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2010.10.21 (Thu)

愛するふたりⅡ

Ⅰのつづきです。












「この場所で合ってるわよね…?」

日もすっかり落ちた彩翠殿の回廊。

周囲を見渡しながらおそるおそる歩む夕鈴の前に、突然現れた階段。危うく足を滑らせそうになったが、なんとか足を踏ん張り転げないように耐えた。


「あ…危なかった」

ほっと息をつく夕鈴。夕鈴の声は、静かな宮殿に思った以上に響いた。

夕鈴はほの暗い辺りを見渡す。夕鈴を纏う景色は、夕鈴の危険などそ知らぬ顔で、静かに佇んでいた。

さっきのような事、おっちょこちょいの夕鈴には多々あることだが、転げそうになったのはこの暗闇のせいだ。


『今夜、夜半過ぎ、宮殿裏の中庭に来て欲しいんだ。もちろんひとりで』

夕鈴は、陛下からのお願い事を思い出す。

人の少ない宮殿では、足下を照らす灯籠の数も少ないようだ。一寸先さえもはっきり見えない闇の中、夕鈴は慎重に歩みを進めていた。そんな矢先に起こったひやりとする出来事に、夕鈴は渋い顔を浮かべた。

とにかく進まないと。
夕鈴は大きく溜め息を吐くと、気を取り直して足を踏み出した。







ようやく辿り着いた中庭には、すでに先客が夕鈴を待っていた。


「夕鈴!」

現れた夕鈴の元へ陛下が駆け寄って来た。その姿を見て、やっと目的地に着いた…と、ほっと胸を撫で下ろした。


「ひとりで来れたんだね」

にこにこ…陛下が笑顔で呟く。のっけから最上級の笑顔を浮かべる陛下に、夕鈴は訝し気な視線を送る。


「ひとりで来てって言いましたよね?」

「うん、言った」

「思った以上に夜道が暗くて…遅れました」

たとえ一方的なお願い事であったにしろ、約束したからには時間は守るべき。

夕鈴は夜空を見上げる。丸い月は中天に昇っていた。
約束の刻よりも少し傾いた月を見ながら、夕鈴は陛下にぺこりと頭を下げた。


「来てくれただけで十分だよ」

陛下は笑顔を崩さずに夕鈴の手を取った。
誘われるままに、夕鈴は広い中庭の中央へと進み出る。


「この離宮でここが一番綺麗なんだ」

陛下の言葉を受けて、夕鈴は改めて周囲を見渡した。

確かに美しい。
まばゆいばかりにきらめく宮殿。その傍らに佇む庭園は、庭師により丹念に手入れされているのが窺える。小さな庭池に架けられた橋には見事な彫刻が施され、その彫刻と競うかのように水面に横たわる大輪の美しい花たち。頭上を覆うのは無数に輝く星空。

ひとつひとつ、目で追う夕鈴の顔がほころぶ。


「気に入った?」

「はい、とても…。昼間に見るよりも綺麗ですね」

「そうだね。休暇を過ごすならこの離宮がいいと思ったんだよ、だって…」

ふいに言葉を止めた陛下に、夕鈴は視線を向けた。陛下は、無数の光点が散りばめられた星空に釘付けになっていた。


「?」

空に何が…?


「夕鈴。おいで」

伸ばされた陛下の手を取る。


「目をつぶって。夕鈴」

「はい?」

陛下の要望に夕鈴は眉をしかめた。なぜ…言いかけた夕鈴の前には、すでに目を閉じた陛下が居た。


「あの…」

「早く」

一体何なの?
夕鈴は不可解な行為に疑問の気持ちいっぱいであったが、陛下に従い目を閉じた。視界が遮られても、夜空に輝く星たちの瞬きはいつまでも目の中に残っていた。

握られた手にゆっくりと力が込められる。


「夕鈴…」

名前を呼ばれたので、夕鈴はそっと目を開けた。


「まだだよ。まだ…流れていない」

「何です?」

「いいから…」

目を閉じて…耳元で囁かれる声に、夕鈴の頬が高揚するのを感じた。


しばらく黙したままずっと手を握り締めた陛下。
耳を澄ますと、星が瞬く声が聞こえるような気がした。


「もういいよ」

陛下の言葉で、夕鈴はそっと目を開けた。


「?一体…何ですか?」

見つめた陛下の顔は、夜空に浮かぶ星たちよりも輝く満面の笑みで夕鈴を見返していた。


「流れ星、流れたよ」

「え?そうなんですか?」

しまった、見逃した。目をつぶっていたから仕方ないけど。

願い事を言いたかったなぁ…と呟く夕鈴の横顔をにこにこと子犬の陛下が見つめる。

なんでそんなに嬉しそうなの?


「素晴らしい夜だね」

「はぁ…」

どこまでも満足気な様子の陛下に、夕鈴はそれ以上この不可解な行為の意味を尋ねることは出来なかった。




















楽しい時間はあっという間に過ぎる。

夕鈴に与えられた休暇はすぐに終わってしまい、また元通り平常な生活が始まっていた。久方ぶりの休暇に、身も心もすっかりリフレッシュした陛下もまた、元通り王様仕事に追われていた。



「美味しい…久しぶりに後宮のお茶を飲むわ」

昼食後に出された香茶を飲みながら、夕鈴は呟く。言われた侍女は優雅な笑顔を浮かべて微笑んでいた。

「離宮はいかがでございましたか?」

「とても楽しかったわ。それに…とても美しい宮殿でした。あなたたちが行きたいと言っていた気持ちも分かるわ」

「離宮の中で最も美しいと言われておりますもの。彩翠殿の庭園は王宮に負けず劣らずとか…」

「えぇ、とても綺麗だったわ」

夕鈴の脳裏に、ほんの先日まで過ごしていた離宮の風景が浮かぶ。楽しかった思い出に心を馳せる。


「ときにお妃さま。流れ星はご覧になられましたか?」

急に真剣顔で夕鈴を覗き込む侍女。夕鈴の返答を今か今かと待つ侍女に、夕鈴はまばたきを繰り返す。


「…見たけど…それが何か?」

「やっぱり!」

ぽんと手を叩いて飛び上がる侍女の様子に、夕鈴は驚いた。この喜びようは…一体何か。

ふふふ…嬉しそうにお茶を注ぎ足す侍女の横顔を食い入るように見つめたが、夕鈴には全く意味が理解出来なかった。
そういえば離宮へ行く前も、侍女たちはそわそわといつもと違う様子であった。


「離宮の星空はさぞ美しかったでございましょうね」

「そうね。何度も訪れたいと思うほど」

「まぁ…何度も訪れたいだなんて。お妃さまたちのご様子でしたら必要ないようですわ」

「え?どうして?」

実際もう一度訪れたいと考えていた。二度も行ってはいけない理由でもあるのか。


「どうしてって…」

急に頬を赤く染める侍女に、夕鈴は訝し気な視線を送る。夕鈴の視線を受けて、しどろもどろに侍女が言葉を紡いだ。


「お妃さま…庭園の中央で、陛下と流れ星を眺められたのです…よね?」

「!?」

な…なぜ?夕鈴の心臓がどきりと跳ねる。

流れ星を見たと言ったが、誰も陛下と見たとは言っていない。ましてや庭園の中央で見たなんて、なぜ知っているのか。心の動揺を隠し切れずに、夕鈴は質問した。


「どうしてそれを…」

知っているの?夕鈴は立ち上がって、侍女の顔を見つめた。

まさか…見られていたわけでもあるまい。この侍女はずっと後宮に居たはずだ。


「だって、あそこの庭園は伝説の場所ですから」

「伝説?」

なにそれ?予想しなかった単語に、夕鈴の表情が曇る。


「愛し合うふたりが夜空の下、永遠の愛を誓うと星が流れる…」

侍女の語りが響く。まるで子守唄のように。

夕鈴は黙したまま大きく瞳を見開く。突然立ち上がり呆然と立ちすくむ妃の姿に、侍女も同じく言葉を失っていた。


「お妃さま。わたくし…何か…」






「夕鈴」

ふいに室内に響く低い声に、侍女は慌てて振り返った。その姿を確認した侍女は、さっと拝礼すると後方へ一歩下がる。

妃の部屋の扉に寄りかかる形で、陛下が立っていた。

夕鈴はまだ整理のつかない頭を抱えながら、条件反射でとりあえず礼をとった。しばらくして頭を上げると、陛下が目の前に立ち、夕鈴の顔をじっと見下ろしていた。


「どうした?そのような顔をして…」

夕鈴の長い髪に指先を絡ませながら、陛下が甘い表情を浮かべる。


「……いえ」

愛し合う?永遠の愛?伝説?
先ほどの侍女との会話に飛び出した単語が、次々と夕鈴の頭の中に流れる。


「まだ旅の疲れは取れないか。離宮で少しはしゃぎ過ぎてしまったようだ」

「……」

陛下の言葉が、右から左へ流れる。


「夕鈴」

陛下は目にも止まらぬ速さで夕鈴の腰に腕をまわすと、そっと細い体を引き寄せた。


「私がそばに居るのに…何をぼんやりと考えているんだ?」

「!?」

息もかかりそうなほど近くにある陛下の端整な顔に、夕鈴ははっと意識を取り戻す。途端に、夕鈴の顔に赤が刺した。

いつの間に!?
がっちり捕らえられた陛下の腕の中、夕鈴はじたばたと手足を動かす。


「初々しいことだ」

陛下は満足気に答えると、さっと左手を上げた。頭を上げずに控えていた侍女は、合図を受けて音もなく扉へと向かう。

その後姿に向かって、陛下が大きく口を開けて言い放った。


「侍女よ、もちろん星は流れた」

「それは…よろしゅうございました」

侍女はほっと息を吐くと、軽く会釈して部屋を後にした。


後に残ったのは、すっかり狼の仮面を脱ぎ捨てた陛下と、真っ赤に染まった兎が一匹。




「陛下、説明してください!」

「ははは…」

「笑い事じゃありません!伝説なんて…聞いてませんよ」

どうりで、侍女の様子がおかしかったわけだ。
今になって思えば、離宮へ一緒に連れて行って欲しいとせがまれた理由も分かる。伝説なんて…世の一般女子には堪らなく興味をそそる話題の場所に、行きたくないわけがない。


「だって…知ったら、夕鈴来てくれないと思ったから」

「騙すなんてひどいですよ!」

「だけど…星は流れた」

陛下が口端に笑顔を浮かべて呟く。

意地悪そうでいてどこか甘い表情の陛下に、夕鈴の心臓が大きく跳ねる。
どきどきと波打つ鼓動に、夕鈴はいたたまれず視線を反らした。



『愛し合うふたりが夜空の下、永遠の愛を誓うと星が流れる…』


あの夜の記憶を思い出すと、恥ずかしすぎて心が締め付けられる。
軽く痛みさえ伴うこの気持ち、どう表現したらいいのか分からない。

星が流れたのはきっと…。


「夕鈴」

柔らかく名前を呼ぶ声が耳に届く。

見上げた陛下の表情は、あの夜と同じくらい輝いて見えて、胸が熱くなった。












二次小説第27弾完

今回は王宮の外でのお話です。
伝説の離宮をテーマにおもしろ楽しく書かせていただきました。

伝説の場所で永遠の愛を誓って、一体陛下はどうするつもりなんでしょうね

最後はあま~く終われて満足です。長文にお付き合い、ありがとうございました



00:59  |  離宮・王宮の外編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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