね…と呟いて、しぶしぶ政務室へと戻って行った。










雇用期間の終了が近づいている。

もうすぐ、慣れ親しんだ後宮を離れなければならない。

ここへ来たばかりの頃、正直心労が絶えないバイトに、早く辞めたいと思っていたが…いざ辞めるとなると、こんなに寂しものか。心にぽっかり穴が開いたように、内側から空虚感が襲う。冷たい風が通り抜けているみたいに、胸のあたりが冷えていく。

政務室へと続く長い廊下の途中、ぼうっと立ち竦んでいると誰かに咎められた。聞き覚えのある声音に眉をひそめ振り返る。


「このようなところで、よほど暇とみえる…」

相変わらずの言葉に夕鈴はため息を吐いた。
今や絶対的寵愛を確立してる妃への態度とは思えぬ無礼ぶりだ。
この男、柳方淵もまた王宮関係者である以上、夕鈴と別れる運命にある。少しの哀愁を感じまじまじ見つめると、ついに言葉も忘れたか…と毒づかれた。

「まぁ、ご機嫌よう。方淵殿」

嫌味を言われることは慣れっこなので軽く聞き流し、夕鈴は挨拶した。

「ぼうっと突っ立っていては邪魔であろう。まさかそんなことも分からぬとは言うまい…」

「ちょっと考え事を…失礼いたしました」

夕鈴は笑顔を崩さず、方淵の通る道を開けた。
普段ならば反論の一つや二つ飛び交っていたが、今日は我慢。なんせこのやり取りも、もう出来なくなるのだ。彼との間にはいろいろあったが、最後は遺恨を残さず良い関係で終わりたい。

道を譲ってやったのにもかかわらず、方淵はますます険しい顔つきで、夕鈴をじろりと睨んだ。

「その態度は釈に障るが、妃として自覚されたとあらば、特には何も申すまい」

「……」

何が言いたい。妃として自覚された、で終わっていれば良いのに。いつもいつも一言余計だ。
まるで不審者を見るような視線に、夕鈴もダメだと思いながらも睨み返す。

「官吏の方は嫌味のひとつも言わないと道を通れませんの…。私が自覚しようがしまいが、あなたには一ミリも関係ありませんが」

しまったと思った時には遅かった。まるで空気を裂くようなピリリとした方淵の気配を肌で感じる。
果てしなく続く嫌味攻防戦の始まりを予感しながら、夕鈴は再度、大きくため息をついた。









慇懃な官吏からやっと解放された時には、とっくに後宮へ戻る時間を過ぎていた。早く戻らないと心配性の侍女たちが自分を探し始めるかもしれない。相変わらず激務続きの陛下は、昼以降は奥の会議室からは一度も出て来ず、終業の鐘が鳴り終わった今も戻る兆しは見せない。
そわそわと帰り支度を始める官吏たちを目端に、夕鈴は考える。
過保護過ぎる妃付きの侍女と、こちらも負けずに過保護過ぎる陛下を天秤にかけ、とりあえずは妃の捜索願でも出されたらやっかいなので、後宮へ帰ることにした。陛下については夜には来ると言っていたし、いつまでもこの場で待つのはどうかと思ったための結論だ。

夕鈴は馴染みの官吏たちへ挨拶もそこそこ、政務室を退出した。

足早に廊下を進むにつれて周囲はより暗くなり、そこかしこから灯火の明かりが上がる。このような刻に王宮に居るのが珍しいのか、すれ違う官吏たちからは舐めるような視線が向けられた。

妃へ対する視線とは思えないほど、不躾で不快さ満載だ。
そのくせ隙あらば取り入ろうと平伏している…。

徐々に分かり始めた後宮事情。
最初の頃は無垢で疑うことを知らないただの子供。陛下と過ごす時間の経過が、夕鈴を変えた。彼に近づきたい、同じ目線に立ちたい、そう思う心が捉え方を変えたのかもしれない。

成長した証だ。


「お妃さま。後宮へお戻りでしたらお供いたしましょうか」

「大丈夫ですよ、慣れた道ですので。お気遣い痛み入ります」

「遠慮なさらないでください、陛下の大事な方に何かあれば大変です」

「大丈夫ですよ…」

隠密が付いていますので…と心の中で呟く。
後継を巡る派閥争いが激化した頃から、浩大を護衛として付けると陛下は言っていたので、今も近くに居るはずだ。居るはずだけど、気配が無いため確信が持てない。

「しかし…せめて後宮の入口まででも」

「……」

しつこいなぁ。
上手い断り方を考えていると、後方から救い主が現れた。

「いかがなさいましたか?お妃さま」

「水月さん…」

氾水月が現れた、タイミング良く。
助け船の出現に、夕鈴はすかさず飛び付いた。

「ちょうど良かった。水月さんに頼みごとが…後宮へ戻る道すがら、お話させていただいても?」

「それは構いませんがお妃さま、お話中だったのでは?」

「い、いいえっ」

氾水月の問いかけに、夕鈴を引き止めていた官吏は手のひらを返すように引いた。

何の後ろ盾もない一介の妃と、大臣の息子の違いは大きい。改めて権力というものを感じて、夕鈴はまた肩を落とした。

内側をジワジワ侵食する不快さに、気分が悪くなる。

相変わらず…窮屈で煩わしい場所。今にも陛下の声が聞こえてきそう。こんな場所にずっと居たくないのは至極当然だ。でも、ここは彼の王宮、それだけで見える景色が違ってくる。

水月に事情を説明すると、優秀な彼はすぐに納得し、余計な質問をすることなく政務室へと戻って行った。
その後ろ姿にお礼を述べて、夕鈴は元通り後宮へと続く道へ歩みを進めた。




空はどんどん暗くなる。
正門へ足を踏み入れた頃には、行灯の明るさに目を細めるほど、闇が濃くなっていた。

無事後宮に辿り着き、夕鈴はほっと安堵する。

ふと、空を見上げた。
茜の空は濃紺に色を変え、西には薄青い三日月が顔を出していた。北の空には一際輝く一番星が見える。夕鈴はまるで星離宮で学んだことを復習するかのように、空を見上げ、ゆっくりと星の数を数えた。

どれほどそうしていたのか。
風が木々を鳴らす音で、夕鈴はやっと視線を空から外した。

周囲を確認して、肩を落とす。


あーまたやっちゃった…。


空を見上げ、星の数を数える。
最近の夕鈴のもうひとつの日課だ。

夜へと姿を変えた直後、時間で言うと黄昏時、夕鈴は無意識に空を見上げ、星を数えていた。

日課というのは意思を持って行う行為であるから、少し意味合いは違うかもしれない。だが相応しい言葉が見当たらないため、夕鈴の中で日課と呼んでいた。


「現実逃避かしら…」

星を見ている時だけ、無心でいられる。
嫌なことなにもかも忘れて…。


「……りん」

「………」

「夕鈴…」

「………」

「夕鈴」

「えっ!?」

驚いて振り返る。
キョロキョロ見渡してみたが、そこには誰も居ない。

陛下が私の名前を呼んだ気がしたが、気のせいだったか。そこはかとなく漂う温かい空気を感じ、ここには居ない彼を思い起こす。

足元がふわふわとおぼつかなく、まるで夢でも見ているようだ。
満点の星が見せた幻と幻聴…かもしれない。

後宮を去る日が近いせいで、心が不安定なのかな…。

ううん、きっと違う。

彼が恋しいのだ。どんなに近くに居ても、どこまでも遠い彼が。

今なら分かる。


「あぁ。逢いたいなぁ…」

空気のように呟いて、夕鈴はため息をついた。











「お妃さま、そろそろお休みなさいませんと…」

「……」

心配そうに頭を垂れる侍女を見上げ、夕鈴は口元だけ笑みを浮かべた。

「もう少し…」

彼を待ちたい。
夕鈴は広げていた書巻をパタンと机に伏せた。

「もう少しだけ待ちます」

「はい…」

侍女は小さく頷くと、お茶を用意して参ります…と拝礼して下がった。このような遅い刻まで付き合わせていることに申し訳なさを感じながら、夕鈴は窓辺に立ちすっかり夜の帳が降りた外の景色を覗いた。
ほーほーと夜行性の鳥の声が聞こえる。
ほとんどの者が夢の世界に居るであろう時間だ。

風になびく草木のせせらぎや小さな虫たちの羽音しかしない、とても静かな夜。

静かで読書が進むはずだけど、帰って来ない彼が気になって頭に物語が入って来ない。せっかく紅珠から借り受けた物なのに…何もかも中途半端な自分に嫌気がさす。

あれもこれも。

この状況をなんとかしたいはずなのに、何も出来ない。自分の意志が全く働かない状況が、これほど辛いと感じたことはない。

無情にも過ぎていく時間に比例して、心が塞いでいく。


「……」

「りん…」

「……」

あぁ、まただ。
幻聴が頭を覆う。
夕鈴は追い出すかのように、ふるふると頭を振った。

逢いたい…とわがままを言ってはいけない人だ。


「夕鈴…?」

突然顔の前にふっと降りてきた影に、夕鈴はビクッと体を強張らせた。

「!?」

「夕鈴…ただいま?」

「え!?…へい……か」

本物?
陛下が、不思議そうに夕鈴を見下ろしている。

「ごめんね、遅くなって」

「……あ」

陛下だ。

「??どうかし……」

飛びつくように彼の胸にダイブした。陛下は驚き足を一歩後退させたが、すぐに体勢を起こして頭を撫でてくれた。

「夕鈴…ごめんね。寂しかった?」

頭上から、クスクスと笑い声が聞こえて、恥ずかしくなった。
なにをしているんだ、私は。
自ら飛び付いた以上急に身体を離すわけにはいかず、夕鈴はゆっくり陛下の胸から顔をはずして見上げた。
陛下は疲れ顔だったが、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「おかえりなさい」

顔が熱くなる。飛び付いたことを後悔しつつ、陛下に労わりの言葉を投げる。

「夕鈴もお疲れさま。眠たかったよね。お待たせ」

陛下は夕鈴の長い髪を一筋指に絡めると、愛情込めて口付けた。

「なかなか解放してくれなくてね。君に逢いたいって訴えたんだけどね」

陛下の発言に苦笑いを浮かべる夕鈴。

「あーその顔は信じてないなぁ。僕は病気なんだよ、君に逢えないと錯乱してしまう」

「…はぁ」

おどけた様子の割に真剣な表情だ。彼の本意が読めずに夕鈴は控えめに笑った。

「だけどあいつらは分かってない。君は最愛の妃で僕の力の源だ。僕自身のためにも補給が必要なんだ。だから一刻も早く君に逢いたいって…」

「……」

この人はまた、恥ずかしいことを。
深夜の政務室で繰り広げられているラブラブ演技の様子を想像して、ますます顔が熱くなる。
きっと側近は嫌そうに眉根をひそめ、宰相は不吉に薄ら笑いを浮かべたであろう。そして、周囲の臣下たちはぞっとする。

なんか…背筋が寒くなってきた。
ひとつ身を震わせたところで、さっさと想像を中止した。

「でも、この状況を考えると、たまに深夜の仕事も良いかな。たまにね」

「?」

「君がこんなに恋しがってくれるなんて、貴重体験だなぁ」

「!?恋しがっ…。そんな、ちが…」

「照れなくていいよ」

陛下はにこにこと、抱きしめる腕の力を強めた。息も掛かりそうな近さになり、思考が停止する。
否定する言葉を何も言えなくなった。

「我が妃は、どうしてこんなに可愛いのかな」

陛下は夕鈴の頬に手を寄せると、額をコツンとぶつけた。彼の体温が、匂いが…夕鈴を刺激する。
死んでいたはずの五感がゆっくりと蘇ってくる。

私の感覚を、生かすのも殺すのもやはり彼なのだ。

夕鈴はひとりでに納得すると目を閉じた。
視覚が消えると、より近くに彼を感じる。

頬や額や首筋に当たる柔らかい弾力。
心地良いぬくもり。

「…夕鈴」

陛下。今なら、あなたに伝えられるかな。
私の気持ち。


ダーン!ガン。ベキッ!!
ガサガサ…ザン。


「……」

「……」

轟音にぱっと目を開けた。

一瞬顔を見合わせが、陛下は目にも留まらぬ早さで私を背中側に引き寄せ、音の方へ向き直る。
音は庭へと通じる大窓からだ。
いつの間にか構えられた剣先に、夕鈴は目を見開く。
長剣が窓から差し込む月明かりを受けて、青白く光っていた。陛下は、すっと袂を引き寄せたかと思うと、奥の茂みに何かを投げた…ように見えた。
先ほどから全て一瞬で、夕鈴の肉眼では捉え切れない。

「ちょーっと、待って待って。殺さないで」

少しの後、この場面に不似合いな間の抜けた声が響く。

「…この声…」

聞き覚えのある声音に、陛下の背中からそろりと顔を出す。茂みの奥でガサゴソ動く人間が見えたが、すぐにまた背中側に押し込まれてしまった。

陛下はまた何かを投げ(おそらく)、今度は大げさに悲鳴が聞こえた。

「ちょっと!!待ってってば。へーか、分かってやってない??」

今度ははっきり聞こえた。

「浩大…」

夕鈴は小さく呟く。

「どうやら僕に喧嘩を売りに来たらしい…」

陛下は剣を降ろして戦闘モードを解除してはいたが、まるで敵に向けるかのような凍りつくような気配で不気味に笑った。













「で、お前の任務は何だったかな」

「お妃ちゃんの護衛…かな」

「おおよそ正解だ。で、僕が彼女のそばに居るときは?」

「お妃ちゃんの周囲の安全。すぐ近くは陛下が固めるから、出入口及び浸入経路の見張り」

殊勝に答える浩大。
陛下は椅子に腰掛け、品定めするかのように目の前の浩大をじっくり眺めた。
対面する浩大は、冷や汗とも油汗とも判別つかぬ大量の汗をかいて動向を伺っていた。

陛下とは一定の間隔を保ってはいたが、獰猛な獣と自らの間を隔てるにはかなり心もとない距離だ。それほどに陛下は、普段臣下の前で見せる狼陛下のときよりなお、怒っているように見えた。

「おかしいなぁ、正解だ」

にこにこにこ…不敵に笑う狼陛下。目が笑っていない。さすがの夕鈴も恐怖を感じ、浩大と同じように背筋を正し彼の一挙手一投足を見守る。

「で?」

「はい…申し訳ありませんでした」

謝罪を聞いたのは初めてだ。
夕鈴は驚いて息を飲む。

浩大という隠密は、隠密にしては規格外でなにもかもズレている。普通の部下として普通なこと、例えば上司に媚びへつらったり、敬語を使ったりなどしない。陛下と長い付き合いのせいかもしれないが、二人の奇妙な関係に疑問を感じることも少なくなかった。


「謝って済む問題じゃないよね?」

彼には珍しく冷静さを欠いて怒り狂っていたので、夕鈴は怯えながらも口を挟んだ。

「陛下…ちょっと驚きましたけど、特に被害はありませんし…」

言って気づく。
特に被害は無いのに、なぜこれほど怒っているのか…突然の冷酷非情な狼陛下の降臨に思考が緊急停止していたが、今ようやく当たり前の疑問が芽生えた。

「…被害がない?」

「はい。浩大も人間ですし…木の上から落ちることもありますよー」

軽く笑い話にしてみた。
隠密といえども失敗はする。今回の失敗は大したことではないのだから…そんな軽い気持ちで呟いたのに。

「……」

なぜかますます冷えていく気配に、夕鈴は口をつぐんだ。

「被害だらけだよね…僕たちのやりとりを盗み見てたし、気ぃ抜いて木から落ちるし、それよりなにより僕たちの甘い雰囲気を邪魔した」

「………え?」

今なんて。耳が正しければ、甘い雰囲気と聞こえたような。

「いいところを邪魔されたんだ、ホント図ったかのようにタイミング良く落ちて来てさ。一体どういうつもりかな」

ゆらり…陛下が立ち上がる。
二人して身を強張らせた。

「次は無いよ」

すっと袂が翻る。陛下は短く、去れ…と合図して、浩大は弾かれたように駆け出すと窓から身を投げた。また一瞬のことだ。

もう何の気配も姿もない庭に視線を向けて、夕鈴は切迫の事態からやっと解放されたことにほっと安堵した。

「夕鈴」

「ひゃい!?」

安堵もつかの間、夕鈴はまたのっぺきならない事態に引き戻される。

「どこから声出してるの…」

陛下はクスリ…と笑い、夕鈴の髪をかきあげる。
優しい眼差しに、緊張が溶けていく。
あぁ、そうか。もう怒ってないんだな…ゆっくり考えが巡る。
それにしても、雰囲気を邪魔されたことにあれほど怒るなんて…彼の怒りの沸点がイマイチよく分からない。

「ごめんね。君まで怖がらせるつもり無かったんだけどね、ついつい」

陛下はまるで、ついつい食べ過ぎちゃった…的な言い方をして頭を掻く。

「だ、大丈夫ですよ…」

なにが大丈夫なのか分からないが、とにかくこの場を納めたくて答えた。

「うん。それでね、夕鈴」

「はい」

「続き…いい?」

「続き?」

首をかしげる。

「できれば君が目を閉じる直前から…やり直したいなぁ」

陛下は夕鈴の腰に腕を回し、ぐいっと引き寄せた。

「は?」

「えっと。我が妃は、どうしてこんなに可愛いのかな…」

先刻聞いたセリフに、夕鈴はまさか…と息を飲む。続きって…続き!?

「いやいや、待ってください」

夕鈴の制止に、陛下が拗ねたように頬を膨らませる。

「なんでー間違えた?」

無邪気に尋ねる様子に混乱する夕鈴。陛下はお得意の子犬の耳としっぽをはやし、子供のように甘えてくる。

「間違いっていうか…」

「何?僕、待てないんだけど」

「はい?」

夕鈴の呆れ声に目に見えて陛下は不機嫌さを出して来た。子犬陛下の態度だったので、先程の狼陛下のそれとはうって変わって全く怖さを感じない。

「そんな…」

そんな顔で拗ねてもダメだし。続きをすることに、何の意味があるのか…声高く訴えると、陛下はキョトンと目を丸くした。

「何言ってるの…夫婦演技の向上に時と場所は関係ないよ」

「夫婦演技ですか?」

こんな真夜中に、観客無しで?
夕鈴はため息をつく。

ハプニングを挟んだせいか、いまいちそういう気分になれない。観客が居る場面では仕事と割り切れるが、そうじゃない場面ではハードルが高い。雰囲気があって、甘い空気が出来て、自然な流れでドキドキして…心の準備が整った状況でないと難しいのだ。
つくづく恋愛に不得手だと感じる。


「もう休みませんか?」

「ダメ」

陛下は甘く呟き密着を深めて来る。

「せっかく逢えた君だ」

「……」

逢えた。逢いたかった。
私と同じように思ってくれていることが、胸に心地良い。
でも恥ずかしい。
夕鈴は赤面と共に顔をふせる。額に吐息がかかり、ぎゅっと目を閉じた。
頭上で囁くような笑い声が響く。きっと、いつまでも慣れない私の態度に笑ってるんだ。陛下は優しいから、いつも笑って許してくれる。

結局、最後の最後まで慣れなかったなぁ…夕鈴は心の内で肩を落とす。

規則的に流れる鼓動。呼吸音。体温。匂い。
心に刻みつけたい、離れても思い出せるように。


「もう少ししか…」

陛下の小さな囁き声。

「……」

その続きが容易に想像出来て、このときばかりは頭の回る自らが嫌になった。

夕鈴は脱力と同時に陛下の肩に頭を預けた。

ひとしきり切ない視線を向けた後、また硬直してひとりギクシャクするに違いない。
そうなる彼を見る前に、胸の中で休んでしまおう。
夕鈴は聞きたくない知りたくないことすべてに蓋をして、そっと目を閉じた。













「匂い袋?」

「はい、良かったらお使いください」

離れていても、この香りを嗅いだときに思い出せるように。

願いを込めて、陛下に手渡した。
陛下は小さくお礼を述べて、そっと懐にしまう。

「ありがとう、君の手作りをもらうのも最後だね」

最後という言葉がとても悲しく響く。

「支度は済んだの?」

「はい」

精一杯笑い掛ける、酷い顔で問いかける陛下に。
陛下と初めて出逢って、最初は1ヶ月の約束で臨時花嫁を始めて、そして別れの日が来て。あの間際も同じように酷い顔をしていたっけ。
ずいぶんと昔のように感じる。

あの時は最後ではなかったけれど、今回は本当の最後だ。
夕鈴は陛下の手をそっと握った。

「本当にありがとうございました」

「………」

今にも涙のこぼれそうな涙腺に力を入れ、微笑む。

「夕鈴……」

陛下がゆっくり顔を近づけて来て、こつんと額同士がぶつかる。

「……」

「君が…」

「君が…残りたいと……」

「……」

「……いや…」

陛下は眉根を深く寄せて、頭を左右に振った。それから固く口を閉じてしまった。
夕鈴から握りしめた手は力強く掴まれて、どうあってもほどけそうにない。

「陛下…もう行きませんと」

「……うん」

「は…離してください」

「……うん」

「……」

なかなか離れない手と、なかなかふりほどけない手。
離れたくない。お互いの思いとは裏腹に、終わりの時は無情に訪れる。

どちらかが、終わらせなければならない。


陛下は、明るい日の下で人形のような顔色をしている。彼の瞳に映る私の姿も、白く濁って見えた。
酷い有様、滑稽な姿。
彼らしくない沈黙。不利益な会話。
どこまでも非日常な雰囲気がもたらした行為。

だから。
許してください。これからの行為を。

夕鈴は吸い込まれるように顔を近づけ、唇にとんっと触れた。
初めてだから目を閉じるのを忘れた。そのせいではっきり陛下の顔を見ることが出来た。
不思議と照れ臭さは感じない。きっと後で思い出してバタバタするんだろうな…その頃には、もう本当に手の届かない人になる。

「陛下、私、あなたのことが大好きです」

「……」

「だから、ありがとう…ございました」

ありがとう。
大好きなあなた。

そばに居る自由を、近づける希望を、微笑み掛ける権利を、与えてくれたあなたに感謝します。





「さようなら」












また今日も、
私は空を見上げている。

東の空が薄青く微睡み、日の光が瞬く間に落ちていく。

日課は変わらない。

どこにいたって、私は私。
陛下を大好きな私だ。


「姉さん、お鍋ふいてるよ!」

弟が後ろから呼びかけて、夕鈴は慌てて振り返る。

「え!!嘘!!」

「早く!早く!」

転びそうになりながら、台所へと駆けていく。

夕鈴の頭上には、一番星がキラキラと輝いていた。










二次小説第83弾完了です
長くなりましたが、最後までお付き合いありがとうございました(*^^*)
夕鈴が後宮を去るシーンのオリジナルバージョンです。原作を読んだとき、日常が変わってしまうのは本当に悲しいなぁ、うう…夕鈴、と号泣した気持ちのまま書いたので重苦しくなりましたね。キスシーンは断固として残したい!と思い苦心のすえ盛り込みました。自分からちゅーするとか夕鈴成長しましたね〜(笑)浩大と陛下と夕鈴のやりとりはかなり楽しかったーまた登場させたいです☆


15:06  |  夕鈴片思い編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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