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2011.03.26 (Sat)

月光Ⅰ

月光

夕鈴目線でかなりの長文です。気合が必要ですよ(笑)
季節はずれの内容ですが、どうぞ楽しんでください。

ではどうぞ。

















「お妃さま、満漢全席はこちらでよろしいでしょうか」

「えぇ、けっこうよ」

「お妃さま。宵宮の飾り付けはいかがいたしましょう」

「蓮の花をもっと。あぁ!…そっちは灯籠に浮かべるのよ」

慌ただしく動く侍女たちの一角に、夕鈴は大きく声を上げた。


「お妃さま。祭祀さまがお呼びですわ」

「今は手が離せないわ。後で行くのでそう伝えて」

「お妃さま」

「お妃さま」

「お妃さま」

あぁ…なんと忙しい。
夕鈴は大きく息を吐くと、広い後宮を見渡した。
普段、少数の妃付侍女しか出入りしない妃の部屋の前庭、今は大勢の侍女たちが慌ただしくあっちへ行ったりこっちへ来たりしている。

侍女たちが皆一様に呼んでいるのは、夕鈴の名前。


今は、中秋節。
白陽国では、中秋の節句にあたるこの時期、宮中では華やかな催しが開かれる。
月を愛で、秋の収穫を祝って地の神様を祀るお祭り。白陽国では代々、妃が主催していた。むろん夕鈴も例外ではなく、古来よりの伝統的祭りの準備に、数日前から忙しい日々を過ごしていた。

1年に1度の華やかな宴への意気込みは大層なもので、夕鈴はその重責に何度も折れそうになったが、これも臨時花嫁の仕事、お給料をいただいている以上は精一杯勤めなければならない。

夕鈴は何層にも重なる書巻を紐解く。
『中秋節の催し手引き』と名付けられたその書巻を、夕鈴は何度も見返していた。

妃になって初めての宮中での祝宴。
陛下の為にも、今後のバイトの為にも、ついでに言うと怖い鬼上司の為にも、ぬかりなく進めなければ。

夕鈴は堅く決意し、さまざまに動く侍女たちへ視線を移した。
今日は、王宮の湖で祭の予行演習が行われる。

中秋祭の当日、名月を愛でながら、湖上の上に浮かべた竜船に乗り遊覧を楽しむ。そのための予行演習だ。

手引きに描かれた挿絵を眺めながら、夕鈴はひとつ苦笑した。
なんと豪華なお祝い事かしら。

実家に居た頃は丸い机を家族で取り囲んで、いつもよりも少し豪華な食事に舌鼓。月を眺めやすいように、庭に面した窓はすべて開け放たれていた。

もうあれから1年経ったのね…昨年の中秋の節句を思い出しながら、夕鈴は思う。


「月日が流れるのは早いわ…」

考えてみると、花嫁バイトを始めてからも相当の時間が経過している。
季節ごとに移りゆくこの前庭の草花、夕鈴が覚えているだけでもたくさんの種類の草花を楽しむことが出来た。

身に降りかかった借金の為、ひたすらに働いて来た。
不本意ながら、なんとか無事に狼陛下の花嫁を演じ続けている。

夕鈴はほっと息を吐いた。


「妃よ、大丈夫か」

突如掛けられた聞き慣れた声に、夕鈴は振り返った。
夕鈴の後方に、全身濃紺の衣装を纏った陛下が腕組みをして立っていた。


「陛下」

おかえりなさい…夕鈴は笑顔を浮かべる。


「お迎えもせず申し訳ありません」

準備に気を取られていたせいで、陛下の来訪に気づかなかった。陛下の姿を確認した侍女たちが慌ててかしずく様子を目端に捉えながら、夕鈴はゆっくりと腰を折る。
多数の女官の目にさらされている今は、妃演技にも熱が入る。


「随分と忙しいようだ。顔色が悪いのではないか?」

そっと夕鈴のあごに指を乗せて、陛下が呟いた。


「だ、大丈夫です」

にっこり、妃の笑顔で答える。


「慣れないことが多く少し戸惑っておりますが…」

夕鈴は手元に広げた書巻に目を移す。達筆にしたためられた文字を目で追っていたために、頭が痛くなって来た。
もしかして顔色が悪いのは、この書巻のせいだろうか。
夕鈴は抱えた書巻の一項目を陛下へ見せた。


「ご質問が。最後に月の物語のお芝居を観劇すると書かれておりますが、どのようなお芝居なのでしょうか?」

「秋の豊作を願って、月の神へ祈りを捧げる芝居と聞いているが…詳しくは私も知らない」

陛下は挿絵をじっくり眺めながら答えた。
宮中のお祭りなのに、主催者自らが知らないこともあるのね。夕鈴はふと疑問に思いながら、そうですか…と短く呟いた。


「後で李順に聞くといい。あれは何でも詳しいから」

「はい」

夕鈴は書巻に目線を移す。紙を綴る音が止まることはなかった。
あぁ…分からないことだらけ。でもお祭までそうそう日はない。


「あの、陛下。もうひとつ質問が」

「夕鈴、座って話をしよう。お茶を淹れて欲しい」

「あっはい。すみません、気付かず…」

夕鈴は慌てて答えた。
妃の部屋に来られた陛下をおもてなしもせずに立ち話など、張老師が見ていたら目をつり上げて怒られるかもしれない。


「私のために、一生懸命になるのは悪くないけれど…」

突然耳元に届いた囁き声に、夕鈴の心臓がどきりと跳ねる。


「もっと私自身にも夢中になって欲しいものだ」

「!?」

またか……過激演技披露中の陛下を見上げると、顔をほころばせて笑っていた。



















午後からはさらに忙しかった。
夕鈴は、中庭の準備を侍女たちに任せ、李順の部屋へ祭の詳細を聞きに行った。必要事項だけ聞いて次の仕事に取りかかるつもりだったが、これが思った以上に時間が掛かってしまった。
結局、祭祀の部屋を訪れたのはもう日も沈もうかという直前、空が朱く染まった夕刻であった。
祭祀から呼ばれていると言われてから随分と時間が経ってしまった。

申し訳ない気持ちいっぱいで扉を開けた夕鈴を出迎えたのは、予想に反して笑顔を浮かべた祭祀であった。


「お妃さま。わざわざのご足労、申し訳もありませぬ」

「こちらこそ、午前の刻に呼ばれておりましたのに…遅くなりすみません」

軽く会釈して、夕鈴は祭祀の部屋へと進み出た。


「祭までそう日もありませんゆえ、お忙しくお過ごしのことでしょう」

「分からないことばかりで戸惑う毎日です」

夕鈴は優雅に笑いながら、導かれた椅子に腰掛けた。


「祭儀のことでお話がありまして…」

「はい、どうぞ…」

ご指南くださいませ…夕鈴は小さく呟く。
目の前に座るのは、祭祀にしては若い青年。彼は、しきたりや伝統をとても大事にしているらしく、そのせいで時々陛下から煙たがられていること、噂には聞いているし夕鈴も実感していた。
良く言えば祭祀の職務をより完璧にこなしているが、悪く言えばいちいちと口やかましい。

夕鈴は最初こそ素直に聞いていたが、最近ではいい加減うんざりしていた。
今度は何のお話かしら。


「宵宮の飾り付けについて、一言お話したいと思いまして。実は………」

長い語りは終わる兆しなく永遠と続く。
夕鈴は次第に眠くなるまぶたを懸命に開けて、祭祀の話に耳を傾けていた。

あぁ…朝からバタバタと駆け回っていたせいで眠い。抑揚のない声ほど、眠り薬に勝るものはない。


「ですから……」

「お妃さま。聞いていらっしゃいますか?」

「!?はい!聞いておりますわ。御指南いただいた通りに直します」

「お妃さま。私に言われた通りに直すのではあまりにも芸がない。中秋節の祭はその年によって、違いがあるのは当たり前です。せっかく今年はお妃さまが初めて主催なさるのですから、お妃さまのこだわりを見せていただいても結構でございます」

「……」

直せと指導したり、こだわりを見せろと指導したり…一体私にどうして欲しいのか。
夕鈴は大きく溜め息を吐いた。
大事な祭であることに違いはないが、あくまでも私は臨時花嫁。通例にのっとって実施すべきであり、オリジナリティは必要ないと思う。そんな風に言ったらまた老師に怒られるかも、「もっと欲を出せお妃…」と。夕鈴は丸顔の老師を思い出し、心の中くすりと笑った。


「お妃さま、いかがなさいましたか?」

「いえ!そうですわね…それでは少し、陛下と相談いたしますわ」

「それは結構にございます」

にこにこ顔で祭祀が答える。この祭祀は、王宮で数少ない狼陛下のファンのひとり。陛下の名前はそれなりの効果があること、夕鈴は心得ていた。


「お妃さまからのご相談、陛下は大層お喜びになられましょう」

喜ぶかどうかは別として、李順から「妃主催といえど、必ず陛下に相談して決めよ」ときついお達しがあったので、相談しないわけにはいかない。
年に一度の大事な宮中の行事である中秋祭を夕鈴に任せる、と陛下が言ったときの、そばに控える側近の渋顔は今でも忘れない。夕鈴は浅く息を吐くと肩を落とした。


「御指南ありがとうございます。では失礼を…」

機嫌の良くなった祭祀が語りを止めて、お茶を飲み出したのをいい機会に、夕鈴は会釈して足早に部屋を退出した。





















「ふうん。祭祀がそんなことをね…」

陛下がぽつりと呟いた言葉は、静かな室内に響いた。飲み干したばかりの湯飲みを机に置き、すっかりとリラックスした様子で、陛下がこちらを見つめている。


「はい。こだわりを見せろと言われました」

夕鈴は苦笑いを浮かべながら、陛下の湯飲みにお茶を注ぎ足す。注がれたお茶の上にそっと花びらを乗せて、夕鈴は満足そうに笑顔を浮かべた。

今夜はいつも出すお茶とは違う。香りの高い茶葉の醸す芳香が、部屋全体を取り囲っていた。


「そうなんだ。それで今夜のお茶はいつもと違うの?」

陛下が頬杖をつきながら笑う。


「特にこだわってはおりませんが…たまには違うお茶も良いかと思いまして」

煮詰まりかけた祭の準備。気分転換のためにも、今日はいつもとは茶葉を変えていた。


「いい香りだね」

確かにいい香り。夕鈴は立ちこめる湯気に鼻を近づける。途端にみずみずしい香りが流れた。まるで摘み立ての花のように。


「それで…陛下にご相談をと思いまして」

「僕はなんでもいいよ。君のしたいようにすればいい」

やっぱりか。予想される答えに夕鈴は眉をしかめる。私の意見がなかなか通らないから、相談をしているというのに…なんでもいいが一番困る。


「出来れば…ご意見いただきたいんです」

祭祀の手前、陛下からの意見は聞かなくてはならない。夕鈴は顔をずいと近づけて、陛下を真正面から見つめた。
何か言うまでは退くまい。夕鈴は間近に見る陛下の顔に必死に動悸を抑えつつ、ひるまず顔を見つめた。
途端に、ぐらり…腕を引っ張られ体が傾く。その体を陛下がすばやく支える様子が目に入る。

わ!……何?


「夕鈴。僕を誘惑してるの?」

「は?……誘惑!?」

聞き慣れない単語にとても驚き、夕鈴は飛び跳ねた。
もしかして…私は陛下を誘惑してるのかって聞いたの?
夕鈴なら大歓迎だ…なんてにこにこ微笑む陛下に対して、口を尖らせて抗議する。


「そんなことしてないですよ!」

「そうなの?でもこれはどう見ても誘惑だなぁ…」

なんてこと。そんなつもりはないが、勘違いさせてしまった。あぁ恥ずかしい。
夕鈴は赤面顔で陛下の腕を押し退けたが、拘束が解かれることはなかった。
また…この展開何度目よ。夕鈴は大きく息を吐いて呼吸を整えると、厳しい視線で陛下を見据える。


「違います!私は…意見を聞いているだけですよ」

「夕鈴。君はやっぱり、もう少し警戒心が必要だ。僕だけに解かれるんならいいんだけどね」

眉根を寄せていかにも訝しそうだが、どこか満足気につぶやく陛下のアンバランスな表情に見とれている場合ではない。

ちょっと人の話聞いているの?それに…そろそろ腕を解いて。
ぶつぶつ嬉しそうに独り言を呟く陛下の顔は、夕鈴の目の前。夕鈴は目の前で揺れる陛下の黒い前髪、ただ1点だけを見つめていた。こんなに近いと目のやり場に困るってもんよ。


「赤い顔して…兎みたいだね」

「私は兎じゃありません!」

あわよくば捕食してしまおうというのか。
この状況では負けてしまうわね。意地悪な狼から逃れる手段はただひとつ。夕鈴はなんとか視線を合わせて、陛下の瞳を見つめた。


「嫌いになりますよ?」

「え?」

「早く腕を解いてください!じゃないと…嫌いになります」

「ゆ~りん…そんな」

突然現れたのは、本来の本性である子犬陛下。しゅんと耳をたたむと、寂しげに表情を曇らせて陛下が肩を落とした。がっちり掴んでいた腕を解き、やっと兎は狼の囲いから解放される。
夕鈴はほっと息を吐くと、そっと子犬から離れた。


「夕鈴。嫌わないで…」

う…なんでそんな可愛いこと言うのかしら。この人って、どこまでが本気でどこまでが演技か分からないわ。
すがるような瞳はまるで捨てられる寸前の子犬そのもの。夕鈴はいたたまれず目を伏せた。
少し…意地悪だったかしら。いつもの仕返しのつもりだったけど、ちょっときつく当たりすぎたのかもしれない。


「嫌ってないですよ」

「本当?」

「はい。ちょっと言い過ぎましたね。ごめんなさい」

「じゃあ仲直りしよう。手首に口づけさせて」

「は?」

この男…全く反省の色なしね。無邪気な笑顔でとんでもないことを強要しようとする陛下を、夕鈴は睨む。


「それだけは聞き入れられません」

「残念…」

手首で我慢したんだけど…ぺろりと舌を出して笑った子犬は、いたずらが見つかった幼い子どもみたいで、夕鈴の堅い顔はすぐに緩む。

やっぱり、この人にはかなわないわね。








Ⅱへつづく。

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