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2010.08.16 (Mon)

可愛い人Ⅰ

「可愛い人」

久々のアップは長文です!
いつもタイトルに悩まされております…。
陛下目線で、ⅠとⅡに分けています。


ではどうぞ。











「予定よりも遅れている!一体どういうことだ!」

僕は叫んだと同時に、目の前に立つ若い官吏に鋭い視線を投げた。僕の怒声を受けた官吏は一瞬体を震わせて、僕が放つ寒気のするような雰囲気を避けるかのように後ずさりした。


「急な人事異動で、地方役人の体制が整わず…工事への着手が遅れました」

「人事異動はすでに通達済みのことであったはず。予測できた事への対応の遅れは言い訳できんぞ!」

僕は苛立ちを込めて言う。この手の弁論はいい加減聞き飽きているのだ。


頭を下げたままの官吏の肩がビクッと震えた。

懸命に僕の視線を避け、ただただこの苦痛のときが過ぎ去るのを待っているだけのその態度に僕の怒りは頂点に達する。すぐさま一撃を投じようとした矢先、官吏が顔を上げた。

強い意志をはらんで目線を上げる目の前の官吏の姿に、僕は一撃の手を止めた。

官吏は狼陛下の冷たく暗い目を真っ直ぐ捕らえると、おそるおそる口を開いた。


「申し上げます。地方人事の乱れは不測の事態を引き起こす場合もあります。このたびの人事異動と工事着手への同時進行が、このような事態を招いた結果かと」

「だから何だと言うのだ?お前の言う不測の事態に対処するのも役人の仕事ではないのか」

「しかし…」

官吏はまだしつこく食い下がる姿勢を崩さず、僕の視線を受けている。


普段は大人しく僕の命令に従う官吏がなんと珍しい…僕は狼陛下に必死に反抗する官吏を驚いて見た。

そばに控える優秀な側近も同じ事を考えていたのだろう。

目端に捕らえたその様子は僕同様いや、僕以上に驚いていた。予想しない展開に少し焦っている風にも捉えられる。


「ではお前は何か、今回の人事に意義があったと申すのか?」

「いえ!決してそのような訳ではありません。ただ、もう少し配慮していただきたいと…」


冷酷非情の狼陛下に配慮せよと申すのか…


「私は意味のない配慮などしない、どうしてもお前が地方役員の苦汁を汲めと言うのなら、お前を地方へ使わす。最も…私は苦汁などとは思っておらぬが」

僕の愛も労わりもない言葉に、官吏はようやく折れたようだ。

出過ぎたことを申しました…と小さく呟くと礼をとって下がった。


その様子を、李順がなんとも識別できぬ表情で窺っていた。


僕は、従順であるはずの官吏の突然の反抗などさして気にもならなかったが、官吏が下がりながらちらっと政務室の一角に視線を送ったことだけが気になった。


その一角には、僕の唯一の妃で僕の心から大切に思う花嫁、夕鈴がいたから。









「驚きましたね…」

人払いをした政務室で李順がおもむろに呟いた。彼が言う驚いたこととはもちろん、さきほどの若い官吏の反抗のことだ。僕は黙したまま、手にしていた書簡を広げる。

李順と僕以外誰もいないその部屋に、紙を綴る音だけが聞こえていた。


「珍しいものを見たな」

「普段、彼はとても大人しい性格なのですが…今日は一体どうしたのでしょう」

李順は天を仰ぎながら尋ねた。


「おおかた地方役人に親類縁者の類がいるのではないか。今回の遅延の処罰、その縁者にかからせたくなかったのだろう…」

僕は大方の予想をつけて答えた。この手の理由などたかがしれている。


「彼は中央以外に縁者は居ないはずなのですが…」

おかしいですね…李順の言葉に僕の手が止まる。ちょうど、通達したばかりの人事異動一覧の箇所を覗いているところだった。


「それは確かか?」

「はい」

「ふ~ん…」

僕は机に書簡を放り出し、椅子から立ち上がる。
そのまま歩みを進め、今は誰も座っていない妃の椅子へと近づいた。


「陛下?」

一瞬であったが、妃の定位置であるこの一角を見ていた、確かに。

あの視線がずっと気になっている。


政務室から退出間際に声を掛けた夕鈴は、まだびくびくと脅えているようだった。
今日の狼陛下っぷりは特に、繊細な夕鈴の心には刺激が強かったかもしれない。

僕の甘い夫のセリフにいつもはドキドキしてくれるのに、今回は困ったような視線を送ってぎこちない笑顔で答えていた夕鈴の顔を思い出し、僕はひとつ苦笑した。

まだまだ狼陛下は慣れないらしい。

脅えさせてしまった分、今宵はたっぷり子犬の僕で接しなければ…僕は口元に笑みを浮かべて、妃の椅子を眺めた。









「おかえりなさい、陛下」

僕を出迎えた夕鈴はいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。

この笑顔を見ていると、一日の疲れも飛んでいく。国王の負う枷も臣下の責めぎも忘れてしまうほどに、この花のような笑顔に癒される。

僕は、妃の部屋に着くなりすぐに侍女も女官も下げてしまって、二人っきりの時間を楽しんだ。


「夕鈴、今日は午後から何してたの?」

「午後からは中庭を散歩していました。最近は特にいろいろな草花が美しく咲いていて…本当に眺めているだけで幸せな気分になれます」

答えた夕鈴の表情を見ているだけで、僕は幸せな気分になれる。

嬉しそうにお茶を淹れる夕鈴をいつまでも見ていたいけど、あんまり見つめると恥ずかしがるからなぁ…僕はそんな風に考えながら、気づかれないように視線を送る。

後宮でも政務室でも中庭でも、彼女を盗み見ることは得意としている。


「でも良かったよ」

「え?」

「僕、心配してたんだ。ほら、政務室を退出する君は本当に脅えているように見えたから。君まで恐がらせるつもりはなかったんだけどね。でも帰って来たら機嫌がよくて良かったよ」

「すみません。私の修行不足で陛下にご心配をかけてしまって…」

演技だと分かっているのに…夕鈴は小さく呟く。落ち込んだように笑う仕草に胸が熱くなった。


狼陛下を演技と信じ続けている彼女。どこまでも素直で飾らない性格が溜まらなく心地良い反面、騙しているような罪悪感にさいなまれるのは、僕の心が弱い証拠。

だって夕鈴には、本当に弱々だからね。


「今日の陛下は本当に狼陛下だったので…」

話す夕鈴の顔が強張る。

午前中の僕を思い出しているのだろう。君の脳裏に何度も出たいと願ってやまないが、君を恐がらせるような出演だけはしたくない。

僕は彼女の震えを止めるため、柔らかく笑った。妃だけに、夕鈴だけに見せる甘い表情で。

僕の顔を見てほっと息を吐く彼女の様子に、僕は深く安堵する。


「陛下…今日怒鳴られていた官吏の方ですけど」

「官吏?」

夕鈴が言う官吏とは、午前の政務にて、狼陛下に反抗して来た愚か者のこと。


「あの方…時々話すのですが本当に良い方なんですよ」

「……」

僕の安堵はつかの間、夕鈴の口から出て来た僕以外の男の存在に、僕は不機嫌を露わにした。

僕の態度の変化をわずかに察知した夕鈴は、次の言葉を言おうか迷っている状態で固まってしまった。


「夕鈴、君はあの官吏とよく話すのか?」

「いえ、よくではなくときどきです。陛下がいらっしゃる前の政務室などでときどきお話するのですが…」

狼の口調の僕を大きな丸い目で見つめる夕鈴。その表情は『私何かまずいこと言ったのかしら?』と語っていた。


「君は…夫以外の男と話すのか?」

「……え…何を」

言っているの…?夕鈴は眉間にしわを寄せた。狼に変貌した僕に困惑しているようだ。


「君は私の妃でありながら、私以外の男と話すのか?」

「きゅ、急に狼陛下になって何を言ってるんですか?それに…陛下以外の男の方なんてたくさん話してますよ」

「たくさん…だと!」

僕の叫びに夕鈴の体がビクッと震えた。


「り…李順さんとか、張老師とか…」

夕鈴は蚊の鳴くような声で呟く。狼陛下を目の当たりにして恐怖が身を包んでいた。


だが、僕は彼女以上に恐怖を感じていた。


政務室で感じた心の棘。まさか君の口からあの官吏の話が出るとは…

もしかして君は、君が良い方だと言うあの若い官吏を怒鳴らないで欲しかった…と言いたかったのではないか。
夕鈴の言葉の続きは聞いていないが、心の棘が不安となって体中を巡る。


狼の気配を緩めることなく無言のままで居る僕に、夕鈴は耐え切れず涙を流した。

その涙が、机の上で合わせた夕鈴の白い手の甲に落ちる音で、僕ははっと顔を上げる。


「夕鈴…」

しまった、泣かせてしまった。
僕のくだらない嫉妬心で彼女を泣かせてしまったことを激しく後悔したが、時既に遅し。


「もういいです…陛下のバカ!」

夕鈴は涙をぬぐうと、椅子から立ち上がりそのまま身を翻し去って行った。


羽がはえた鳥のようにするりと逃げ去ってしまった彼女を、僕は片手を上げたままぼうぜんと見送る事しか出来なかった。





Ⅱへつづく



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