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2010.12.25 (Sat)

あなたの優しさに包まれて

「あなたの優しさに包まれて」

夕鈴目線の短文。
このタイトルを考えていて、ジブリ映画が観たくなりました。

ではどうぞ。













早くしないと私は…この人に与えられる幻想に本気で傷ついてしまう。

だからお願い。

そんな風に言わないで。

















なんだろう…もやもやする。
完璧に磨かれた床の上、膝をついた夕鈴は、ぞうきんを握りしめる手から力を抜いて大きなため息を吐いた。
床に映った自分の顔は、何やら苦しそうに見える。ため息を吐いた後の暗い表情を固めたまま、夕鈴は胸を押さえた。
心音は正常…だが、昨日から胸をかすかに覆うこのもやもやは何か。

なんだろう…もやもやする。
それに……頭に、焼き付いて離れないのはなぜだろうか。
夕鈴は再度大きく息を吐くと、傍らにあった水桶にぞうきんを放り投げた。

ちゃぷん…乾いた音が室内に響く。
その響きが鳴り終わらぬうちに、がたがたと大げさな足音を奏でて夕鈴の背後から近づいて来る人物。騒々しい足音に混じって、いつかどこかで聞いた鼻歌が聞こえた。夕鈴は目で確認することなく、水桶を手に立ち上がる。


「何か御用ですか?老師。掃除はもう終わりましたけど」

鼻歌の主に向かって尋ねる。


「うむ、そのようじゃな。相変わらずお前さんは掃除が上手いの」

夕鈴の前に現れたのは、見慣れた小さな姿。
たっぷりと重たい白ひげに食べかすを付けながら、ぼりぼりとせんべいをかじり微笑む老師に、夕鈴は怪訝な顔を浮かべた。
さっき磨いた床にせんべいが落ちるのも時間の問題か…夕鈴は半ば諦め気味に、丸顔の老師を遠方から眺める。


「今日も政務室通いかの…」

「いえ、今日は…このまま後宮に戻ります」

政務室と言われて心臓がどきりと跳ねる。すぐに脳裏に浮かぶのは、昨日の陛下の顔。なぜかは分からないが、昨日から…まるで焼き付いたかのように、頭から離れない。

もやもやに加えて胸が苦しくなってきた。呼吸をするのも息苦しいぐらいだ。夕鈴は激しさを増す鼓動に気づかれないように、では…と踵を返した。


「なんじゃ慌てて」

「今朝はちょっと気分が良くなくて…申し訳ありませんが、これで失礼します」

お相手できずにごめんなさい…夕鈴は少し寂しげに見送る老師の顔をあまり見ないようにして、立ち入り禁止区域を後にした。
















昨日からどこかおかしい。
もやもやと…心を覆うこの気持ちは、一体何か。

夕鈴は薄暗い室内で、昨日の出来事を回想していた。
途端に、甘く切ない声が耳に届いて、耳の後ろがざわざわとこそばくなる。夕鈴は軽く頭を振ると、耳の後ろに爪を立てた。爪先が与える痛みを感じながら、それでもぬぐいきれない刺激に眉根を寄せる。

何度となく思い出していたせいで、夕鈴の眉間には、くっきりとしわが刻まれていた。


「どうしちゃったんだろう…私」

声に出すと、夕鈴の全身から鳥肌が立った。その鳥肌が全身を駆け巡った後、夕鈴は耐えきれなくなって寝台に突っ伏した。枕に顔を埋めると、大きく深呼吸を繰り返す。


『君が私の妃だ』

昨日、確かに陛下はそう言った。はっきりと、私の目を見てそう言った。
その目が、その声があまりにも真剣で、本当の言葉に聞こえたから…だから私の心臓は止まりそうになった。体中を伝う震えが制御できず、次の瞬間には腰を抜かしていた。

思い出すと顔が熱くなる。
燃えるような熱が顔中を巡り、さらには夕鈴の心臓を締め付ける。


「……」

昨日のあの瞬間も、心臓が締め付けられそうだった。
陛下と紅珠が触れ合っている姿を見たとき。

あのとき、同時に気づかされたのかもしれない。
私はどこまでいっても、ただの臨時花嫁なのだと。雇われの花嫁、借金というつながりだけで今の私の立場が成立している。
あの人の……歯の浮くような甘いセリフも、妃限定の優しいまなざしも、木漏れ日のような笑顔もすべて、すべて演技だ。

ときどき…勘違いしそうになる。
私はもしかしたら、特別なんじゃないかと。

その勘違いが確信に変わる一歩前で、いつも頑なに拒み続けるのは、まだ自分の心が幼い証拠。

私は怖いのだ。
陛下が与える優しさが。私だけに見せる笑顔が。柔らかな気遣いが。
あの無限の優しさにどこまでも包まれたいと願ってしまいそうで、あの笑顔の傍らでずっと居たいと望んでしまいそうで、そんな浅はかな望みを抱く自分が怖い。

だから今は、嘘でも私は言い聞かせる。
勘違いするな、夕鈴。あれは、寵妃を愛する陛下を演じているだけ。
君がいればそれでいい…だなんて、きっと幻なんだから。偽りという名の幻想、そんな幻想に振り回されるなんて、私の心がきっと許しはしない。


















「夕鈴」

いつもと違い冷たく響く声音に、夕鈴の背筋がぞくりと震えた。


「は、はい…」

夕鈴は用意していた笑顔を作り振り向くと、陛下に微笑みかけた。


「一体どうした?」

「な、何がでしょうか…」

口元に上品な笑みを浮かべながら、夕鈴は手近の花を手折る。その見事に大きな花弁の香りを余すことなく吸い込むと、腕に抱えていた花かごに入れた。

ここは後宮の中庭。
初冬の庭では、大輪の花々が見頃を迎えていた。冬に咲く花たちはどれも皆美しい。夕鈴は微笑みを絶やさずに、陛下からごく自然に中庭へと目線を移した。
今は妃演技中。動揺するわけにはいかない。
そばに控える侍女たちは、目の前の微笑ましい雰囲気を満足気に眺めつつ、にこにこと熱視線を送っていた。その当たり前の風景にほっと胸を撫で下ろすと、夕鈴は新たに花を手折る。
陛下は、しばらく無言のまま夕鈴の不器用な微笑みを眺めていたが、やがて手を差し出して花かごを奪っていった。


「!?」

「君が摘んだ花を部屋に飾って欲しい」

陛下はそう言うと、夕鈴の傍らに立ち、夕鈴に花を摘めと促す。


「は、はい」

いつもと違う行為に少し戸惑いつつ、夕鈴は形の良い花を何本か手折り、陛下が抱える花かごに差し入れた。


「っつ!」

「どうした?」

夕鈴が顔を歪める様子に、陛下が怖い狼陛下の表情に切り替えて尋ねて来た。


「ちょっと…指を」

「葉先で切ったか」

陛下は眉根を寄せながら、夕鈴の血で赤く染まった指先に触れて、口に含んだ。
甘い行為に赤面しそうになるが、夕鈴はじっと耐える。頭の中では、動揺が上手く隠しきれずその結果、集中力が足りずに怪我をしてしまった失敗を、深く反省していた。

失敗、失敗…これじゃ、変に思われちゃう。
夕鈴は赤い顔のまま、怪我をした指先ただ一点を凝視していた。

陛下は夕鈴の指先から血が止まったことを確認すると、手巾を取り出しすっぽりとくるんだ。


「とりあえず応急処置だ。部屋へ戻ったら侍医に手当してもらうといい」

「ありがとうございます」

軽く頭を下げると、まだ心配そうに見つめる陛下を見上げた。
途端に胸が苦しくいたたまれなくなる。昨日、私を追いかけて来た表情と重なるような気がして、顔が熱くなる。


『君が私の妃だ』

陛下は、どうしてあんなことを言ったのだろうか。
私が逃げたから?やっぱり…臨時花嫁が逃げるのは陛下にとって困るから?
つまらない考えばかり頭をよぎる。陛下のそばに居ることで与えられる幻想に、心が貪欲になった証拠かもしれない。

夕鈴は心の中、深く溜め息を吐いた。
こんな私を、私は望んでいない。いつでもどこでも、私の立場は私がわきまえているから。
だからお願い…そんな風に言わないで。

陛下は相変わらず、怪我をした夕鈴の指先に訝し気な視線を送っている。
しばらく視線を送っていたかと思うと、今度は自らが花を手折って花かごへと入れていた。慌てて手を出そうとした夕鈴。陛下は夕鈴を制すると、怪我をしちゃうよ…と耳元でにこりと囁いた。

瞬時に切り替わった子犬の表情に、夕鈴の心臓が跳ねた。

どうしたって、私は陛下にはかなわない。
この苦しい気持ちから解放してほしいと望む一方で、解放された先にある孤独を思うとどうしても手放せない。

この優しさから逃れたくない。


夕鈴は、陛下の胸に手を添えて、着物の合わせ目をぎゅっと握り締めた。


「夕鈴?」

夕鈴の目に、そば近く揺れる陛下の黒髪が映る。次に端正な顔立ちと、澄んだ瞳が見えた。
この近距離で何度も見た陛下の顔。絶対に見ることは出来ない雲の上の人。これから先も見続けることが出来るのだろうか。


「どうした?」

陛下が、手の平で夕鈴の頬に触れた。指先から電流が流れたかのようにわずかな痺れが伝う。
夕鈴は無言のまま陛下の手の平を拒むことなく、そのぬくもりにゆだねる。目を閉じると、もっと深い痺れが全身を覆う。今まで何度も拒み続けたこの痺れ、本当はすべてを受け入れたくて仕方なかった。

夕鈴は頬に触れる陛下の手の上に自らの手を重ねる。
手の平から伝わるぬくもりが、全身の震えを解き放ってくれる。


逃れたくないんじゃない。
私が、逃したくないんだ。

この手をこの微笑みをこの仕草を、そして何より彼自身を…私が逃したくないと熱望している。


「夕鈴」

陛下の優しい声音がまるで子守唄のように、夕鈴の耳に流れた。
意識を手放した後でもはっきりと残り続けるのは、私が逃したくないと願った優しさとぬくもり。
もやもやと心を覆うこの気持ちの“本当”に気づいたとき、私はすべてを受け入れられるのだろうか。


早くしないと私は…この人に与えられる幻想に本気で傷ついてしまう。

でも今は、あなたの優しさに包まれたくて…幻想の中に漂う、本当の気持ちがあることを信じたくて…。



『君が私の妃だ』


あなたがそう望む限り、私は演じ続ける。

あなたの花嫁を。



















二次小説第38弾完了
どうしましょう?両想いじゃないですか、これ。書いていて危ないと思いました(笑)

37弾は原作の3巻第10話を元にしています。原作とは大幅に改ざんして、恋を自覚した夕鈴が、その切なさや痛みに苦しんでいる姿を書いております。恋していることに気づきそうで気づかない、この微妙な心情を描いているドキドキ感が原作の魅力だと思っておりますが…見事に崩しちゃいました。今日は聖なる日ですから、許しちゃってください☆
夕鈴の揺れる心を書くのが難しかったです。恋愛に疎い彼女には苦労させられちゃいます



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