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2010.08.10 (Tue)

目が覚めたら思い出すようにⅡ

Ⅰのつづきです。









女官仕事は結構大変だ。

宮中内での仕事の多さにも驚いたが、その働きぶりにも驚かされた。彼女たちは皆そろって優秀で、あまたの候補の中から選ばれて来たことは明らかだった。

皆それぞれ職を与えられ、職務を全うする。

小明のような下っ端の女官であれば気が楽だが、陛下や妃付きともなれば重責であろう。

夕鈴は、選りすぐりの女官たちの才を見るたび、中途半端な妃役の自らに落ち込んだ。

彼女たちのように持って生まれた優美さは欠片もないし、教養も特別高いというわけでもない。容姿端麗とはほど遠く、お妃言葉はただいま勉強中…。

それに…なんといっても夫婦演技に慣れない。狼陛下の臨時花嫁を始めてそれなりに経つが、いまだに陛下の見せる甘い表情に心臓が跳ね、赤面する始末。


本当に…落ち込んじゃう。


夕鈴はとぼとぼと回廊を歩く。さっき先輩から指示された水差しを政務室へ持っていくために。

夕鈴が歩く回廊も手にした水差しも、いずれも見覚えのあるものだ。今、私がいるこの後宮も間違いなく、私が生活していた場所なのだが…


陛下がいない。


もちろん李順さんも。あの嫌味な柳方淵も、おせっかいな張老師も。


誰も私をお妃さまとは呼ばないし、名前を呼ばれることもない。


夕鈴…優しく私の名を呼ぶ陛下の笑顔が目に浮かんで、回廊の途中で歩みを止めた。


ここは確かに白陽国で、見慣れた景色は何ひとつ変わらないはずなのに。


こんな夢、さっさと覚めて欲しい。


堅く目を閉じると、また視界が歪んだ。


水差しを持つ手が震える。


「陛下…」


夕鈴の目に涙があふれた。

誰か…私はここにいるのに、誰も私に気づかない。




「何を泣いている?」

「!?」

突然掛けられた声に夕鈴は慌てて振り返った。
あまりに慌てていたので、水差しを落としそうになったがなんとかこらえる。

夕鈴は、周囲を見渡して声の主を探した。回廊の途中の階段のそばに、声の主はいた。

男の子がひとり、夕鈴を見ていた。歳の頃はだいたい11、12歳ぐらいか。幼い顔立ちにかかる漆黒の髪、子供のようなあどけない表情であったが、瞳だけは暗く冷たく、真っ直ぐ夕鈴を見つめていた。

立ち居振る舞いは隙がなく、よく見ると顔に似合わず重厚な長剣を傍らに携えている。


「……」

この少年は…まさか。夕鈴の身が震えた。


「若君さま」

少年の後方から官吏衣裳を纏った若い青年が現れ、夕鈴の思考は中断した。


「陛下がお呼びするまでこちらでお待ちください」

少年は現れた官吏に鋭い視線を送ると、分かった…と一言呟いた。夕鈴は、立ち去る官吏の背中を目で追う少年の横顔を眺めた。

この方が噂の珀家の若君。
似てる、陛下に。

陛下の兄弟かしら?でも聞いたことないし。じゃあ陛下の親戚の子…かな。いや…違うわ、もしかして。


「で、お前はここで何をしている?」

「わっ私は…水差しを運んでいます」

急な問いかけに夕鈴はまた慌てた。上擦ったような声を出した私に少年の訝し気な視線が注がれる。


「何を慌てている?落ち着きがないのか…」

偉そうな物言いに少しむっときた。可愛らしい顔をしているのに残念だ…夕鈴は心の嘆きを顔に出した。途端少年の表情が曇る。


「質問を変えよう、お前はなぜ泣いている?」

乾いてはいたが、夕鈴の頬には涙の筋がくっきりと残っていた。夕鈴は慌ててその痕跡をぬぐうと、少年の冷たい視線を真正面から捕らえた。


「なんでもありません」

「なんでもないのにお前は泣くのか?弱虫だな」

弱虫…。久しぶりに言われた。

もし私が本当に弱虫なら、この奇怪な状況にこれほど順応していないだろう。夕鈴は心の底でそっと呟くと、慇懃な少年の態度に怒りを込めて言い放つ。


「誰が弱虫ですか。泣いている人すべて弱虫だと思ったら大間違いです!」

人差し指を立ててビシッと少年を差す。このポーズはもう夕鈴のおきまりになっていた。

どこに居ても、どんな状況でも、私は私の性格を改める気はない。どんな相手でも失礼な人間には反論するのは当たり前だ…夕鈴は堅く決意し直した。


しばらく呆然としていた少年の瞳が大きく開かれたかと思うと、苦笑する声が聞こえた。


「笑いごとではありません!」

「いや、すまない」

怒られるかと思ったが、笑われてしまった。しかも謝られてしまった。

少年は懸命に笑いをこらえながら、私の顔をまじまじと見つめている。


「後宮女官か、名は?」

「夕鈴と申します」

夕鈴はとりあえず軽く拝礼した。もし彼が未来の陛下ならば、今は王子という立場であるはずだ。これ以上の無礼は良くないこと、いくら私でも分かる。


「夕鈴か…」

私の名を囁く少年の顔は、やっぱり陛下に似ていた。
こうして近くで話している間も、少年を包むピリピリとした緊張感はずっと継続していて、もし夕鈴が一矢報いようと身を乗り出したとしてもすぐにかわされ反撃されてしまうであろう。幼くても、獣のような気配を醸す少年にぞくりと背筋が凍えた。

小さくてもやっぱり…狼陛下。


「あなたの名前は何ですか?」

私の質問に少年の顔が強張る。夕鈴はその表情を見て、まずい聞き方だったかと後悔した。王宮の礼儀はよく知らないが、身分の高い人への名前の聞き方は良く分からない。


「失礼しました。えっと、お名前を教えていただけますか?」

夕鈴は言い直した。あんまり変わらない尋ね方に内心焦る。

少年は黙したまま、しばらく天を仰いだかと思うと、おもむろに階段に腰を降ろした。

私の言葉など耳に届いていないとばかりに背をむけるその姿に、抑えていた怒りが復活する。


「ちょっと、人の質問には答えるべきでは?人が名乗っているのに…」

「私の名を知らないというのか?」

後宮女官なのに?少年は私を見上げると皮肉っぽい笑いを浮かべた。


「後宮女官でも知らないことはあります」

「本気で言っているのか?」

「嘘を言ってどうするんですか!」

夕鈴は声を張り上げた。
自分よりも年若いであろう子供に、上から目線で物を言われるのは正直腹が立つ。それに…いつまでも背を向けている態度にも苛立った。


「それが人と話すときの態度ですか!こちらを向きなさい」

夕鈴は少年の肩を掴んだ。驚いた瞳に向かって言葉を投げる。


「人と話すときは目を合わせなさい。お母さんに習わなかったのですか?」

後悔先に立たず。

やってしまった…また地を出してしまった…。ここに李順がいたら確実に減給処分ものだろう。
夢の世界でまで説教してどうする。


「は、はははは」

弾かれたような笑い声が回廊に響く。

目の前の少年は、腹を抱えて笑っていた。


「面白い…」

「陛下!」

少年の口から出た聞きなれた口癖に、夕鈴は居るはずもない人の名前を呼んだ。


少年は不思議そうな瞳で私を見つめ返してきた。
その眼光には冷たさは微塵もなく、狼陛下も影を潜めている。


「誰を呼んでいる?そんな顔して…」

少年は私の頬に手を伸ばしゆっくりと触れた。

驚いて飛び退いて、夕鈴は何かに蹴つまづく。

「きゃ!?」

そのまま堅い床の上、夕鈴は尻もちをついた。転ぶ直前に『借金』という文字が夕鈴の頭に浮かび、是が非でも手にしていた水差しを両手から離すことはなかった。

痛々しい音が回廊に響く。


「い…たたた」

腰をさすりながら涙目で少年を見上げると、目をこれでもかと丸くして夕鈴を捕らえていた。

まるで珍獣でも見ているかのような目つきだ。


「その水差しを離せば、手をつけたのではないか?」

「水差しを壊すわけにはいきませんので…」

なるほど…少年は口元に手をあてがい答えた。肩が小刻みに震えている様子から、必死に笑いをこらえているのは明白だった。




「あの…あなたはもしかして珀黎翔さまですか?」

私の質問に少年が微笑んだ。

「なんだ、知っているんじゃないか」





「小明!」

怒声のような叫び声で夕鈴の質問は中断された。私を呼ぶ声に、少年が眉根を思い切り寄せる。
先輩…なんとタイミングの悪いこと。


「小明、こんなところに居たのね。水差しは…」

夕鈴の姿めがけて駆け寄って来た先輩女官は、その傍らにいる少年を見つけるやいなやぴたっと動きを止めた。


「こ、これは若君さま…失礼をいたしました」

最敬礼する先輩の様子に、夕鈴ももう一度礼をとった。


「小明…」

少年の呟きで夕鈴ははっとする。しまった、今は夕鈴ではなく小明だった。


「私に偽名を使うとはなかなか…」

少年は口端に笑みを浮かべると、ゆっくり私に視線を送る。その視線がぶつかると、夕鈴の心臓がひとつ跳ねた。


「仕事の続きがあるのだろう?下がれ」

「はい」

先輩女官は慣れた様子で礼をとった。夕鈴も慌てて後に続く。

先輩に促され、立ち去ろうとした夕鈴の手を少年が掴んだ。

「!?」

「夕鈴、これを」

そっと袂に何かを差し入れられる。


「また泣きそうになったら食べたらいいよ」

にっこり微笑んだその表情は子犬陛下の表情と瓜二つで、胸が熱くなった。














「夕鈴…夕鈴…」

誰かが呼んでいる、私の名前を。

はっと目を開けると、まず初めに見事な格子模様が施された白い天井が見えた。次に豪華な天幕。


「夕鈴、気づいたか」

ゆっくりと声のする方を見ると、陛下がいた。夢の中で何度も逢いたいと願った人。


「陛下…本物ですか?」

私の言葉に首を傾げて不思議な表情を浮かべる陛下。でもすぐに柔らかな微笑みに変わった。


「本物だよ、夢見てたの?夕鈴」

夢…物凄くリアルな夢を見ていた気がする。


「私…」

どうやら床に寝ていたらしい体を起こすため、夕鈴は手をついた。起き上がろうとする夕鈴の腰を陛下が支える。


「大丈夫?」

「大丈夫です」

陛下の腕に支えられて、夕鈴は周囲を見渡した。歪むことのない視界に、安堵の息を漏らす。

現実の世界に帰って来れたみたいだ。


「驚いたよ、こんな所で眠っているから」

陛下はその声に心配の色を浮かべて呟いた。

もう長い間見ていない陛下の顔が珍しくて、夕鈴はじっと見つめた。
途端に、夢の中の少年と重なり合ったような気がして、夕鈴はクスっと笑った。


「どうしたの?」

「いえ、なんでも」

ふふふ…陛下の腕の中、笑いが止まらない。


「いい夢を見たようだね」

陛下は嬉しそうに微笑むと、私を抱き上げた。そのまま寝台まで運ぶと、ゆっくりと横たえた。


「今は夜ですか?」

「夜明け前かな。まだ起きるには早いから眠るといいよ」

陛下はそっと呟くと、私の額に手を載せた。手の平のぬくもりが眠りの世界に誘う。夕鈴は目を閉じたまま、陛下に話しかけた。


「すごく面白い夢だったんですよ、私、後宮女官として働いてるんです」

「それは…愉快だね」

「そこは確かに白陽国なんですけど、陛下や李順さんは居なくて。でも幼い陛下に逢ったんです」

「幼い僕?」

「はい。陛下って、幼い頃から狼だったんですね…」

「え?」

どういう意味?問いかけた陛下の言葉は夕鈴の耳には届かなかった。

ふと見ると、寝息を立てて眠り始める夕鈴が居た。

すごく気になる発言を言い残して眠ってしまった夕鈴に、陛下は困惑の視線を投げた。


「眠っちゃったね…」

安らかな寝顔を見せる彼女に柔らかく笑う。どこまでも甘く、柔らかい笑顔で。


陛下は身をかがめると、夕鈴の長いまつげの上、まぶたに口付けを落とした。


くすぐったいように寝返りを打つ夕鈴の着物の袂から、何かが飛び出す。


「?」

陛下が拾い上げると、それは小さな砂糖菓子だった。









『また泣きそうになったら食べたらいいよ』









「狼陛下の花嫁」二次小説第11弾完了です

夕鈴をタイムスリップさせちゃいました☆
楽しくてキーボードを打つ手が止まらない(笑)

作中でぜひ少年時代の陛下が見てみたいです。

二次小説をアップし始めて15日経ちます!
ここまで来れたのも、皆さんの暖かい拍手あってこそ。ありがとうございます

11:11  |  ちょっとパロディ編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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