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2011.02.07 (Mon)

恋心に気づくまでⅠ

「恋心に気づくまで」

またまた陛下目線の長文です!
続いております、陛下目線。ミケはどうやら“僕”人称が好きみたいです。

ではどうぞ。

















「宿下がり…?」

「はい!」

妃の部屋に彼女の高い声音が響く。夕鈴は、戸惑う僕に元気よく言い放った。
夕鈴の思いがけない発言に耳を疑う僕。出来る事ならば、間違いであって欲しい。僕は、期待を込めて繰り返し質問した。


「今…宿下がりって言った?」

「はい」

夕鈴がコクリと頷いた。その様子を見て、僕は怪訝に顔を曇らす。


「どうして…夕鈴?僕、何かしたのかなぁ…」

しょんぼりと肩を落として夕鈴に詰め寄る。子犬の僕に慌てた夕鈴が、両手を差し出した。すかさずその手を掴んだ僕は、夕鈴をそば近くまで引き寄せた。

赤面兎が視界に入る。


「一体どういうことだ?」

突然現れた狼陛下に夕鈴が息を飲んだ。大きな瞳を見開いて、まばたきもせず僕を見つめている。


「新婚の君が宿下がりとは…いかなる理由か?」

「……あっあの…」

夕鈴は動揺顔で、必死で言葉を選んでいるようだった。僕は夕鈴の手を少しだけ解いて、彼女に言い訳を並べる猶予を与える。


「夕鈴?」

「はい。じ、実は…弟のお祝いをしたくて…」

「弟?」

夕鈴の言葉に、僕は先日逢った彼女の弟の顔を思い出していた。夕鈴に似て、あどけない可愛い性格の弟、夕鈴が溺愛するのが納得できるほど、出逢った彼はかなりの好青年だった。


「お祝い?」

「はい」

夕鈴の話によるとこうだ。
官吏になるため勉強中の弟が通っている塾の模試で成績一番を取ったらしい。こんなにめでたいことはないので、家族で盛大にお祝いするそうだ。その準備のための宿下がりらしい。


「それで宿下がり?」

「はい。しばらく顔を見せていないし、実家に帰って青慎においしいご飯を作ってあげたくて…」

夕鈴はほころぶ笑顔を浮かべて答えた。


「なるほどね…」

僕は納得しながらも、内心面白くなかった。
夕鈴の弟の偉業は素晴らしいし、僕も心から喜んであげるべきなんだけど…夕鈴が僕のそばを離れるなんて、やっぱり面白くない。
王である僕でさえ、彼女の手料理を食べる機会などほとんどないというのに…恵まれた待遇の弟に対して嫉妬心が芽生える。

僕は夕鈴の手を握りしめたまま、浅くため息を吐いた。


「ダメ…ですか?」

「……ううん」

「じゃあ!」

「宿下がりは何日ほど?」

「はい。出来れば三日間ほどお暇をいただければ…」

「三日!?」

僕は思わず小さく叫んだ。三日間も離ればなれなんて…今の僕には酷すぎる。
君の顔を見て一日を締めくくるのが、最近の僕の日課なのだから。


「三日は長すぎるんじゃない?」

「でも…以前、陛下は五日間ご不在でしたし…」

夕鈴は遠い記憶を掘り起こすと、僕に告げた。
そんな昔のことを引き合いに出すなんてズルい…そう思いながらも口にすることは出来なかった。


「それは…そうなんだけどさ。あれは仕事だし…」

僕は以前、国王の仕事として地方への視察へ行くため、王宮を五日間不在にしていた。夕鈴の居ない日常はとても空虚で、あとで一緒に連れて行けば良かったと心の底から思うほど、僕には長い五日間であった。

あんな思いをまたするなんて、冗談じゃない。


「やっぱり長すぎない?」

「五日間よりは短いじゃないですか」

「それとこれとは別だよ」

「たった三日ですよ」

「三日もだよ」

「陛下…」

夕鈴は肩をすくめて困ったように笑うと、わがままを言う幼子をあやすみたいに優しく僕の名前を呼んだ。


「弟を祝ってあげたいんです」

「………うん」

そんな風に言われたら何も反論出来なくなる。案の定、僕の心は傾きかけた。


「おいしいものを食べさせてあげたんです」

「……」

これは…、もしかして“お願い”だろうか?

僕は、柔らかい面差しで僕に語りかける夕鈴を見つめた。

夕鈴の澄んだ瞳に僕の姿が映る。
王である僕の一番近いところに居ながらも、王である僕に何もお願いしない。望めばなんでも手に入る力を持つ僕を知りながら、願い事ひとつ言わないどこまでも無欲な君。
初めて具体的に“お願い”を口にする夕鈴を、僕はまじまじと見つめた。


「それは…お願いなの?」

「……え?」

「それは、夕鈴のお願い?」

「……はい、そうです。お願いします、陛下」

夕鈴が頭を下げる。


「………もう一度言って」

「…………は?」

「もう一度」

「お願い…します」

あぁ…なんて可愛い君。
夕鈴の“お願い”がこれほど心くすぐるものだとは知らなかった。愛らしい妻からの願い事、叶えない男がどこに居るというのだろうか…。

気づくと僕はあっさりOKを出していた。




















独り寝がこれほど寂しいものだとは、昔の僕であれば気づかなかっただろう。
妃の居ない後宮。
右を見ても、左を見ても、夕鈴が居ない。

普段気にならない後宮の静寂さも、夕鈴が居ないというだけで、これほどまざまざと感じられるものなのだろうか。夕鈴が宿下がりして一日目の夜、後宮で過ごす僕の心には寂しさが蔓延していた。

気を紛らわしたくて、側近である李順を飲みに誘ってみたが即答で断られてしまった。


「まだまだ雑用がありますので…」

神経質にめがねのふちに手を添えながら、形式ばった挨拶を交わし部屋を退出する李順。その後ろ姿を見て、いつも感じないショックを感じてしまうのは、やはり夕鈴がそばに居ないからか…。

僕は空になった酒杯を寝台の上で転がした。
それほど好きではないが、今宵は酔いがもたらす睡魔に期待して、すっかりと飲み干してしまった。


やはり三日は長い。一日目でこれでは、先が思いやられる。
夕鈴の宿下がりをすんなりと了承した昨日の愚かな僕を思い出しながら、ごろりと冷たい寝台に横になる。

こんなことなら、何か条件をつければ良かった。


逢いたい…夕鈴。

目を閉じると、脳裏にありありとその清らかな姿を思い出すことが出来る。僕にしてはかなり長く、ひとりの人間と一緒に過ごしたというのに…まだまだ足りないなんて。

やはり、僕にはまだ夕鈴が足りない。

薄闇に呟いた言葉は、月夜の空に消えていく。
まるで夕鈴の居ない後宮を覆う空までも、寂しい…と嘆いているようだった。室内を飾る見慣れた調度品も、僕も纏う衣もすべて、いつもよりも冷たく暗く感じられる。

夕鈴が居ないだけで、途端に色を失った世界。僕は堅く目を閉じて、まぶたの裏側に残る彼女の姿を追い求める。


逢いたい…夕鈴。
君も同じ気持ちでいてくれることを願いながら、僕は眠りの世界へと旅立った。



















「あら…夕鈴ちゃん、久しぶりね」

「おばさん、こんにちは」

明るい陽射しが垂れ込める屋外。夕鈴は、買い物かご片手に機嫌良く挨拶を交わす。


「お仕事はお休みなの?」

「今休暇中です」

ルンルンと自然に弾み出す足。夕鈴は喜びを隠すことなく会話を続ける。


「そういえば…聞いたわよ。青慎くんのこと」

弟の話題になるとすぐに夕鈴は目を輝かせた。
ここは夕鈴の住む庶民街。小売店が立ち並ぶ往来で、夕鈴は声を大にする。実はそうなんです…とか、それほどでも…とか、まぐれです…などなど、実に楽しそうに言葉を呟いていた。


「今日はお祝いかしら?」

近所のおばさんが夕鈴の買い物かごを覗き込みながら尋ねた。


「はい!こんなめでたいことはありません」

嬉々揚揚と答える様子は、目に入れても痛くないほどに弟を溺愛する姉の姿そのものだった。
鼻高々に胸を張る夕鈴の様子におばさんがくすっと笑う。


「素敵ね。良いお姉さんを持って青慎くんも幸せね…」

「……」

おばさんにとっては何気ない言葉であっただろうが、夕鈴の胸にじーんと込み上がるものがあった。母が亡くなってからというもの、身を粉にしてのバイト三昧。弟の快挙は夕鈴にとって誇らしことこの上なかった。

がんばってバイトをしてきて良かった…そう遠くない記憶を思いながら、夕鈴は笑顔を浮かべた。

















帰宅早々、買い物かごを台所に置いた夕鈴は、実家を取り囲むいつもとは違う雰囲気に眉根を寄せる。このピリリとした雰囲気はまるで…背後から気配を感じて振り返ると、困惑顔で出迎える青慎の姿がそこにあった。


「青慎…どうかした?」

青ざめる弟の様子に、夕鈴の心を嫌な予感がよぎる。もしかして…。


「どなたか来ているの?」

夕鈴の問いかけに青慎はこくりと頷いた。


「まさか…」

「夕鈴!」


甲高い声が耳を貫き、夕鈴は驚く。びっくりしすぎて、手にしていた果物を床に落としてしまった。
夕鈴は慌てて拾い上げようと手を伸ばしたが、目の前に転がる果物を拾い上げたのは、夕鈴の旧友であった。


「明玉!」

「夕鈴!久しぶりね」

明玉と呼ばれた年若い娘は、夕鈴の下町での友達だ。話によると、久しぶりに帰省した夕鈴の噂を聞きつけてわざわざ逢いに来てくれたらしい。


「夕鈴。相変わらず変わらないわね~元気そうで良かったわ」

「明玉こそ。今日は小料理屋のバイトは大丈夫なの?」

「今は昼休憩なの。これからまた戻らないといけないんだけど…」

「そう…」

残念…夕鈴は視線を落として呟く。


「もう少し話したかったわ…そうだ!明玉、バイト終わりに家に来ない?」

「う~ん、そうね…でも」

「?」

ちらりと弟と目を合わせて苦笑する明玉の姿に、夕鈴は不思議そうに首をかしげた。


「邪魔しちゃ悪いし…」

「いいのよ。今日は弟のお祝いをするの。良かったら明玉も来て」

「……やっぱりパス。彼氏に悪いしね」

にっこりと満面の笑みを浮かべて明玉が答える。


「は?」

夕鈴の耳が正しければ、今確かに彼氏と言った。


「夕鈴ったら…王宮でのバイトでしっかり出会いをゲットしてるだなんて。うふふ…」

「な…な、何の話?」

「ごまかしても無駄よ。来てるじゃない?」

「誰が……?」

夕鈴の顔が強張る。嫌な予感はもしかして杞憂ではなかったのか。頭の中の危険シグナルがやかましいぐらいに鳴り響いている。

「だーかーらー。彼氏よ、彼氏。夕鈴のバイト先の上司でしょ」





Ⅱにつづく。


19:27  |  夕鈴帰省編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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