10月≪ 2017年11月 ≫12月

123456789101112131415161718192021222324252627282930

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2010.08.30 (Mon)

鉛の涙Ⅰ

「鉛の涙」

夕鈴目線で、またまた張老師が登場します。
長文ですが、お付き合いください。


ではどうぞ。










穏やかな昼下がり。

私は後宮の立ち入り禁止区域にいた。

水桶片手にトボトボと人気のない回廊を歩いて、張老師の待つ部屋へと戻る。


暇を持て余して始めた掃除婦のバイトもずいぶん慣れて来た。もともと掃除好きの性格もあってか、私に妙にしっくりなじむ。

このバイトを始めてからというもの、お妃のおしとやかな振る舞いも愛想笑いも作り笑いも苦ではなくなるほど、このバイトは気に入っている。


要するに良いストレス発散になっていた。


「さて、続きもがんばらないと」

固い決意が回廊に響く。

朝から始めた掃除は思った以上に手がかかり、目標の半分まで到達していなかった。

それというもの私同様に暇を持て余した張老師がことある事に邪魔をしてくるからだ。

拭き掃除をした床にはお饅頭の食べかすを落とし、ピカピカにした窓には指紋をベタベタとつけ、さらには無駄話をふっかけて私の手を止める始末。


いい加減にしてほしい…。


私はキレイな水の入った桶を慎重に持ち直した。


邪魔者は無視よ…無視。
雑念に捕らわれていては掃除に身が入らないわ。


力強く踏み出した足取りを緩めることなく、部屋の前に到着した私は勢い良く扉を開ける。


しかし、目に飛び込んで来た衝撃に私の決意はいともたやすく崩されてしまった。

見ると老師は、私がさっき拭いた机にお菓子の食べかすを撒き散らし、磨いた床の上に突っ伏して眠りこけていた。


このじじぃ…。

後宮管理人が床で寝るな!とゆうか、私の掃除している部屋でわざわざ寝なくてもいいでしょ!


怒りを身に纏い私は老師へと近付く。


「こらー!起きろ!」

気がつくと老師の耳元で大きく叫んでいた。










「あーびっくりした、鼓膜が破れるかと思ったわい」

いっそ破れたらおとなしくなるのに…。私は心に浮かんだ言葉を呑み込み、上辺だけ謝罪した。


「あのような大声を出して誰かが飛んで来たらどうするんじゃい」

「すみません…」

「お前はよくやっとるが、何度も言うが妃らしくない、少々しとやかさと優美さが足りんようだの」

「……」

言われなくても分かっている。方淵と同じようなことを言う老師に少し腹が立った。

誰のせいで大声を出すはめになったと思っているのか。


「陛下も気に入っとるようだし、度胸もある」

「はぁ…」

なんだか嫌な予感。


「みてくれも悪くないし、立ち居振る舞いや声には多少気品がある」

気品?そんなこと初めて言われた。


「それに…」

老師がニヤリと笑い私を見上げる。

な、なんだ…?


「やっぱり陛下が気に入っとるのは大きいなぁ…臨時といわず本物の妃も狙えるぞ」


やっぱりその話に戻るのね…。

私は大きく溜め息をついた。


「何度も何度も、やめてください」

私はうんざり顔で掃除を続けた。
雑巾を握り締める手に力が入らないのは、このおしゃべりな老師のせいだ。


「なんでじゃ?間違ったことは言っとらんつもりじゃよ」

きっぱり答える老師。あまりにもはっきりしすぎて、しばらく言い返せなかった。


「陛下に気に入られとるうちに行っとけ!」

なにが行っとけ!だ。他人事だと思って言いたい放題ね。


「そんなんじゃないですって!」

私は即答した。いつもいつもいつも…、この老師の私への助言は陛下への誘惑がらみで為にならない。


「分かっとらんの…陛下が即位する前からこの後宮で管理人をしとるが、陛下のあんな穏やかな顔初めて見たわ。今まで誰ひとりとして妃を娶らなかった陛下の唯一の妃なんじゃから、もう少し欲を出してもいいようなもんじゃがの…。」

長く伸ばした髭をさすりながら、老師がつぶやく。


「陛下が誰ひとり妃をもらわなかったのは、即位したばかりの陛下の地位がまだ盤石ではないから。それに私はあくまでも臨時花嫁です。縁談を断るためのバイトですよ!バイト」


ズキン…。
自分の言葉に心が痛んだが、私は自らに言い聞かせるかのように続けた。


「それに…、陛下が人前で私に向ける顔はすべて演技であって、本当じゃありません」

これは事実。私は事実を言っているだけ。なのにこの胸の痛みは何か。

私は軽く鼓動を奏でる心臓を押さえた。陛下の優しい笑顔が脳裏に浮かび、思いっきり眉根をしかめた。

涙が出ないように。


「……」

しばらく思案顔で私の横顔を眺めていた老師は、大きく息を吐くと部屋にあつらえてあった小椅子に腰かけた。
いつの間にか自分で用意していたお茶を入れ直し、大きな音を立ててすする。


「人間とは素直じゃないの…陛下もお前さんも」

素直じゃないのは生まれつきだし、自分でもよく分かっている。

だが、老師に言われるとひどく心に響いた。

私の内のわだかまりごとすべて吐き出して、その気持ちのおもむくまま素直に身をまかせることが出来たら、この胸の痛みから解き放たれるのだろうか。

その時はこの王宮から立ち去る時。もう狼陛下の花嫁から卒業しているかもしれない。

それが私の望んでいることなのかと問われたらとても返答出来ない。


「陛下の身分もそうじゃが、お前さんが庶民だから、臨時の花嫁だからか…うん」

老師は湯飲みを片手に独り言を呟く。

長く生きてきた知恵や、長年に渡って後宮を管理してきた手腕をフル活用して、私のこの胸のもやもやを取り除いて欲しいと願うのはやっぱり無駄なことなのか。




「障害が多いほど恋は盛り上がる、うん」


やっぱり無駄だったわ…。
お年寄りになるほどしつこくなるのは、この世の理かもしれない。

私は水桶を手に立ち上がる。

今日はもう掃除する気になれない。また明日、新たな気持ちでがんばろう。


「もう帰るんか?」

「そろそろ陛下がご休憩に戻られると思うので」

私は少し寂しそうな様子の老師に挨拶をして、立ち入り禁止区域を後にした。

狼陛下の後宮には、現在妃はひとりしかいないため、自動的にお世話する侍女や侍官も少ない。
明らかに人口密度の低いこの場所で、話好きな老師が話し相手を探すにはずいぶんと骨を折ることだろう。

話し相手になるのも臨時花嫁の仕事のひとつかもしれない…去り際に向けた小さな老師の悲しげな表情を思い出し、私はため息を漏らした。


私は誰もいない回廊を足早に通り過ぎ、裏口から自室に入る。

すばやく妃の衣裳に着替えて居間へ帰るころには、すでに部屋で陛下がくつろいでいた。



「夕鈴、遅かったな」

「陛下!申し訳ありません。老師と話し込んでしまって…」

「そうか」

私の顔を見て満足そうに微笑んだ陛下は、目配せして女官を下がらせた。


「掃除してたの?」

「はい」

子犬の表情でうれしそうに近づく陛下に笑いかけて、私はお茶の用意をした。
芳しいお茶の香りが室内を満たす。香りもそうだが、王宮御用達の高級な茶葉は味も絶品だった。


「夕鈴が淹れてくれたお茶はおいしいね」

「ありがとうございます」

少し照れ笑いを浮かべて、陛下の前に腰を落ち着けた。


室内にゆっくりとした時間が流れる。


午前中の掃除&老師とのおしゃべりの疲れもあってか睡魔が全身を襲う。私は、眠い目をこすりつつ陛下と会話を続けた。


「掃除がんばちゃったみたいだね」

「え?」

「だって、とっても眠そうだもの」

「えぇ…そうですね」

がんばったどころか、半分も終わってない…。しかも、明日あの部屋に行ったら、掃除する前よりも汚くなっているかもしれない。

お菓子をほおばる老師の丸い顔が頭に浮かび、私はクスッと笑った。


「何か面白いことでもあったみたいだね」

「いえ、私が掃除しても掃除しても老師が汚すんです」

言葉足らずな私の返答に、陛下が不思議そうに首をかしげた。


「それで笑ってるの?怒ってるんじゃなくて?」

「怒ってるんですけど、まぁ…許せちゃうというか。あの方の行動に悪意は全くありませんから」

「そう」

陛下はそっけなく答えると、なぜか私の目線をそらし、お茶をまたひとくち口に運んだ。

私はまばたきを繰り返すその瞳で、目の前に座る陛下の表情をうかがう。


何か…怒ってるように見えるのは気のせいだろうか。


「お茶、おかわりいかがですか?」

「うん」

「そういえば、おいしいお菓子をいただいたんですよ。一緒に食べませんか?」

「うん」

「陛下?」

「うん」

無表情でうなずき続ける陛下に、さずがの私も不安になる。

立ち上がって陛下の顔を覗き込むと、その瞳には私は映っていなかった。

ただ一点だけに目を向ける様子はまるで意思をなくした人形のようで、いいしれぬ不安がよぎる。


「陛下!」

急に怖くなって、私は陛下の名前を叫んだ。

はっと気付いたように陛下が意識を取り戻し、目の前の私の顔を眺める。と同時に驚いた表情を浮かべた。

私の顔が近くてびっくりされたのかもしれないと思い、かがんだ腰を元に戻そうとした途端、陛下の腕に阻まれた。そのまま私の腕をつかみ、もう一方で頬に触れる。


「!?」

陛下の行為に私の方がびっくりした。陛下に触れられた途端、体が一瞬硬直する。

突然のことに驚く暇もなく、そのままたくましい腕に抱きしめられた。


「ななな…なんですか!?」

陛下の胸に顔をうずめる形で、私はその表情をとらえようと陛下を見上げようとしたが、より力を込めた腕に邪魔されて身動き出来ない。



「夕鈴…」

私には陛下の声が震えているように聞こえた。

さっき陛下が見せた、あの鉛のような瞳で私の名前を呼んでいるのか…と思うと、いたたまれなくなる。

心の不安が全身を貫く手前で、私は渾身の力で陛下の腕を退けた。


陛下の目を見て話すために。


「陛下」

私は陛下を見つめる。

どうにかしたいと掛けた声だが、次の言葉が出ない。


相変わらず意思のない瞳は、私を通り過ぎた先の景色をぼんやりと眺めているだけだった。


「陛下…」

両手で陛下の袂を握り締めた。質の良い絹の音が響く。その感触に気づいたかのように陛下がゆっくりと現実に戻る。


「あれ…夕鈴?」

「……」

「どうしたの?夕鈴…泣きそうな顔してる」

陛下は、子犬の表情で私の頬に触れた。意思を取り戻している様子に私は安堵した。

ほっと安堵の息を吐く様子に、陛下の鋭い目線が注がれた。


「どうした?」

「陛下、大丈夫ですか?」

「私は君に…何かしたのか?」


覚えていないの?私は動揺で揺れる陛下の顔を覗き込んだ。


「夕鈴?」

「いえ、ただ、ちょっと様子がおかしかったので」


私の言葉に陛下は視線を落とした。訝し気に何か考え込んでいる様子だ。

口調が狼陛下に変わっていたが、元に戻った陛下に安心したせいか、私は気にならなかった。


私はそっと陛下のそばを離れ、元通り椅子に腰かけ冷めたお茶を淹れ直した。


「ごめんね、夕鈴」

「いいえ、大丈夫ですよ。お疲れなんですね」

気落ちする陛下をなぐさめようと、あえて明るく言い放った。

あんな陛下は正直見たくない。


この王宮で何度か見掛けた狼陛下の氷のような瞳とは違う。
五感をすべて無くしたかのようなどこまでも冷たく暗い瞳。思い出すと背筋が震えた。


「ごめんね…ぼーっとしちゃった」

焦ったように謝る陛下にどこか違和感を感じ、それ以上この話題には触れなかった。


室内にいつまでも残り続けるひやりとした空気は、最後まで消えることはなかった。





Ⅱへつづく。

15:20  |  夕鈴片思い編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://mike3aoi.blog134.fc2.com/tb.php/26-3e6ae577
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。