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2010.11.26 (Fri)

空色に手を伸ばしてⅠ

「空色に手を伸ばして」

夕鈴目線です。
氾紅珠が初登場します。他にもやたらと氾家が大活躍。

ではどうぞ。
















「今日も可愛らしいご衣装ですね」

何気なく言った一言。いつもの妃演技に織り交ぜて、紅珠に言った一言。
その一言がこんなに大事件を起こすなんて、そのとき私は想像もしていなかった。
















「お妃さま」

いつも通りの朝、政務室へ向かう準備をしている夕鈴の耳に、聞き慣れた侍女の控えめな声が届く。
振り返ると、居間の卓の上を遠慮がちに指さす侍女の姿。卓の上には華奢な模様が彫られた木箱が置かれていた。木箱の半分を包んでいた薄絹の布を見て、夕鈴は浅く息を吐く。


「また…」

「はい」

夕鈴は、侍女の返答と同時に椅子から立ち上がると、もう見慣れてしまった薄絹の布に手で触れた。手に伝わる肌触りの良い滑らかな触感は、とても高価である証拠。夕鈴は、格子窓から差し込む朝の清純な光に照らされて、細かく光る薄絹の布にしばらく見とれていた。
光に透けて輝く様は、まるで羽織にでも出来そうな体裁だ。これほど高価な布を惜しげもなく包みに使う家なんてひとつしかない。


「氾家からの贈り物ですわ」

そう、またか…。
夕鈴は、氾家からの贈り物だと告げる侍女と顔を合わせると、掴めない微笑を浮かべた。夕鈴の微笑に、手慣れた侍女がほがらかな微笑みで返す。


「中を確かめられますか?」

「えぇ…」

夕鈴は、開封間際の“贈り物”に仕方なく近づいた。
先日の毒蛇事件後、見るのも触るのも嫌だった妃への贈り物だが、送り主が送り主だけに中を確認しないわけもいかない。それに…連日の氾家からの素晴らしい贈り物、中を確認するのが少し楽しみでもあったので、それほど億劫ではない。

ここ連日、夕鈴へとたびたび贈られてくる贈り物の差し出し主は、氾家当主の一人娘、氾紅珠であった。
妃への嫌がらせが落ち着きを見せてきたここ白陽国では、最近、こぞって妃へ贈り物をする臣下が増えていた。すべては陛下を通じて。
純粋な贈り物などひとつもなく、妃へ恩をうっておいて見返りを求めたり、もしくは妃からの助力を期待する臣下たちの思惑が込められた贈り物ばかり。そんな贈り物はすべて、陛下を通して贈られているのだが、紅珠だけは違っていた。


「また、お妃さまへ直接の贈り物ですね。よっぽどお妃さまのこと、お好きなんですわ」

侍女が溜め息混じりに呟く。華奢な包みを誤って破いたりなどしないように、慎重に包みを解く手を止めずに。
妃と上品に会話しながらも手も動かし続けるなんて、良くできる芸当だわ…夕鈴は関心しつつ、止まることのない侍女の優美な手の動きを観察していた。


「でも、高価な贈り物ばかり、困ってしまうわね…」

これは事実。連日の妃宛ての贈り物。中を確認するも、どうしていいか分からず、結局そのまま箱に収められて、部屋の隅に積まれていた。


「お妃さま宛てなのですから、どうぞお使いくださればいいのに」

「そんな…」

そんなわけにはいかない。仮の妃への贈り物はすべて、李順の管理下に置かれている。無断で使用したとあれば、あの怖い上司が黙ってはいないだろう。あの粘着な口調でねちねちと…文句を言われるぐらいならば耐えられるが、怒られてしまっては為す術もない。上司の怒りは何よりも怖い。まぁ…狼陛下が与えるあの恐怖に比べたら、なんてことはないのだけど。

侍女の手前、臨時花嫁のことは言えないので、夕鈴はおし黙ったままぞくりと伝わった身震いに耐えていた。背中にひやりと冷たい汗が流れたような気がして、夕鈴は顔をしかめた。
下手に思い出してしまったせいで、恐怖が身を包んでしまったようだ。まだまだ私も修行が足りない。

姿を思い出すだけで、これほどに恐ろしく感じる上司なんて、このバイトが初めてだわ。夕鈴は疑問を込めて見つめてくる侍女に対し、曖昧に微笑み返した。


「どうかなさいましたか?」

夕鈴は頭を左右に何度か振ると、侍女の器用に動く指先に視線を送る。


「まあ…」

包みを開けた侍女の目が輝く。夕鈴も同じように、大きな瞳を見開いて見つめた。

やはり…あの氾家の贈り物は箔が違うわ。李順が目を変えて喜ぶ姿を想像して、夕鈴は苦笑した。


空色に光る。まるで、澄んだ夏空の青色。


「なんて素敵…」

夕鈴は感嘆の息を漏らした。




















「お久しゅうございます。お妃さま…」

静かな回廊に、かすむ声が小さく響いた。声の主は、氾紅珠。まだ少女のような愛らしい微笑みを浮かべて近づいて来る様子に、夕鈴は自然と目を細めた。

いつでもこの可愛らしい美少女の微笑みは、夕鈴に真っ直ぐ届いて、心の中をざわざわとかき立てる。ときに癒され、ときに傷つき、ときに…深く悩ましく、どう捉えてよいのか分からない微笑み。でも、嫌いじゃない。気立ての良い笑顔を浮かべて慕ってくるこの少女に、むしろ好感を感じている。陛下に言わせれば、含みのある微笑みだ…なんて言うのだろうけど。


「こんにちは。紅珠」

夕鈴は、腰を折って優雅にあいさつする紅珠に笑顔を向ける。途端に顔を輝かせて紅珠が笑った。


「今日は良いお天気ね」

「はい!わたくしもそう思っておりました。お妃さま、よろしければ今日はお庭を散歩いたしませんか?」

「ええ…」

穏やかに降り注ぐ日差しにうずうずしていた。夕鈴は、出来れば飛び跳ねて喜びたい気持ちを隠して頷く。

いつでも優美におしとやかに、特にこの娘の前では徹底しなければならない。紅珠が見せるこのあどけない笑顔を前に、ときどき妃演技が崩されそうになるが、夕鈴には素直に仕草を見せることは絶対に出来なかった。

陛下が警戒を解かないためだ。


初めて氾家の人間と逢ったのは、まだ紅珠とこれほど仲良くなる前。その人間とは、紅珠の父であり氾家当主の氾史晴だった。
氾大臣と面会する前、陛下はいつもに増して、警戒心を露わにしていた。あの大臣苦手なんだよね…陛下の言葉を思い出す。ただ苦手なだけであれほど警戒するのはおかしい、きっと何かあるのだが、それはまだ夕鈴には知りえない。
だって、私が逢う大臣はいつも、どこまでも優しく低姿勢で、いい人そのものだったから。警戒を露わにして面会したのが申し訳なるほどに。それは今も変わらない。
自分の認識は過信しないほうがいい…そう陛下に言われた。あのときは傷ついたけど、最初に植え付けられた自らの認識はそう変わらない。
だから困っている。氾家の人間と逢うたび、陛下の警戒色がどんどん濃くなっていくことに…。

夕鈴は深く嘆息した。

心を覆う空気をすべて外に押し出すと、嫌な気分が取れたような気がして、夕鈴の心は軽くなる。嫌な気分とは、氾家の人間をいつまでも警戒し続けなければならないことでも、夕鈴の認識が努力しても変えられないことでもない。

陛下の、あの人の人間不信さが心苦しい。

自らを思って親切に声を掛けてくる、心配してくる臣下に対してもまったく隙を見せない狼陛下。それどころか、きっと裏があるのだろうとバッサリ切り捨てる。
暗い陰りを落とす胸の内にそっと手を置いて、夕鈴は孤独な王様の姿を思い浮かべた。


綺麗な箱の中身は…見返りや悪意。

その言葉に間違いはないのだろうけど、それでも信じたい。
狼陛下の花嫁であり続けている間は、あの人のそばで、あの人が拒むものすべてを信じたい。


「お妃さま…?」

急に黙り込んだ夕鈴に、遠慮がちにかかる声。
夕鈴ははっと気づいて、紅珠へと視線を戻した。


「えっと…どこのお庭がいいかしら?」

夕鈴は秋晴れの空を見上げながら呟く。薄く雲かかる空は晴天。どこまでも澄みわたる青に、夕鈴の思考がふと止まる。


「そういえば紅珠。先日は素晴らしい贈り物をありがとうございました」

夕鈴は、氾家からの贈り物を思い出していた。今日の空の色のように、美しく澄んだ青。


「お気に召されましたでしょうか?きっとお妃さまにお似合いになると思いますわ」

声を弾ませて紅珠が言う。満面の笑みを浮かべて。


「あれは染め屋に頼んで、特別にあつらえましたのよ。あの空色は今流行りの色で、ちょっと贅沢なんですけど絹に染めて縫い上げると光沢が増して…」

滑らかに語る言葉は、止まる兆しを見せない。最近気づいたことなのだが、どうやらこの手の話は紅珠の得意分野のようだ。目を輝かせて語る少女の姿に、夕鈴はひとつ苦笑した。


「あっ失礼しました。わたくし…長々と。でも、お妃さまにぜひ着ていただきたくて!この衣装は今、白陽国で一番流行っておりますのよ」

夕鈴は笑いを抑えながら、必死で語る紅珠を眺めた。これも最近気づいたことなのだが、どうやら紅珠は“流行もの”には目がないらしい。
流行ものは何でも手に入れるんだと、以前話していた。きっと、娘に甘い氾大臣が仕方なく買ってやっているのだろう。柔らかく緩む顔をさらにくしゃりと破顔して、娘のわがままに答える姿が安易に想像出来た。

先日氾家から届いた空色の衣装は、夕鈴のために特別にあつらえたものだと言う。

贅沢な絹をふんだんに使い、青色に染めた布に金糸で模様を刺繍した、実に豪華な衣装。初めて見たときは、これが着るものだとは思えなかった。目もくらむような美しさに、ただ夕鈴は言葉を失って魅入っていた。


「本当に美しい衣装ね」

「そうでございましょう?今度お逢いするとき、ぜひお召しください!」

「え!?」

あれを着るの?夕鈴は目を丸くした。


「私にはもったいないわ…」

夕鈴は首を振る。途端に紅珠が迫って来た。
夕鈴の手を堅く握りしめると、整った美しい顔でじっくり見つめられた。

う…見れば見るほど美少女、なんて考えている場合ではない。夕鈴は動揺を抑えて、何気ない笑顔でどうしたの…と尋ねた。


「そんなことありませんわ!お妃さまは陛下の唯一のお妃さま。あの衣装を着るにふさわしいのはお妃さまを置いて他はおりません」

「そんなこと。あぁ…紅珠が着ればいいじゃない。きっと似合うわよ」

それがいい。あんな高価な衣装に袖を通すなんて、考えただけでも胃が痛む。もし誤って破いてでもしたら…またぞくりと背筋に震えが来るようで、夕鈴は気をひきしめた。

鬼上司よ、心の視界から綺麗さっぱり消えてゆけ。


「わたくしの衣装ではありません。お妃さまに着ていただきたくてお贈りしましたのに…」

目に涙を浮かべて見上げる紅珠の姿に、夕鈴は心を痛めた。私の心無い一言が彼女を傷つけてしまった事実が、狂おしくて溜まらなくなる。

夕鈴は慌てて紅珠の握りしめる手に力を込めて、握り返した。


「ごめんなさい紅珠。でも…普段着るにはもったいないので、特別な日に着ることにするわ」

我ながら上手い言い分。夕鈴は泣きじゃくる紅珠を宥めつつ、柔らかく微笑みかけた。


「では、今度お逢いする日を特別にしてください」

「え!?それはちょっと…」

口ごもる夕鈴に対して、紅珠が迫る。


「お願いします。でないと…わたくし悲しい」

悲しい?なんで悲しくなる必要があるのか。
夕鈴は、涙のせいで艶の増した美少女を、まばたきを繰り返して見つめた。これでは、泣き落としと同じではないか。きっと私が男なら、紅珠の姿にくらくらと…気がふれてもおかしくない。


「それに…以前わたくしの纏う衣装を可愛らしいとおっしゃってくださったので、ぜひお妃さまにも可愛らしい格好をしていただきたいのです」

確かに言った。
本当に何気なく言った一言に感化されて、衣装を贈ってきたということか…夕鈴はそれほど遠くない日の会話を思い出すと、軽く頭を振った。

可愛らしい格好なんて、偽物の妃には必要ない。ただでさえ上物の着物を身に着けているだけでも、良心が痛んで仕方ないのに。


「お妃さま…」

まるで子猫のような瞳の紅珠が目に映る。
陛下が子犬ならば、紅珠は子猫か。甘えるような猫撫で声でおねだりをして、愛くるしい丸い黒目でお願いごとを呟く。

夕鈴はたじろいだ。
陛下といい紅珠といい、私がこの目に弱いことを知っているのではないか。


目の前で揺れ動くうるんだ瞳をぼんやり見つめながら、夕鈴は深くため息をついた。





Ⅱへつづく。

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