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2010.11.01 (Mon)

手紙Ⅰ

「手紙」

陛下が旅立つお話です。夕鈴目線で少し長め。

ではどうぞ。
















じゃあ行ってくるね、夕鈴。
耳元で小さく呟かれた言葉に、夕鈴は笑顔を向けた。


「お気をつけて行ってらっしゃいませ、陛下」

東へと旅立って行く陛下の後姿を見送りながら、夕鈴は深々と拝礼した。



顔を上げた夕鈴は、そばに立ち同じように見送る李順と目が合う。


「陛下がご不在の五日間。いつも以上に妃演技に力を入れて、お仕事に励んでくださいね」

「はい」

恐い恐い上司の氷の笑顔を見据えながら、夕鈴はこくりと頷いた。












今朝、陛下は東の地に旅立った。

表向きは地方に数多くある王直属の宮殿への滞在であるが、実際は、まだまだ内情不安定な東の地の視察と地方政界の監視が目的であった。

最近はとにかく忙しくバタバタと仕事をしている陛下。
お茶を飲む時間も惜しいほどに政務にカンヅメ状態の陛下を傍らで見ていて、夕鈴は何度も心配の言葉を投げていた。

今回の視察も前日の夜に急に決まったことであり、夕鈴は随分と驚いた。

結局、ろくに話をする暇もないまま、旅立つ陛下を慌てて見送り今に至る。


『陛下が帰られるまでの五日間、妃の自覚を持ちバイトに励もう』

そう堅く決心して二日目。今のところ順調に進んでいた。




この日のバイトも無事に終わろうとしていた。

湯殿から戻った夕鈴は居間の卓に置かれた白い料紙を見つけ、視線を止めた。夕鈴の瞳に、広げられた真っ白の紙が映る。

これは?
料紙のそばにあるのは、墨と筆。まるで何か書き物でも出来そうな体裁に夕鈴は眉をしかめた。


身に覚えのない。
誰かの指示で用意されたのか…それとも。

見るからに高級な料紙を手に取ったときに、ちょうど妃付の女官が入室してきた。

目が合うと女官はにっこり笑う。


「これは…どなたかの指示でしょうか?」

頭に一瞬だけ怖い上司の姿が思い浮かんだが、懸命に払拭した。

まさかね。
宿題を出された覚えはないわ。

それに、この日の業務はすでに終了している。夕鈴には時間外勤務をするつもりはさらさらなかった。


「いいえ」

女官はそう答えると目の前に進み出て軽く拝礼した。


「勝手ながら用意させていただきました」

「?」

「その…陛下にお手紙を書かれてはと」

「手紙?」

思いがけない女官の提案に、夕鈴は驚きの声を上げた。


「しばらく留守にされる陛下に手紙を書かれてはいかがかと思いまして…」

女官が自らの提案に納得顔で頷く。

みなまで聞かなかったが、言葉の続きはあらかた予想出来る。
旅の無事を願い、離れた場所に居る夫に文を送れということか…。

女官の嬉しそうな表情に夕鈴は苦笑する。

偽装夫婦には必要のない演出。
私を思って用意してくれているのだけれど…はっきりいってありがた迷惑、余計な気遣いである。
もらった陛下も困るでしょうに。

夕鈴は女官には聞こえないように溜め息をついた。


「愛しい人からの手紙は何よりも力になります」

女官がそっと呟いた。

愛しい人…その言葉に夕鈴は頬を赤らめた。


「旅立つ前の陛下の心痛を思えば、大層な慰みになるかと…」

心痛!?

王宮を旅立つ前の私たちのやり取り、どうやら陛下の態度はこの女官には心痛に感じたらしい。


夕鈴の脳裏に今朝の風景が浮かんだ。

苦悶に満ちたその表情は、ただ一心に妃と離れたくない王の姿を演出していた。

いつも…陛下の完璧な演技を思うと、感心するばかりである。
その一方でなんだか騙しているような…騙されているような不安定な気持ちになる。

案の定、この女官はまんまと陛下の演技に騙されたのね…。


「お妃さま。いかがでございましょう?」

女官の問いかけに、夕鈴は慌てて向き直る。


「そうね…」

どうしようかな。せっかく用意してくれた女官の為にも書こうかしら。


「陛下がお帰りになるまであと三日。お妃さまのお寂しい気持ちが少しでも癒されれば良いのですが…」

「さ、寂しいなんて…」

そんなことはない…とは言えない。夕鈴は戸惑いがちに言葉を止めた。


「陛下もきっと喜ばれましょう…」

侍女が声高く呟く。
夕鈴は、恐らく微笑ましい笑顔で佇んでいるであろう侍女の顔を、まともに見ることは出来なかった。


あぁ…いたたまれないことこの上ない。

書くしかないわね。
無碍に断ったりでもしたら、仲良し夫婦の噂に傷がつきかねない。

夕鈴は浅く息を吐くと、並べられた料紙と筆、硯が置かれた卓の前に進み出た。
女官がさっと横に立ち椅子を引くと、促されるままに腰掛ける。


「……」

陛下が帰られるまで、あと三日か。
家族以外への手紙なんて…久しぶり。

夕鈴はそっと心の中呟いて、筆を取った。













陛下が東に旅立って三日目。

この日、夕鈴は朝から後宮の立ち入り禁止区域の清掃活動に従事していた。

政務室へ訪れる必要がないため、陛下が居ない間第2のバイトに本腰を入れて取り掛かることが出来る。

普段よりも気合いを入れて掃除しようとした矢先、突如現れた後宮管理人なる老人に夕鈴は邪魔されることになる。

夕鈴の気合いとは裏腹に、朝から掃除が進むことはなかった。


夕鈴は半ば諦め気分で老師のおしゃべりに耳を傾けていた。
やたら血色が良く浮き足立って見えるのは話相手が出来た喜びからか。

今日の老師はとかく機嫌良く、口の滑らかさはいつも以上であった。


「そこでわしは言ってやったんじゃ。いい加減にしろと。わしがすごんだ途端に尻尾を巻いて逃げて行ったわ」

老師の豪快な笑い声が室内に響く。

さっきから、何やらよく分からない武勇伝が続いていた。
いずれも老師が若い頃の話、陛下とも李順さんとも出逢うもっと以前の話だったので、信憑性は不確かなのだが。

老師の得意気な丸顔をちらちら見つめながら、夕鈴は適当に頷いていた。


「聞いておるかの?お妃よ」

「はい!聞いておりますよ」

しまった。適当に相づちを打っているのがバレたかしら…。
夕鈴はどきりとしながら、薄く細められた老師の目元を見つめた。


「心ここにあらずじゃの…それほど陛下がいらっしゃらないのは辛いか」

「……は?」

急に何を言い出すのか。夕鈴は怪訝に聞き返す。


「隠さんでもよいぞ。ぜ~んぶ分かっとるわい」

口を緩ませて老師が笑う。

このにやにや顔は覚えがある、何度も。

夕鈴はあえて気づかないふりを装って、床磨きに力を入れた。


「このシミなかなか取れないわ…やっぱりお湯を使わないとダメかしら…」

ぶつぶつぶつ…独り言を連発する。


「こら、何を無視しとるんじゃい!」

「……何です?」

無視じゃなくて、最初から聞こえないふりなんだけどな。

話を反らしたくて言った独り言だが、どうやら怒らせてしまったようだ。

まったくもう…鼻息荒く呟くと、腕組みをした老師が不機嫌そうに夕鈴を見つめる。


「お妃よ。わしは知っているぞ」

ビシッと夕鈴を指差す老師。いつの間にか一段高い場所に移動して夕鈴を見下ろしていた。


「何をでしょうか?」

「お前さん、陛下に逢えない寂しさから手紙を書いたそうじゃな」

「!?ち…違います」

何という勘違い。
夕鈴は立ち上がり老師に詰め寄った。


「どうしてもと女官に勧められたので書いたのですよ。寂しくて書いたなんて誰が言ったんですか!」

夕鈴は訝し気に答えた。


「違うのか?」

「全く違います。事実無根ですよ」

「何じゃ、つまらんの…」

夕鈴の言葉に老師が肩を落とす。

つまるつまらないの問題ではない。勝手に事実を改ざんする老師に夕鈴は呆れた視線を送った。

それにしても…どこから情報を仕入れてくるのか。後宮管理人とはどこぞの情報屋か何かかもしれない。


「とにかく根も葉もないことですので勘違いはやめてくださいよ」

「じゃが書いたのは事実であろう?妃からの手紙とは…恋文ではないか」

お熱いのぅ…なんて微笑ましく語る老師。

恋文!?
げ、冗談じゃないわ。


「恋文とは程遠い当たり障りのないごくごく普通の文章です。ご期待には添えませんよ」

夕鈴はすかさず返答した。


「あぁ、もうじれったいの…」

「は?」

今何か言った?この老人…。
懲りない老師を夕鈴は冷ややかに眺めた。


「陛下がお前さんを気に入っとるのは間違いない!お前さんに足りんのはあと一歩じゃ」

「意味が分かりません」

「わしの目に狂いはない。お妃よ…黙って陛下の胸に飛び込めい」

「飛び込みません」

夕鈴は即答する。
夕鈴の電光石火の受け答えに、さすがの老師も口をつぐんだ。

変に期待して痛い目を見るのだけは避けたい。

狼陛下は絶対に好きになってはいけない人…。
精一杯自分自身に言い聞かせてきたこと、そうやすやすと剥がされてたまるか。

夕鈴は堅く頷くと老師と正面から対峙した。


「とにかく…適当なこと言って無理やり陛下との仲をくっつけようとしないでください。職務妨害ですよ」

「むむむ…何という強情さ」

老師はわざとらしく息を吐いた。


「お前さんは頑固じゃ」

「頑固で結構!」

頑固の塊で出来てるんだから。




「何が頑固なんです?」

突然響く神経質な声に、夕鈴と老師は顔を上げる。
ふたりが一斉に振り返ると、戸口に李順が立っていた。


「何じゃ…若造めがねか、何用じゃ?」

「あなたではなく夕鈴殿に用事ですよ」

李順は訝し気に答えると、夕鈴に視線を投げた。


「?」

「陛下が居ないからといって、お仕事サボっていらっしゃらないでしょうね」

「も、もちろんです」

夕鈴は慌てて答える。声が上擦ってしまうのは日頃の恐怖からか…。


「あなたに届け物です」

李順はごそごそと袂を探った後に、薄く丸められた書巻を差し出した。


なんだか見覚えのある料紙。
夕鈴より以前に、それが何であるか気づいた老師の瞳が丸く輝く。





「陛下からの手紙です」





Ⅱへつづく。
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