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2010.09.16 (Thu)

寵花の舞Ⅱ

Ⅰのつづきです。













「食えぬ男だ」

腕組をして椅子に腰掛けた陛下は、大きな溜め息を漏らした。

夕鈴は淹れ立てのお茶を差し出しながら、陛下の表情を覗う。

ものすごく不機嫌なのは言うに及ばない。


狼に反抗する獲物を捕らえきれなかったことに腹を立てているのか。


「先代王の時代から何度か交流のあったお使者ですね…」

使者が退出するのを見送った李順が、部屋へ戻るとすぐに話し出した。


「先日の隣国との縁談話、しつこく話を勧めてきたのは他でもない彼です」

李順は手にした書簡をはらはらとめくる。王室の記録を紐解く手がふいに止まると、李順は顔を上げた。


「まさか…まだ諦めていないのかもしれませんね」

李順の言葉に、明らかに嫌そうに陛下の顔が歪む。


「しつこい男は嫌いだ。何度来られても無駄なことなのに…」

ね、夕鈴。陛下が微笑む。
ね…と言われても困る。私に具申する権利はないのだから。


陛下の笑みにあいまいな微笑で答えた夕鈴の様子に、陛下は急に子犬の表情を浮かべて肩を落とした。


「夕鈴、何なの…そのどうでもいいような返事。僕、ちょっとショックだよ」

「え!?」

何をショックを受けることがあるのか…夕鈴は慌てて立ち上げる。


「ちょっと陛下、何がショックなんですか?私何もしてませんよ?」

同意を求めるために見つめた李順の顔は、期待に反して陛下以上に落ち込んでいた。
上司の渋い表情に夕鈴は動揺する。


「ちょっ李順さんも…なんで…」

「私はあなたではなく、陛下がショックを受けていることに落ち込んでいるんですよ。陛下、夕鈴殿はバイトだということを…」

お忘れなく。呟いた李順の表情が途端に曇る。

見ると、狼陛下が側近に対して厳しい睨みを利かせていた。


それ以上申すな、さもないと…狼の目元が語っていた。


李順はごくりとつばを飲み込むと、そのまま何事もなかったかのように書簡へと目を移した。

静かになった部屋に、紙を繰る音だけが響く。


夕鈴はいたたまれず、陛下のお茶を淹れなおした。


「夕鈴、ごめんね。巻き込んじゃって。どうしてもあの使者が君に逢いたいって言うから」

「いえ、私は大丈夫ですよ。お詫びの品など…かえって気を遣わせてしまったようで申し訳ないです」

「妃への贈り物か。李順、念のため何か細工がしてないか調べておけ」

「御意」

李順はすばやく髪飾りが納められた箱を受け取るとそのまま部屋を退出した。

突然消え去る腕の中の重みに、夕鈴は安堵の息を吐いた。


高価な品をずっと持っているのは緊張する。
誤って落として壊してしまったら大変だ。認めたくはないけど、私には前科があるし。


それにしても…

立ち去る李順の背中を目で追いながら、夕鈴は褐色に染まる使者の顔を思い出す。

来訪の理由は何であれ、ただのお詫びの品にさえ悪意が込められているかもしれないと疑わなければならないこの状況に溜め息を漏らした。


いつになったら、この人が心から安心して暮らせる時世が来るのだろうか。


「夕鈴?」

急におとなしくなった夕鈴に、子犬陛下が首をかしげる。

しまった。
この人に心配をかけるつもりは毛頭ない。

夕鈴はにっこり微笑むと、陛下の方へ向き直った。


「実は、おいしいお菓子をいただいたんです。一緒に食べませんか?」

ごそごそとお菓子を卓に用意し出す夕鈴を見て、陛下が嬉しそうに呟いた。


「いいね」

夕鈴に答えるような形で微笑むと、陛下は椅子に深く腰掛け直す。

「やっぱり、君と過ごす休憩が一番。午後からもがんばろうという気になるね」

「お役に立てて…良かったです」


お菓子をぱくり…
口内を満たす甘い香りに、自然とふたりの顔がほころぶ。


「夕鈴、さっきの使者のことだけど…」

夕鈴の手がふいに止まる。


「贈り物をいただいたからといって、気を許しちゃダメだよ。あの男は、油断ならない…」

どこか遠い視野を見据えながら、陛下は小さく呟く。


「……」

「警戒を解いてはいけない」


ゆっくりと流れ落ちていた砂時計が、突然動きをやめたかのように静寂が満ちる。

その静寂は気づかぬうちに心の奥深くまで浸食して、この人を王という縛りの世界に連れ戻す。


ついさっきまで近くに感じていたはずなのに。

身分の違いよりも、この人を取り巻く環境や立場の違いよりも、王である事実を見せつけられるたび、夕鈴の心を切なく締め付けるのはなぜか。


届きそうで届かない。

でも、近づきたいと思ってしまうのは、そばにいたいと願ってしまうのは、どこかで望んでいるからか。


狼陛下の花嫁で居続けたい…と。















『警戒を解いてはいけない』

陛下の言葉がよっぽど身に染みたのか。次に使者の顔を確認したとき、夕鈴は飛び上がるほどに驚いた。

政務室から後宮へと戻る帰り道。
回廊の途中でばったり鉢合わせ、なんてならないように注意していたはずなのに。

突然前方に現れた隣国の使者に、夕鈴は言葉を失う。

注意して気を配っていたはずなのに、この巨人は一体どこから沸いて出たのか…。



「お妃さま、ご機嫌うるわしく」

あんまりうるわしくない。だが妃笑顔を絶やさずに、夕鈴は近づく使者に会釈した。


「先日の髪飾りはお気に召しましたでしょうか?」

「えぇ…とても」

「お妃さま、実は私、前々からお妃さまとお話したいと思っておりました…今お時間は大丈夫でしょうか?」

「今…ですか」

時間はたっぷりある。なんせお妃バイトを始めてから、有り余る時間をどう過ごすかということばかり考えているのだから。


「いかがでしょうか?」

にっこりと微笑む使者。その表情は端から見たらどこも含む所がない、完璧な笑顔。でも夕鈴の心は、陛下からの警告により陰りを濃くしていた。


「は…い」

仕方ない。とりあえず話を聞いて、さっさと退散しよう。

主導権だけは握られないように、夕鈴は自ら四阿へと誘導した。

ゆっくり腰を据えて使者と対面すると、不思議と政務室で感じた使者の異様な雰囲気はどこにも感じられなかった。
人の顔は案外見慣れるのかもしれない。


「昨日は大層無礼をいたしました。決して、お妃さまに失礼を働こうなどとはつゆほどにも思いませんでしたのに…」

眉根を寄せて苦悶の表情で語る使者に、夕鈴の心が徐々に解かれていく。


「お気になさらないでください」

「いいえ。お妃さまに対して出過ぎた物言いでした。どうぞお許しくださいませ」

「もう気にしておりませんわ」

「…良かった」

使者は夕鈴の言葉に安堵の胸を撫で下ろすと、ほっと息を吐き肩を落とした。


「やっぱりお妃さまは噂通り、お優しい方なのですね」

「いいえ、そんな…」

その噂は一体どこからなのか。前々から気になっていたが中々聞けない。


「それに…陛下の寵愛を一身に受けておられますし…まこと」

おうらやましい…小さく呟いた言葉は、四阿を吹き抜ける風にさらわれて聞き取れなかった。

「?」

「我が姫は、陛下に輿入れされる日を、日一日と待っていましたのに」

急に強張りだした使者の表情に夕鈴の心臓がどきりと跳ねた。

まずい…そう感じた時にはすでに遅し、夕鈴は使者が誘う暗き嫉妬の世界に身を置くことになる。


「お優しいお妃さまに、この胸のうちを聞いていただきたのです」

「……」

私が嫌だと言えば、この使者はすぐにでも立ち去るのだろうか。
お人好しの自分には、そんな真似絶対に出来ないと分かっていて心の中尋ねるのだから、どうしようもない。

夕鈴は深く嘆息した。


「お妃さま、どうかどうか、我が姫を陛下にお勧めしてはいただけませんか?お妃さまからの願いであればきっとお聞き入れいただけるはずです」

「私は…そんな権利はありません」

「姫は…麗姫さまは、決してあなた方の親愛に割って入ることなどなさいません。ただ、正妃になることだけ許していただければ、それ以上は何も望まぬお方です」

「お使者の方…」

呟いた夕鈴の目の奥に、鈍痛が伝わった。


「どうか、お妃さま。我が切なる願いをお聞き届けください」

使者は椅子から立ち上がり、頭を深く下げた。


苦渋に満ちた視線は、何を物語るのか。
巨体を縮め偽物の妃を敬まう仕草で、何を勝ち得ようとしているのか。

届かない思いであると知りながら、それでも願わずにいれない思いを抱え、妃に助力を求める使者。


届きそうで、届かない。でも、近づきたいと思ってしまうのは、そばにいたいと願ってしまうのは、どこかで望んでいるから。


この使者も私と同じだ。



頬を伝う暖かいぬくもりに、しばらく気づくことはなかった。

その水滴が自らの手の甲にぽとり…と落ちたとき、夕鈴は始めて涙を流していることに気づく。



「ごめんなさい…」

口をついて出た言葉は謝罪。

どうして、私はこれほど傷ついているのだろうか。



四阿を通り抜ける風が夕鈴の髪を揺らす。使者の着物の裾も同じようにはためかす。


その流れを目で追う視界がふいに遮られ、夕鈴ははっと意識を取り戻した。

涙を溜めた瞳に映る影。それは、陛下の姿だった。


「へ…いか?」

「夕鈴」

陛下は耳元で囁くと、夕鈴の体を抱きしめた。そのぬくもりがゆっくりと体を蝕む途中で、夕鈴はほっと息を吐いた。陛下という存在が安心となって全身を包む。


心の底からそば近くにある大きな存在に触れ、また涙が流れた。


夕鈴は陛下の背中に手をまわし、力の限りきつく抱きついた。




「妃に…何を申した?」

凍てつく空気に、四阿を取り囲む空間が震えた。

ひどく冷たい外気に、体がこわばり自由がきかなくなる。
夕鈴は陛下の腕の中、血も凍るような空気に身を縮めていた。


「私は…」

使者の吐く息が白く濁って見えるのは気のせいだけれども、感じる恐怖は同じであろうか…。


「我が妃に何を申した?」

「申し訳ありません。少し…お願い事を…」

しておりました…かすむ声が震える。怖いもの知らずのこの使者でさえ、陛下が放つ空恐ろしい恐怖には耐えられないようだ。

しなだれるように地面にひざをつくと、がっくり肩を落とした。


「では私に申せ。陰でこそこそ妃に頼み事など、使者でなければ…それこそ斬り捨てていよう」

陛下の吐く残酷な言葉、これほどそば近くで聞いたのは初めてだ。
いつまでも狼陛下に慣れない私に気を遣って、私のそばでは控えている…と聞いていたのに。


「どうやら命を粗末にしたいらしいな?」

「とんでもない」


「やめてください」

「夕鈴?」

涙をぬぐい、私は陛下を見上げた。

私のために…面倒ごとを招いてはならない。


「少し頼まれておりましたが、私には無理でした」

「……」

夕鈴は陛下の背中に廻した腕を解いて、半身だけ使者に向かう。
見つめた使者の瞳は、脅えおののいていた。褐色の肌がいつしか青ざめる。


「お使者の方…私にはその願いお聞き届け出来ませんわ、申し訳ありません」

「いいえ…」

使者は一言だけ呟くと黙ってしまった。


「下がれ」

使者は最後にふたりに礼を取ると、四阿から立ち去って行った。
後に残ったのは、いつもの陛下と、すっかり涙の乾いた夕鈴。




「夕鈴。警戒を解くなといったはずだ…」

時を置いて耳を貫いた言葉は、夕鈴の心の深層まで届く。

その言い回しは狼陛下のそれだったが、夕鈴には驚くほど優しく伝わった。


「すみません」

「怒っているわけではない。ただ…君が心配だ。君は…優しすぎるから」

「優しくなどありませんよ」

陛下の腕の中にいるだけで、自然と狼陛下の口調も夕鈴の耳に心地よくなびく。


「私に頼んだところで意味のないことなのに…それでも願わずにはいられないあの使者のことを思うと、心が痛むだけです」

「やはり君は優しすぎる。君が心を痛めることなど何一つ無いのに…」

「それは…」

無理ですよ…夕鈴は笑った。

狼陛下の花嫁を演じ続けると決めたあの日から、心を厭うわずかな気持ちから目を反らすことなど出来なかったのだから。


「じゃあ私は、君の痛みを取り除くために何をしたらいい?」

「……」

「君の笑顔を常に見ていたいために、どうしたらいい?」


こうして、そばに居てくれたら。抱きしめていてくれたら。
そんな贅沢な事、偽物の妃にはやっぱり言えない。


「いつも通りの陛下でいてください」

「それだけ?」

「はい」

夕鈴は微笑んだ。花の笑顔で。


「この仕事を続けると決めたのは私ですから。陛下は見守っていてください」

私の精一杯のわがまま、聞いてくれるだろうか。


「ダメ…ですか?」

「ううん。夕鈴が望むなら、君をいつでも見守るよ」

「ありがとうございます」

「でもやっぱり、時には頼ってほしい」

「陛下…」


「僕は、君の力になりたいんだ」

真剣な眼差しで囁く言の葉は、真っ直ぐ夕鈴の心に届く。


君の力になりたい…


そう、私も思っていた。ずっと以前から。




「私も、あなたの力になりたいです」














二次小説第21弾完了です

使者の登場で、ふたりの関係に進展を!とゆーことで書き始めましたが、思った以上にせつない終わりになってしまいました。
使者を悪役にしてしまい、少し可哀相だったかなぁ。
次回は明るくしたいです!

お付き合いありがとうございます




09:51  |  夕鈴片思い編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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