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2011.08.18 (Thu)

夏の誘惑Ⅱ

Ⅰのつづきです。








「みっともない!みっともない!みっともないーーーーー!!!!」

立ち入り禁止区域に響く老師の声。窓ガラスを割りそうなほどの大声に、夕鈴が顔をしかめた。


「うるさいですよ、老師。ここは立ち入り禁止区域です」

赤い顔で憤慨する老師に対し、冷静に返す夕鈴。その様子を見て、さらに老師が叫んだ。


「みっともない!!!」

「わっ分かりましたよ。一体何がみっともないんですか!?」

両耳を塞ぎながら、夕鈴が怒声を上げる。


「その格好じゃ。一体なんじゃ、その格好」

「あっこれですか?いいでしょう?」

ふんふんと鼻歌を口ずさみながら、夕鈴がふわりと一周舞った。
裾も丈も長いいつも掃除婦衣装を改め、夕鈴は新たな衣装を身に纏っていた。ひざまでの短い下裳と、丈の短い一枚の上衣。幾重にも重ねて身につける後宮の衣装とは打って変わって、驚くほどの軽装ぶりであった。


「良くない!妃がなんちゅう格好を…」

「今は妃じゃありませんよ」

「同じことじゃ。若い娘御がそのような格好…世も末じゃ」

わんわんとおおげさに泣き声をわめき散らし、老師が目を伏せた。どうせ嘘泣きだと分かっていたが、一応労りの言葉を投げる夕鈴。


「泣くことないじゃないですか。ただの衣替えですよ。こうすると涼しいかなぁ…って」

「そちは阿呆じゃ」

老師の言葉ぶりに、顔を曇らす夕鈴。阿呆って誰がよ!と声を大にして訴えたかったが、これ以上泣かれては面倒なので黙したままであった。


「そのように裾をまくりあげて、恥ずかしくはないのか?」

「そ…それは」

そんなこと言われたらちょっと恥ずかしくなってきちゃったじゃない…夕鈴はひざまでまくった下裳の裾を少しだけ下げた。
足を出して歩くことはみっともないとされていたが、少しぐらい大目に見てくれてもいいじゃない…夕鈴はぶつくさ文句を言う老師をやぶにらみする。


「別に足がすべて見えるわけじゃないし…この格好の方が暑くないし、いいんですよ」

「しかも上衣も身に着けず、一枚の着物だけとは…あぁ!嘆かわしい!妃ともあろうものが、まるで童子ではないか!」

当たらずとも遠からずのような…元は庶民出だし、ひらひらした妃衣装を纏っていなければ、十中八九下働きの童子だと思われるだろう。


「だから今は妃ではないと…」

「嘆かわしい、嘆かわしい…」

ぶつぶつぶつ…いつもに増して嫌味を連発する老師を横目に、夕鈴はため息交じりに掃除を始めた。天井のモップ掛けも窓枠の拭き掃除も、いつもより身軽になった分、はかどっていた。

掃除に精出す夕鈴の傍らで文句を言っていた老師は、一旦静かになったかと思うと、今度はしくしくと泣きだした。
さすがに無視し続けることにはばかれて、夕鈴は優しく声を掛ける。


「そんなにダメですか…この格好」

いいと思ったんだけどな…泣くほど否定するぐらいならば、装いを改めるしかない。


「……」

老師はみなまで聞くことなく、コクリと頷いた。


「ダ……」


バンっ!!!
突然響く衝撃音と同時に、勢い良く開け放たれた扉。扉から伝わる激しい振動にビックリしたふたりは、慌てて飛び退いた。


「な…何?」

逆光の中に仁王立ちする長身の人物。急に現れた誰かに驚いた老師が、床をころころと転げまわる。


「ダメじゃない!」

「………は?」

もしかして…目を凝らした先にいた人物は、陛下だった。


「陛下!」

「な…何?陛下じゃと」

死んだふりよろしく床を転げまわっていた老師は、夕鈴の言葉にすばやく身を起こすと深く拝礼した。


「おぉ…我が君。なぜにこのような所へ…」

「夕鈴。その格好、良く似合っている」

「……え?」

何言ってるの…まだひざを床に付けたままの夕鈴が、疑問いっぱいで陛下を見上げた。そんな夕鈴へ陛下は不敵に笑い掛けると、手を取って起き上がらせた。


「暑い夏こそ快適に過ごさねば。軽装は私も賛成だ」

にっと笑いながら、陛下が呟く。


「聞いて…いたんですか?」

「あぁ…」

どっちが怒っているのか分からないふたりの抗争は、回廊の端まで聞こえて居て、もちろん陛下の耳にも入っていたのである。


「だからダメではない。老師よ…妃が夏バテでもなったらどうする?涼しい格好をして何が悪いのだ?」

「お言葉ですが…しょうしょう露出が多めかと。あまり妃にふさわしくありません」

「……」

老師の言葉に首をひねりながら、それもそうか…と陛下は囁く。


「では私の前でだけではよかろう」

「!?」

陛下の前でだけ…?それって…。夕鈴の脳裏に嫌な予感がよぎる。


「それならば大丈夫です」

即答する老師に度肝を抜かれる夕鈴。
ちょっと!言ってることが違うじゃない!じっとり睨む夕鈴であったが、老師は素知らぬ顔のままであった。夕鈴の視線を完全に無視している。長いものには巻かれろというが、巻かれすぎである。


「では…」

陛下は満足気に微笑むと、軽々と夕鈴を抱き上げた。急に反転する景色に眩暈を起こしながら、夕鈴は小さく叫び声を上げる。


「これは返してもらうぞ…」

「はは」

この展開前にもあったような…見送る老師の嬉しそうな顔を見ながら、ずんずん進む陛下の腕の中、身動きできない夕鈴であった。
















「夕鈴、どうしてそんな渋い顔なの?」

やんわりと子犬陛下が尋ねた。
後宮の妃の部屋へ帰って来たふたりは、侍女が用意してくれたお茶を囲みながらおしゃべりしていた。

陛下の指摘を受けて慌てて渋顔を解く夕鈴。だけどやっぱり面白くなくて、謝罪しながらも訝し気な表情を浮かべるばかりであった。


「何か怒ってるの?もしかして…老師のこと?」

「別に怒ってませんが…ちょっと気に入らないんですよ。老師ってばあんなに否定してたのに、ころっと意見を変えて…」

「はは、そんなこと」

愉快気に笑う陛下に対して、夕鈴がぶつぶつ小言を言う。


「だって!陛下がいらっしゃるまで、ダメだダメだって泣くほど否定してたのに…陛下の前でならいいって…」

またしても思惑たっぷりの老師の言葉に、夕鈴は憤慨した。


「まぁまぁ夕鈴、落ち着いて」

困った表情を浮かべて、陛下が夕鈴をなだめる。


「なんにせよ良かったじゃない。新しい衣装もこれで難なく着れるしね」

「それは…そうですが」

「そうだ!この際だから妃衣装ももっと身軽で薄いものにしようか」

ルンルンと嬉しそうに提案する子犬陛下を見て、夕鈴がクスッと笑った。めんどうできっちりした衣装を好まない彼の性格は心得ている。


「陛下が薄着したいだけでは?」

ふふふ…と夕鈴が笑った。


「あれ、バレた?」

つられて陛下も笑う。


「王の衣装も夏に向けて改めようかな…こんな暑苦しい衣装着てたら、仕事の能率が下がるよ」

「そうですね。私より陛下こそ薄着にするべきですよ」

「それはダメだよ。君がしなきゃ意味がない…」

「は?どういう意味ですか?」

「さぁ…どういう意味かな」

「???」

意味不明な発言を呟く陛下の顔はとてもにこやかで、夕鈴は思わず言葉を失う。
そんな嬉しそうな顔されると何も言えなくなるじゃない…子犬陛下の笑顔には質問を封じ込める力があるに違いない、甘い表情に少し赤面しながら、複雑に見つめ返す夕鈴であった。














それより数日後。
妃用の夏衣装が出来上がったという侍女の言葉を受けて、さっそく夕鈴は試着することになった。

羽のように軽い衣装を身に纏い、姿鏡の前に立った夕鈴は、そのデザインにとても驚いた。


「こ…これは」

「まぁ!良くお似合いですわ。さすが…陛下のお見立てどおりですわね」

「え?陛下の?」

「お妃さまのために用立てられましたの…」

変に上擦った声を上げる夕鈴を、侍女はにこやかに返した。


「そ、そうなのですか…でも」

「でも?」

「ちょっと…」

「?」

いや、かなり…薄すぎる!?
とても薄くて身軽で確かに暑い夏でも乗り切れそうな衣装だけど…薄すぎる。肩のあたりなんて透けて肌が見えている。袖も短くて、二の腕まで丸見えだ。さすがに人前でこんな衣装は着れない。


「薄すぎない…?」

「そうでしょうか?」

「そうよ!!だって…」

腕も肩も丸見えじゃない!叫ぼうとした矢先、誰かの声にかき消される。


「なんと…愛らしい」

「!?」

え…?突然後ろから降って来た低い声。侍女と一緒に振り返ると、扉に寄り掛かる形で腕組みをしていた陛下が、こちらを見つめていた。


「陛下!」

慌てて拝礼する侍女を横目に、陛下がゆっくりと近づいて来た。


「!?」

ちょっとちょっと!着替え中よ!出て行って!!!一生懸命目配せする夕鈴。だがそんな目配せが通じる相手ではなかった。


「やはり思ったとおりだ。とても良く似合っている。なんと愛らしい…」

などと赤面もののセリフを吐いて、そっと抱きしめて来た。もちろん夕鈴には手も足も出せない。きゃーきゃー心のうちで叫びながら、陛下の甘い演技に耐える。

陛下は満足気な笑顔で、夕鈴のリンゴのように真っ赤な顔を覗き込むと、目を細めた。


「夏の衣装…気に入ったか?」

「……は…はい」

無理やり声を絞り出し、夕鈴は何度も頷いた。
恥ずかしい!も~~~早く侍女を下げて。夕鈴の返答にさらに満足気に笑うと、陛下はやっと左手を上げて侍女を下げた。退出する侍女の後ろ姿を眺めて、ほっと安堵の息を吐く。


「本当に…愛らしさに言葉を失う。このままどこかへ連れ去ってしまおうか…」

夕鈴のあごへ手を添えて、陛下がゆっくりと顔を近づけて来た。夕鈴はこれでもかと背を反らして、陛下のセクハラに応戦する。


「へへへへ陛下。演技終了です!!は、離してください!!!」

陛下はちぇっと舌打ちすると、夕鈴を拘束していた腕を解いた。解かれたと同時に夕鈴は俊敏な動きで陛下から離れると、警戒色を濃くした瞳でぎろりと睨む。


「一体何のつもりですか!!!」

「何のって…何が?」

「とぼけないでください!この衣装です!」

夕鈴は自らの胸をバシッと叩いた。激しく叩きすぎて少し咳き込む。そんな様子に愉快気に声を上げる陛下。


「面白すぎるよ…夕鈴。やっぱり君はいいね。愛らしくってさらに面白いなんて…最強だ」

「ちょっと!何ごまかして…ごほごほ」

「あ~ダメだよ。落ち着いて」

陛下は慌てて手を差し伸べると、咳き込む夕鈴の背中をゆっくり撫でた。


「慌てて話さなくても私は逃げない。こんなに魅惑的な妃の元から立ち去るわけないではないか」

「演技やめてくださいってば!」

「演技じゃないんだけどね」

子犬陛下は艶っぽい表情を浮かべる。途端に跳ねる夕鈴の心臓。
騙されちゃダメ…あれは演技演技演技。ぶつぶつ呟きながら暗示をかける夕鈴の奇妙な姿に、また陛下が声を上げて笑った。

ひととおり笑い終えると、陛下は夕鈴の両手をとった。


「さて、夕鈴。落ち着いたところで庭を散歩しようか」

陛下の提案にぎょっとする夕鈴。こんな恰好で外へなんて、冗談じゃない。


「遠慮します」

即答する夕鈴の手をおかまいなしに引っ張ると、陛下は歩き出した。


「陛下!」

「大丈夫。後宮なら侍女と女官しか居ないよ。別に他の男が居るわけじゃないし…恥ずかしがることないよ」

そうは言っても恥ずかしい。歩きながら腕やら肩やらに視線を送ったが、薄絹が透けていることに変わりはなかった。


「せっかく用意した衣装。外でも着て欲しい。ダメ?」

秘儀とばかりに上目遣いの子犬陛下が、お願い事を口にする。可愛い子犬陛下に簡単に折れてしまうのは、夕鈴の直さなければならない性格である。


「ダメ…じゃないですけど」

「じゃあ決まり!」

行こう!陛下がぐいぐい夕鈴の手を引っ張って、夏の陽射しが降り注ぐ外へと飛び出して行った。
眩しい光に目を細めると、隣の陛下も目を細めて太陽を見ていた。

今日も暑くなりそうだ。


「あっそうだ…夕鈴。ひとつだけ約束して」

おもむろに話し出す陛下に、夕鈴は首をかしげた。


「はい?」

「本当に良く似合っていて素敵なんだけど…その衣装は後宮以外は着用禁止ね。僕以外の男に見せるのは絶対禁止」

明るい陽射しの下、にっこり微笑む陛下の表情に不覚にもドキッとしてしまった。
火照る顔をいつも隠していた長い袂は今はなく、夕鈴は所在なげに片手で顔を覆うと、目を反らしてこくりと頷く。


「じゃあ行こうか」

ふたりは手をとる。


夕鈴の薄絹の衣装が爽やかな風に舞っていた。









二次小説第58弾完了です
今回は、夏バージョンです!夏の衣替えで薄着になった夕鈴の姿に、陛下は何を思うのかなぁ…とふと思い書きました。夕鈴の水着姿とかミニスカート姿とか、陛下かなり見たいでしょうね。目のやり場に困る…とかなんとか言いつつもしっかり見てると思います(笑)腰が細くって、胸もおそらく大きい抜群のプロポーションの夕鈴なので、かなり似合うでしょう☆小説に出てくるような二の腕を出した夏着物を、本作でも着て欲しいです~終始ドキドキしっぱなしです、陛下が
盆も過ぎましたが、まだまだ暑いですね…冷房なしでは小説は書けません!脱節電宣言です~弱い自分が情けない…残暑も厳しい夏ですが、体調等崩されないようにしてください。



21:21  |  真夏編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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