ミント日和 【狼陛下の花嫁二次小説】
白泉社、可歌まと先生のコミックの二次創作小説を書いてます。 月刊LaLaにて連載中の「狼陛下の花嫁」が中心となっています。
2011.01.12 (Wed)
仲良し夫婦強化週間Ⅱ
Ⅰのつづきです。
「失敗だ…」
「はい?」
臣下が退出した政務室に陛下のため息が響く。
答えた李順は疑問の様子で、机に身を伏せた陛下を眺めていた。
「失敗だ…やはり彼女には上手くいかない」
「夕鈴殿がまた何かやらかしたんですか?」
陛下の言う彼女とはひとりしか居ない。李順のめがねの奥の瞳が鋭く光る。
その警戒を含んだ気配を察知した陛下は、ゆっくりと顔を上げると傍らの側近の顔を見上げた。
「そうじゃない」
「では何が失敗なんでしょう?」
「仲良し夫婦強化週間」
ぼそり…なぜか膨れっ面の陛下が答えた。
「仲良し…?一体なんですか、それ」
ますます警戒色を濃くした李順。聞き捨てならないセリフだと言わんばかりに陛下に詰め寄る。
「いつまでも初々しい妃と距離を縮める策だ」
「そんな策はすぐさま却下です」
即答する李順に、陛下は苦笑する。その笑いが止む前に、李順がさらに口を開いた。
「仲睦まじいご夫婦として浸透しているので、そんな強化週間はいりません。どうせなら、外の離宮で実践してくださいよ」
「臣下から疑われている……はずだった」
「そのような気配は全くありませんが」
李順が自信を持って答えた。陛下はたいして驚きもせず小さく、当たり前だ…と言い放つ。
そんな陛下の様子に、李順は聞こえよがしにため息を吐いた。
「陛下。ただの臨時花嫁と仕事以上に仲良くするなど言語道断。あまり彼女をお気に召すのも考えものです。お分かりですよね?」
李順は無駄と分かっていながら、戒めの言葉を繰り返す。
「いずれは然るべき正妃を迎えるのですから、ただの町娘にうつつを抜かしている場合ではなく…」
「李順。あまりうるさく言うな」
「しかし…」
「どうせ失敗したんだ」
肩を落として落ち込む陛下に、李順の胃がキリキリと痛む。訝しい表情を浮かべる李順の前でも、遠慮なく陛下の言葉は続く。
「いつも以上の甘い夫婦演技に、彼女の心が私に向くかと思ったが…やはり手強い。強化週間中は、妃演技を極めると言われてしまったよ」
「自業自得なのでは?」
「お前、言うようになったな…」
陛下が声を上げて笑った。驚くほど柔らかい笑顔に、李順の思考は停止する。夕鈴を迎えてから、最近よくこんな笑顔を浮かべるようになっていた。
狼から人間らしさに近付く陛下に嬉しさが込み上がる反面、その原因は他でもない夕鈴であるため、あまり素直に喜べない李順。
「とにかく…間違っても夕鈴殿を本物のお妃には望まれませんように」
懇願に近い形で呟いた言葉への反応はまったく却って来ない。
「本物の妃か…それも悪くない」
退出間際に後ろから呟かれた。陛下が遠慮なく彼女への気持ちを口に出すのは、そろそろ臨時花嫁契約期間が終了するのを知っているためか…なんとなく契約延長を示唆する陛下の言葉を、李順はただ無言のまま受けるしかない。
「狼が無理なら兎に…」
重い扉を開けて外へと出た李順が呟く。
朝から変にやかましく鳴る鳥のさえずりと、扉が閉まる重厚な響きにかき消されて、陛下の耳に届くことはなかった。
王宮は東西に広い造りになっている。
南側の一角に設けられた政務室と東側の一角に設けられた軍部の間を、陛下は一日に何度か往復する。政務室と軍部の間は一本の長い回廊で隔てられていた。その回廊は、いつ何時も陛下の目を楽しませるように装飾が施され、さらに回廊に面した内庭には色とりどりの季節の花や木が植栽されていた。
夕鈴は数人の侍女を引き連れて内庭の花を摘んでいた。陛下が通るのを待ちわびて一心に花を摘む。もう間もなく花かごがいっぱいになろうかというそのとき、満を持して陛下が現れた。
「妃よ…このような場所で珍しいこと」
来た!
聞き慣れた低い声の主を確認した夕鈴は、振り返って挨拶した。顔を上げるとほころぶような笑顔を浮かべた陛下の後方にふたりの付き人が控えていた。夕鈴は目端に捉えつつ、ゆっくりと陛下に近付く。
「お待ち申し上げておりました」
「私を?」
「お会いしたくて…」
言ってから顔が熱く火照るのを感じる。まだまだ初期で動揺していたら先が乗り越えられない…夕鈴は心の中で自らにカツを入れて奮い起こす。
陛下は嬉しそうに手を広げると妃を迎え入れる為の広い胸を開けた。夕鈴は躊躇なくその広い胸に飛び込む。
「夕鈴?」
小さく疑問の声を出す陛下。夕鈴は気にせず顔を埋めた。
「私に逢えずに寂しかったのか?」
コクリと夕鈴は頷く。
「私もだ。愛しい妃よ、顔を見せてくれ」
夕鈴は顔を上げると、陛下と目を合わせた。
「さ、寂しかったです…」
語尾が震えて夕鈴は、しまったと思ったが、なんとか顔に出さずに言い切った。
まだまだこれじゃあダメよ…夕鈴。
恥じらうようにはにかむ笑顔を浮かべる夕鈴。陛下は黙したまま、夕鈴のその笑顔を見つめていた。
「妃よ…熱があるのではないか?」
「え?いいえ」
額に手を置く陛下の表情は、なぜか困惑していた。
「部屋へ連れて行こう」
「いいえ!」
夕鈴は額に置かれた陛下の手を握り締める。
「このまま離れたくありません」
「……」
陛下の目が点になる。その様子を目の前で眺める夕鈴の心に浮かんだ不安。
あれ?なんかおかしい?
その不安は、握り返されたときの陛下の手の強さに、振り払われた。夕鈴は波打つ鼓動を必死に抑え込み、続けた。
「お願いです。そばに居てくださ…」
最後まで聞き終わらぬうちに、陛下の腕が伸びてきて抱きしめられた。
しばらく沈黙が流れる。夕鈴の耳には、陛下の心音だけが鳴り響いていた。
閉じていた目からゆっくりと光が差し込んだとき、陛下は左手を上げて臣下たちを下げているところであった。
「皆の者、下がれ。侍女もだ」
陛下の合図で、ふたりを残して内庭から人が引く。
夕鈴は慌てて陛下の腕の中から顔を出したが、振り返って見たその場所には既に誰も居なかった。
「陛下!どうしたんですか?」
「君こそ…一体どうした?本当に熱があるのではないのか?」
陛下が夕鈴の顔を覗き込む。まるで別人でも見るような目つきだ。
「どうして臣下を下げるんですか?これじゃあ策が…」
「策?」
陛下が眉根を一瞬だけしかめたような気がした。夕鈴はむやみに口を開くことをやめ、慎重に言葉を選ぶ。
「ですから…強化週間の」
「強化……やりすぎだ」
陛下のため息が内庭に流れる。深いため息に、夕鈴の心が動揺する。
「私、失敗ですか?」
「いや…そうじゃない」
陛下は柔らかく夕鈴を抱き直した。
「夕鈴。あれはダメだ。私の心がもたない」
「え?」
「あんなことを言われたら平静を保てなくなる」
そんなこと今に始まったことじゃない。もっと以前から夕鈴の方がいっぱいいっぱいだった。
「だって!陛下が言い出したことでしょう」
「確かに。でもあれはダメだよ…反則だ」
急に声量を弱めてうなだれる陛下。落ちかけた頭や顔を夕鈴の肩に置いて、陛下は再度ため息を吐いた。
「反則もなにも…陛下が言ったんですよ!私、がんばりました」
「うん。君は十分がんばった。僕にはそれだけで満足だ」
「ちょっと。私はまだまだ満足していません。本当にあれで疑いが解けたのですか?」
夕鈴の問いかけに、陛下がゆっくりと顔を上げて目線を合わせた。息がかかりそうなほど近い場所に陛下の黒髪が揺れていたが、夕鈴は口を真一文字にぎゅっと閉じて、互いに堅く見つめ合った。
「夕鈴。どうせなら外の離宮で実践しよう。こんな少人数の前で披露したって意味ないよ。っていうか嘘か本当か見分けがつかなくて正直困る。やっぱり今のは嘘なの?」
「何言ってるんですか!陛下がこの場で、陛下の付き人の前でしようっておっしゃったんでしょう?」
「夕鈴、それ僕じゃない。一体誰から言われたの?」
陛下は怒りの込められた夕鈴の声に少し気圧されながら、冷静に質問する。
「ごまかさないでください!私の必死の演技を、意味ないって……ひどい!」
「やっぱり演技なの…夕鈴」
夕鈴の言葉に、陛下ががっくりと肩を落とす。
「それを命じたのはあなたでしょう!」
「だからそれ僕じゃない」
「ひどいです!陛下」
「だから違うって…」
後日。
怖い怖い狼陛下の怒鳴り声が響いたのは、政務室でも軍部でも、もちろん妃の部屋でもなく、李順の部屋だった。
「夕鈴に何を吹き込んだ?」
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでください」
李順は努めて明るく返答したが、狼の冷たい気配は、そんなことではどうしようもなくなっているところまで来ていたので、李順は仕方なく正直に話した。
「あなたの付き人が、ふたりの仲を疑っている臣下だと言ったのですよ。いい加減、訳の分からないなんとか週間やらは廃するべきだと思ったので…」
「お前のせいで、随分と妃に怒られてしまった」
「元はと言えば、あなたが蒔いた種でしょう?嘘がバレなかっただけ感謝してください」
「李順…」
恐ろしい声音に、思わず李順は口をつぐむ。喉元から凍らせてしまいそうな鋭利な気配に、李順は久しぶりに身を震わせた。二度同じことを言えば、いかに信任厚い李順といえど首が飛ぶのは明白。
李順は無言のまま、頭を下げた。
しばらく黙したまま様子をうかがっていたが、陛下から口を開いた。
「小癪な策を巡らすようになったら、老師のようになるぞ」
「それは…よろしくありませんね」
明らかに嫌そうに顔を曇らす李順の様子に、陛下がくっと笑う。
やっと溶けた氷の気配に、李順はほっと胸を撫で下ろした。
毎度毎度陛下の怒りに触れているのに…それでもまだ諦めずに、ふたりの間を取り持つべく躍起になっている老師の姿が、目の奥に見えたような気がして、李順は顔をしかめた。
李順の場合、取り持ちたいのではなくむしろその逆。出来れば、有益にならないことなど切り捨ててしまいたいのだ、今回の仲良し夫婦強化週間のように。
これ以上、夕鈴殿と仲良くなるのも困りもの。だが、何度諌めても目の前の主君は聞く耳持たず。
前途多難とはこのこと。
やっと怒りを収めた陛下は、満足そうに天を仰いでいた。
緩めた口端から、ぼそりと呟く。
「いい策だと思ったが…やはり、恐ろしいな」
「……は?」
「仲良し夫婦強化週間」
二次小説第39弾完了です
しつこいですが、2011年もどうぞよろしくお願いします。
今回のテーマは聞いていてこっぱずかしくなるような、その名も「仲良し夫婦強化週間」です。こんな週間が実在すれば、陛下はしっぽを振って喜ぶでしょうね。
李順はふたりがこれ以上仲良くなるのはよろしくない!と考えているようですが、逆効果でしたね。今回の策ははっきり言って失敗です。不器用な彼も愛すべきキャラですね。
久しぶりに長文を書いたら疲れました。ですが!今月号の雑誌発売が迫っているので疲れてなんていられません!でも、さすがに寒さには負けるかも…さむさむ
「失敗だ…」
「はい?」
臣下が退出した政務室に陛下のため息が響く。
答えた李順は疑問の様子で、机に身を伏せた陛下を眺めていた。
「失敗だ…やはり彼女には上手くいかない」
「夕鈴殿がまた何かやらかしたんですか?」
陛下の言う彼女とはひとりしか居ない。李順のめがねの奥の瞳が鋭く光る。
その警戒を含んだ気配を察知した陛下は、ゆっくりと顔を上げると傍らの側近の顔を見上げた。
「そうじゃない」
「では何が失敗なんでしょう?」
「仲良し夫婦強化週間」
ぼそり…なぜか膨れっ面の陛下が答えた。
「仲良し…?一体なんですか、それ」
ますます警戒色を濃くした李順。聞き捨てならないセリフだと言わんばかりに陛下に詰め寄る。
「いつまでも初々しい妃と距離を縮める策だ」
「そんな策はすぐさま却下です」
即答する李順に、陛下は苦笑する。その笑いが止む前に、李順がさらに口を開いた。
「仲睦まじいご夫婦として浸透しているので、そんな強化週間はいりません。どうせなら、外の離宮で実践してくださいよ」
「臣下から疑われている……はずだった」
「そのような気配は全くありませんが」
李順が自信を持って答えた。陛下はたいして驚きもせず小さく、当たり前だ…と言い放つ。
そんな陛下の様子に、李順は聞こえよがしにため息を吐いた。
「陛下。ただの臨時花嫁と仕事以上に仲良くするなど言語道断。あまり彼女をお気に召すのも考えものです。お分かりですよね?」
李順は無駄と分かっていながら、戒めの言葉を繰り返す。
「いずれは然るべき正妃を迎えるのですから、ただの町娘にうつつを抜かしている場合ではなく…」
「李順。あまりうるさく言うな」
「しかし…」
「どうせ失敗したんだ」
肩を落として落ち込む陛下に、李順の胃がキリキリと痛む。訝しい表情を浮かべる李順の前でも、遠慮なく陛下の言葉は続く。
「いつも以上の甘い夫婦演技に、彼女の心が私に向くかと思ったが…やはり手強い。強化週間中は、妃演技を極めると言われてしまったよ」
「自業自得なのでは?」
「お前、言うようになったな…」
陛下が声を上げて笑った。驚くほど柔らかい笑顔に、李順の思考は停止する。夕鈴を迎えてから、最近よくこんな笑顔を浮かべるようになっていた。
狼から人間らしさに近付く陛下に嬉しさが込み上がる反面、その原因は他でもない夕鈴であるため、あまり素直に喜べない李順。
「とにかく…間違っても夕鈴殿を本物のお妃には望まれませんように」
懇願に近い形で呟いた言葉への反応はまったく却って来ない。
「本物の妃か…それも悪くない」
退出間際に後ろから呟かれた。陛下が遠慮なく彼女への気持ちを口に出すのは、そろそろ臨時花嫁契約期間が終了するのを知っているためか…なんとなく契約延長を示唆する陛下の言葉を、李順はただ無言のまま受けるしかない。
「狼が無理なら兎に…」
重い扉を開けて外へと出た李順が呟く。
朝から変にやかましく鳴る鳥のさえずりと、扉が閉まる重厚な響きにかき消されて、陛下の耳に届くことはなかった。
王宮は東西に広い造りになっている。
南側の一角に設けられた政務室と東側の一角に設けられた軍部の間を、陛下は一日に何度か往復する。政務室と軍部の間は一本の長い回廊で隔てられていた。その回廊は、いつ何時も陛下の目を楽しませるように装飾が施され、さらに回廊に面した内庭には色とりどりの季節の花や木が植栽されていた。
夕鈴は数人の侍女を引き連れて内庭の花を摘んでいた。陛下が通るのを待ちわびて一心に花を摘む。もう間もなく花かごがいっぱいになろうかというそのとき、満を持して陛下が現れた。
「妃よ…このような場所で珍しいこと」
来た!
聞き慣れた低い声の主を確認した夕鈴は、振り返って挨拶した。顔を上げるとほころぶような笑顔を浮かべた陛下の後方にふたりの付き人が控えていた。夕鈴は目端に捉えつつ、ゆっくりと陛下に近付く。
「お待ち申し上げておりました」
「私を?」
「お会いしたくて…」
言ってから顔が熱く火照るのを感じる。まだまだ初期で動揺していたら先が乗り越えられない…夕鈴は心の中で自らにカツを入れて奮い起こす。
陛下は嬉しそうに手を広げると妃を迎え入れる為の広い胸を開けた。夕鈴は躊躇なくその広い胸に飛び込む。
「夕鈴?」
小さく疑問の声を出す陛下。夕鈴は気にせず顔を埋めた。
「私に逢えずに寂しかったのか?」
コクリと夕鈴は頷く。
「私もだ。愛しい妃よ、顔を見せてくれ」
夕鈴は顔を上げると、陛下と目を合わせた。
「さ、寂しかったです…」
語尾が震えて夕鈴は、しまったと思ったが、なんとか顔に出さずに言い切った。
まだまだこれじゃあダメよ…夕鈴。
恥じらうようにはにかむ笑顔を浮かべる夕鈴。陛下は黙したまま、夕鈴のその笑顔を見つめていた。
「妃よ…熱があるのではないか?」
「え?いいえ」
額に手を置く陛下の表情は、なぜか困惑していた。
「部屋へ連れて行こう」
「いいえ!」
夕鈴は額に置かれた陛下の手を握り締める。
「このまま離れたくありません」
「……」
陛下の目が点になる。その様子を目の前で眺める夕鈴の心に浮かんだ不安。
あれ?なんかおかしい?
その不安は、握り返されたときの陛下の手の強さに、振り払われた。夕鈴は波打つ鼓動を必死に抑え込み、続けた。
「お願いです。そばに居てくださ…」
最後まで聞き終わらぬうちに、陛下の腕が伸びてきて抱きしめられた。
しばらく沈黙が流れる。夕鈴の耳には、陛下の心音だけが鳴り響いていた。
閉じていた目からゆっくりと光が差し込んだとき、陛下は左手を上げて臣下たちを下げているところであった。
「皆の者、下がれ。侍女もだ」
陛下の合図で、ふたりを残して内庭から人が引く。
夕鈴は慌てて陛下の腕の中から顔を出したが、振り返って見たその場所には既に誰も居なかった。
「陛下!どうしたんですか?」
「君こそ…一体どうした?本当に熱があるのではないのか?」
陛下が夕鈴の顔を覗き込む。まるで別人でも見るような目つきだ。
「どうして臣下を下げるんですか?これじゃあ策が…」
「策?」
陛下が眉根を一瞬だけしかめたような気がした。夕鈴はむやみに口を開くことをやめ、慎重に言葉を選ぶ。
「ですから…強化週間の」
「強化……やりすぎだ」
陛下のため息が内庭に流れる。深いため息に、夕鈴の心が動揺する。
「私、失敗ですか?」
「いや…そうじゃない」
陛下は柔らかく夕鈴を抱き直した。
「夕鈴。あれはダメだ。私の心がもたない」
「え?」
「あんなことを言われたら平静を保てなくなる」
そんなこと今に始まったことじゃない。もっと以前から夕鈴の方がいっぱいいっぱいだった。
「だって!陛下が言い出したことでしょう」
「確かに。でもあれはダメだよ…反則だ」
急に声量を弱めてうなだれる陛下。落ちかけた頭や顔を夕鈴の肩に置いて、陛下は再度ため息を吐いた。
「反則もなにも…陛下が言ったんですよ!私、がんばりました」
「うん。君は十分がんばった。僕にはそれだけで満足だ」
「ちょっと。私はまだまだ満足していません。本当にあれで疑いが解けたのですか?」
夕鈴の問いかけに、陛下がゆっくりと顔を上げて目線を合わせた。息がかかりそうなほど近い場所に陛下の黒髪が揺れていたが、夕鈴は口を真一文字にぎゅっと閉じて、互いに堅く見つめ合った。
「夕鈴。どうせなら外の離宮で実践しよう。こんな少人数の前で披露したって意味ないよ。っていうか嘘か本当か見分けがつかなくて正直困る。やっぱり今のは嘘なの?」
「何言ってるんですか!陛下がこの場で、陛下の付き人の前でしようっておっしゃったんでしょう?」
「夕鈴、それ僕じゃない。一体誰から言われたの?」
陛下は怒りの込められた夕鈴の声に少し気圧されながら、冷静に質問する。
「ごまかさないでください!私の必死の演技を、意味ないって……ひどい!」
「やっぱり演技なの…夕鈴」
夕鈴の言葉に、陛下ががっくりと肩を落とす。
「それを命じたのはあなたでしょう!」
「だからそれ僕じゃない」
「ひどいです!陛下」
「だから違うって…」
後日。
怖い怖い狼陛下の怒鳴り声が響いたのは、政務室でも軍部でも、もちろん妃の部屋でもなく、李順の部屋だった。
「夕鈴に何を吹き込んだ?」
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでください」
李順は努めて明るく返答したが、狼の冷たい気配は、そんなことではどうしようもなくなっているところまで来ていたので、李順は仕方なく正直に話した。
「あなたの付き人が、ふたりの仲を疑っている臣下だと言ったのですよ。いい加減、訳の分からないなんとか週間やらは廃するべきだと思ったので…」
「お前のせいで、随分と妃に怒られてしまった」
「元はと言えば、あなたが蒔いた種でしょう?嘘がバレなかっただけ感謝してください」
「李順…」
恐ろしい声音に、思わず李順は口をつぐむ。喉元から凍らせてしまいそうな鋭利な気配に、李順は久しぶりに身を震わせた。二度同じことを言えば、いかに信任厚い李順といえど首が飛ぶのは明白。
李順は無言のまま、頭を下げた。
しばらく黙したまま様子をうかがっていたが、陛下から口を開いた。
「小癪な策を巡らすようになったら、老師のようになるぞ」
「それは…よろしくありませんね」
明らかに嫌そうに顔を曇らす李順の様子に、陛下がくっと笑う。
やっと溶けた氷の気配に、李順はほっと胸を撫で下ろした。
毎度毎度陛下の怒りに触れているのに…それでもまだ諦めずに、ふたりの間を取り持つべく躍起になっている老師の姿が、目の奥に見えたような気がして、李順は顔をしかめた。
李順の場合、取り持ちたいのではなくむしろその逆。出来れば、有益にならないことなど切り捨ててしまいたいのだ、今回の仲良し夫婦強化週間のように。
これ以上、夕鈴殿と仲良くなるのも困りもの。だが、何度諌めても目の前の主君は聞く耳持たず。
前途多難とはこのこと。
やっと怒りを収めた陛下は、満足そうに天を仰いでいた。
緩めた口端から、ぼそりと呟く。
「いい策だと思ったが…やはり、恐ろしいな」
「……は?」
「仲良し夫婦強化週間」
二次小説第39弾完了です

しつこいですが、2011年もどうぞよろしくお願いします。
今回のテーマは聞いていてこっぱずかしくなるような、その名も「仲良し夫婦強化週間」です。こんな週間が実在すれば、陛下はしっぽを振って喜ぶでしょうね。
李順はふたりがこれ以上仲良くなるのはよろしくない!と考えているようですが、逆効果でしたね。今回の策ははっきり言って失敗です。不器用な彼も愛すべきキャラですね。
久しぶりに長文を書いたら疲れました。ですが!今月号の雑誌発売が迫っているので疲れてなんていられません!でも、さすがに寒さには負けるかも…さむさむ

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