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2010.12.19 (Sun)

星に願いを

「星に願いを」

陛下目線で短文です。
冬をイメージして書きました。

ではどうぞ。
















ここは夜も更けた後宮。
回廊の灯火に照らされて、陛下の濃紺の上衣が暗闇に浮かんでいた。

急ぎ足で、歩きなれた後宮回廊を波のように進む。そこの角を曲がると妃の部屋の前庭へ続く一本道だ。陛下は徐々に弾みだす足取りを抑えつつ曲がり角に差し掛かる。すると、前方からこちらに近づいて来る人影が見えた。
後宮女官であろうか…目を凝らして見つめた人影にはどこか見覚えがあった。
そばまで近寄ると、その人物が道の端に寄って深々と頭を下げる。陛下はその様子を目端に捉えながら、過ぎ去ろうとした一瞬、ぴたりと歩みを止める。

暗闇で気づかなかったが…。


「何してるの?夕鈴」

くるりと振り返ると、まだ頭を下げたままの夕鈴が驚いたように顔を上げた。


「バレちゃいましたか…」

長い袂で顔を隠し少し照れくさそうに答えるのは、狼陛下の唯一の妃、夕鈴であった。
その様子に訝し気に眉根を寄せて、陛下がそっと壁に片手をついた。
突然目の前に立ちふさがる陛下の姿に、夕鈴の穏やかな気配が緊張に包まれる。


「こんな夜更けに…共の者もつけず一体君は何をしているんだ?」

回廊をすれ違う人物が僕でなければどうする…相変わらず警戒心の薄い夕鈴を見下ろすと、目を大きく見開いて困惑顔でこちらを見ていた。


「えっと…ちょっと散歩がしたくって」

気の抜けた返答に、陛下の眉根はますます深く刻まれる。こんな夜更けに散歩?仮にも夫である私の帰りを待たずに…。
陛下の深いため息が暗闇に流れる。


「あ、あの…怒ってらっしゃいますか?ここで待っていれば逢えるかなぁっと思って」

肩を落として少し落ち込んでいた陛下であったが、夕鈴の言葉に目線を上げた。


「今のどういう意味?」

「えっと、実は散歩じゃなくて…」

もじもじと、何やら言いにくそうに身を縮める夕鈴。壁際まで追いつめられていたため、身動きできない状況がさらに彼女の言葉を止めているようだ。
陛下は手を壁から外すと、夕鈴から一歩だけ退いた。

夕鈴はほっと息を吐くと、戸惑いがちに陛下をゆっくりと見上げる。


「今夜は流れ星が見えると老師から聞きまして…良かったら一緒に見ませんか?」

思いがけない夕鈴のお願いに、陛下の表情が一変したのは言うまでもない。
















暗くなった中庭に、陛下と夕鈴の姿があった。
暗い夜道を慎重に歩きながら辿りついた四阿の中。その四阿の中で、ふたり並んで上空を眺めていた。広い中庭の中央までは回廊の光は届かない。空を覆う一面の星空が、ふたりの顔を白く浮かびあがらせている。


「綺麗な星空ですね」

隣で笑う夕鈴はとても嬉しそうで、陛下の顔も自然と笑顔を作っていた。
冬の星空の美しさは格別だったが、今夜の星空は本当に美しい。隣に座る夕鈴は、その美しさを余すことなく取り込んだかのように輝きを放っていた。


「今日の星空は一段と綺麗だ」

夕鈴の横顔に向かって呟いたが、彼女の視線がこちらに向くことはなかった。
美しい星空に心奪われすっかりと見惚れてしまっているようだ…陛下は夕鈴の様子に微笑む。


「流れ星、見れるでしょうか?」

しばらくその可愛らしい横顔を見ていたかったが…陛下は夕鈴の質問に、名残惜しそうに視線を外すと上空を見つめる。
無数の光点が散りばめられた空は、吸い込まれそうなほどに美しい。
この様子ならば、老師が言うように星が流れるかもしれない。


「今夜なら…見れるかもしれないね。流れ星に何をお願いするの?」

「何をお願いしましょうか…何も考えてなかったです」

夕鈴の言葉は、ただ純粋に僕と星空を眺めたかったんだと言っているように聞こえて、嬉しくなった。
誰かの何気ない一言に一喜一憂するなんて…昔の僕では考えられなかったことだ。

陛下は、目を閉じて記憶を辿る。

夕鈴と過ごした日々の思い出ひとつひとつが、陛下の心を暖かく染める一方で、じわじわと足元を覆うこの不安は何か…。閉じた目の奥底で、底光りする記憶の波。柔らかく暖かい思い出よりも、遥かに多い辛く悲しい記憶が、陛下の心に陰りを落とす。


「陛下?」

名を呼ぶ声音に気づき、はっと目を開けた。


「大丈夫ですか?」

僕を心配そうに覗き込む夕鈴の顔を見た途端、一瞬で陰りが過ぎ去って行く。まるで散りばめられた星空に溶け込んだかのように見えない。さっきまでそこにはっきりと存在していたというのに…改めて感じた夕鈴のすごさに、陛下は感心の息を漏らした。


「大丈夫だよ。僕もお願い事を考えていたんだ」

そうですか…ほっと胸を撫で下ろす様子に、陛下は浅く息を吐いた。


「陛下のお願い事って何ですか?」

「何だと思う?」

「え……何でしょう?」

顔を伏せて真面目に考え込む様子に、陛下は苦笑した。
自分のお願い事でさえまだ決まっていないのに…自分のことより人のこと、いつでもどこでも真面目な夕鈴は本当に可愛くて仕方ない。

陛下は思わずくしゃりと破顔する表情を隠すかのように、前髪をかき分けた。ほんのり熱くなった頬に手を置いて、頬杖をつくような形で肘を足にくっつける。この体勢の方がもっと彼女を見つめられる…見つめた夕鈴はまだ懸命に“僕のお願い事”を考えているようだった。


僕の願い事は…これぐらいの星空ではきっと叶わない。
今はただ…可愛らしい君の横顔を見て、このままふたりで過ごす時間が止まったらいいのに。

陛下の纏いつくような視線に集中力を切らした夕鈴が、顔を上げてこちらに向き直った。


「そんなに見られると、考えられません」

「なぜ?」

「なぜって…気になるじゃないですか!」

「僕はまったく気にならないよ」

「私が気になるんです!」

「そっか…」

陛下はしゅんと肩を落として、仕方なく夕鈴から目線を外した。


「な…そんなに落ち込まなくても」

途端に焦り出す夕鈴。困惑顔を浮かべて伸ばされた手、陛下は間髪入れず、その手を堅く握り締めた。


「!?」

「私は…ずっと君を見ていたいんだ」

「なななな…何を…何を言っちゃってるんですか!?狼陛下!」

一生懸命に体を反らして、狼陛下の気迫から逃れようとする夕鈴に少し心が痛む。そんなに嫌わなくてもいいのにな…陛下は口元に笑みを浮かべると、夕鈴の手を解いた。

狼陛下は失敗に終わったか…。
やっぱりまだ思うようにはいかない。夕鈴と僕との関係も、まだまだ上手くはいかない。もっとも、僕の気持ちを隠し通している以上、どうにもならないのだが…。
陛下の心に浮かぶ花の笑顔。ふいにその笑顔が曇る様子が心に浮かび身震いする。
いつの間にか足元を吹き抜ける冷たい風に、陛下は眉根を寄せた。足元からじわじわと這い上がってくる陰りの波の世界。何度ぬぐったら消え去るのだろうか…。


「そ、そんな顔しないでくださいよ、陛下」

「ごめんごめん」

はっと意識を取り戻した陛下が、笑って答えた。ははは…暗闇に響く薄い笑い声に、夕鈴はほっと息をつく。
夕鈴は安堵の表情を浮かべて僕に笑顔を見せると、目を伏せてまた考え出した。


「夕鈴。空を見ていないと…星が流れたことに気づかないよ」

「そ、そうですね。じゃあ空を見ながら考えます」

「夕鈴。僕の願い事はいいよ。それより君のお願いを叶えないと…」

「それを言うなら陛下こそ。空を見てください」

「僕はずっと空を見ているよ」

陛下の返答に、不満気にちらっと目線を送る夕鈴。陛下は不思議に思いながら、夕鈴の態度を注意深く観察する。


「陛下。お願い事をしっかり心に浮かべて、星に願うんですよ」

夕鈴はいつになく真剣な表情で、陛下に力説した。


「流れ星が見えたら、心の中で3回唱えるんです」

「うん」

「3回ですよ。一瞬ですからね、気を抜いたらダメです」

「うん」

「陛下。本当に分かっていますか?」

「うん。分かってるよ」

にこにこにこ…子犬の笑顔で陛下は答えた。
本当に分かってるんですか…ぶつぶつと、夕鈴はまだ不満気に独り言を呟いていた。


「そんなことより夕鈴。君のお願いは決まったの?」

「わ、私はまだです…でも、大丈夫です」

何が大丈夫なのか…なぜか自信たっぷりに語る夕鈴の姿を、陛下は疑問を込めて見つめ返す。


「ダメだよ。早く願い事を決めないと」

「私のことはいいんです。陛下、上空から目を反らさないでくださいよ」

「良くないよ」

「はい?」

「だって…僕の願い事は、夕鈴の願い事が叶うことだもの…」

「え?」

一瞬の沈黙の後、慌てたように夕鈴が口を開いた。


「な、何ですかそれ。どういう意味ですか?」

「だから、僕は流れ星に、夕鈴の願い事が叶いますように…ってお願いするつもりだから」

「な…なんで」

笑顔で言い放つ陛下の前で、力なく肩を落とす夕鈴。すっかり気の抜けた体で、夕鈴は再度、なんで…と呟いた。


「ダメだった?」

「ダメです。全然ダメです。陛下の願い事を言わないと意味ないです」

「だから言ったよ」

陛下は、そっと手を伸ばすと夕鈴の髪に触れた。流れるように長いその髪を一房取ると、唇に当てて目を閉じた。長い髪を通して夕鈴の身の震えが伝わったが、僕にはどこまでも心地良く伝わった。


「へ、陛下…」

さっきよりも動揺した声音で、夕鈴が呟く。
今更だけど…僕を呼ぶ声は夕鈴が一番甘い。などと考えつつ、陛下は目を開けた。

真っ赤な顔した兎が一匹、目の前で固まっていた。


「僕は言った。君の願い事を叶えるのが僕の願いだよ」

「でも…それじゃあ陛下が」

夕鈴がかすれる声を出したとき、上空で何かが瞬いた。
あっ…と短く声を出すと、陛下は上空に視線を移す。


「今、何か流れたかもしれない」

陛下の言葉にはっと気づいたように夕鈴が上空を見たが、そこには変わらず、静かに星がきらめきを放っているだけだった。


「もしかして流れ星!?」

「だね」

「あ~あ」

夕鈴はがっくりと肩を落とした。


「願い事、言いそびれちゃいました」

「大丈夫。また流れるよ…」

陛下は笑顔で答えた。
心底落ち込む彼女が可愛くて仕方ない…髪だけでは物足りず、思わず手を伸ばして頬に触れそうになったが、なんとか自制心を呼び起こして自らを制した。

中途半端に止められた陛下の手。
夕鈴は、大きな瞳でまばたきを繰り返して見ていた。本当は…訳が分からずに視線を送るその仕草すべて独り占めできるように、堅く腕の中捕らえたいが…これ以上はきっと警戒されてしまう。
狼陛下が不発に終わった今夜では、同じ手は通じないし。

これ以上は触れてはいけない…か。

ため息を漏らす陛下に、夕鈴は心配そうに声を投げてきた。


「なんでもないよ。ちょっと残念で…」

「私も残念です。でもまた流れ星見れますよ!今夜はがんばりましょう」

堅く拳を握りしめる夕鈴。まるで星空へぶつけるように、上空へ向かって意気込みを言い放った。

あぁ…やっぱり面白いな。
陛下は、込み上がる笑いに口元を押さえる。やっぱり彼女は面白くて可愛い。


「うん。今夜はがんばろうね」

陛下は笑い声を漏らさないように答えた。
夕鈴のこの様子では、きっと流れ星に願い事を言うまで粘るつもりだろう…。だったら僕も付き合うしかない。可愛い妃の願い事は、すべて叶えたいから。流れ星なんかに負けてはいられない。

意気込む夕鈴の隣で、さらに意気込みを深める陛下。
流れ星も夕鈴も…長期戦になりそうだ。だが、諦めるつもりは毛頭ない。



「でも……さっきの言葉…嬉しかったです」

ふいに耳に入って来た細い声。陛下は上空から視線を外すと、夕鈴の横顔をじっと見つめた。


「私の願い事が叶うように…って言ってくださったこと。私も、陛下の願い事が叶って欲しいと思ってたから」

一緒ですね…嬉しそうに微笑む姿に、胸が熱く高鳴った。
一瞬で波打つ鼓動に、陛下は息を飲む。甘く響く心臓の音が、僕に気づかせる事実。

やっぱり、夕鈴は面白くて可愛くて……愛おしくて仕方ない。


「願い事、思いついたよ」

「本当ですか!?良かった」

暗闇の中、光る夕鈴の顔。
夜空を覆う星空のきらめきにも負けないくらい、とびきりの笑顔が輝いて光る。

その姿を目に焼き付けて、陛下は瞳を閉じた。

流れ星に願うことはただひとつ。




いつまでも君と一緒に。



星に願いを。







二次小説第37弾完了です
クリスマスが近いのでバカップルを目指してみました(笑)
ちょっと路線からは外れましたが…ロマンチックな感じで仕上げることが出来ました☆
ミケの小説では、最近夕鈴がとっても大胆になっていくような…。ちょっとドキドキです。

最後までお付き合いありがとうございました



02:43  |  陛下片思い編  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.12.13 (Mon)

僕の花嫁を紹介します

「僕の花嫁を紹介します」

タイトルは…どうぞ笑ってください。(どこかで聞いたような…)
陛下目線で少し長め。

ではどうぞ。
















夕鈴はかわいい。
笑った顔も怒った顔も、泣きじゃくった顔でさえも、とてもかわいい。

それに、夕鈴は優しくてお人よしだ。
情にほだされやすいし、困った人が居ると見過ごせないみたいだ。
素直で真っ直ぐな性格はとても好きなんだけど、そのせいで騙されやすいし、危なっかしいから僕はとても心配している。

で、これが一番なんだけど、夕鈴はとにかく面白い。

こんな女の子は初めて逢った。

僕が知る女の子は、無駄口を叩かない従順な生き物。常に権力者の庇護の下に居て、世の中を知ったような顔や口ぶりで優雅に振る舞っている。ときに喧嘩してヒステリックに叫んでいるかと思ったら、次の日にはお茶を片手にのんびりと談笑している。僕にとっては不思議で仕方ない生き物、そんなイメージをずっと持っていた。

だから、夕鈴に初めて逢ったときは衝撃だった。
こんな女の子が居たことに驚き、こんな女の子が僕の臨時花嫁になったって知って二度驚いた。

彼女の純粋な性格がとにかく僕には眩しくて、彼女がやることなすことすべて新鮮で堪らなかった。夕鈴が僕の前に現れてからというもの、僕の興味の種は夕鈴ただひとりにずっと集中していたのかもしれない。

最初は興味本位。次には目が離せなくなり、ついには自分の心の奥底に芽生えた感情の意味を知ることになった。

僕は夕鈴が好きなんだ。

笑った顔も怒った顔も、泣き顔も……本当に、本当に好きで堪らない。ずっと見つめていても物足りないぐらい、いつも夕鈴のそばに居たいと願ってしまうほどに。
だんだんと彼女に惹かれていく自分が止められない。

いつも心に思っていることはただひとつ。
仮の妃ではなく本物の妃に。臨時ではなく永久に僕のそばに。
泣き顔も笑い顔も、すべての表情の先にいるのは僕であるように。

ずっと僕のそばにいて、その花の笑顔で僕だけを見つめて欲しい。



僕は、今日も朝から忙しい政務に取り組んでいた。
僕を取り囲む臣下たちが次々と投げてくる案件を、片っ端に片づけていたときのことだ。僕が何気なく視線を向けた先には、僕の花嫁夕鈴がいた。

夕鈴の政務室通いは通例化していた。最初の頃はやっかむ臣下(特に方淵)もいたが、最近は見慣れたせいか誰も気にとめることはなかった。夕鈴には僕のわがままで通っているが、実際は僕の目の届くところに彼女を置いておく必要があったから、だから夕鈴には毎日のように政務室へ通ってもらっている。その理由は分かりきったことだが、夕鈴の存在を気に入らない誰かが彼女に害なす可能性があるからだった。夕鈴にとってこの場所はとても危険な場所だ。だが彼女にはその自覚がないし、当たり前の日常に危機感なんて感じない世界で生きてきたため、危険にさらされているという認識があまりに低い。それが夕鈴の良いところだし、それに真実を知ってがちがちに緊張したまま働いて欲しくないから、嘘をついてでも政務室に居てもらっていた。

でも…僕は夕鈴の横顔を見つめた。

たとえ夕鈴のためだとしても、彼女の政務室通いはとても良い。こうやって視線を向ければ、いつでもそこに愛しい彼女の姿を見ることが出来るのだから…。

そんな風に考えていると、ふいに夕鈴と目が合った。
僕はいつもそうするように、にっこりと笑顔を向ける。政務室では常に臣下用の冷酷非情な表情を作っているが、夕鈴と目が合ったときは別だ。妃に見せる甘い笑顔で、夕鈴に笑いかける。途端に赤い顔を作った夕鈴が、手にした大きな扇で小さな顔を隠した。

僕が夕鈴に笑いかけるのは、誰の目から見ても唯一の寵妃だと思わせるためだったが…最近では、こんな可愛らしい反応を見たいがために、わざと目を合わせているのかもしれない。
僕は自らの思考に苦笑しつつ、夕鈴へと近づいた。


「どうした?ぼーっとして…」

突如掛けられた声に、夕鈴はびくりと顔を上げた。相変わらず赤い顔の夕鈴が、目の前に立つ僕の姿を扇のすきまから盗み見ていた。
その態度が面白くて、つい僕の意地悪心に火がついた。


「随分と退屈させてしまっているようだ…」

僕は夕鈴の白い手を取ると引っ張った。力の抜け切った体だったので簡単に引き寄せられる。そのまま椅子から立ち上がらせると、夕鈴の顔を間近で眺めた。


「退屈だが、もう少し我慢してくれ。昼の休憩は、一緒に庭を散歩しよう」

僕は夕鈴だけに見せる最上級の笑顔で言う。
夕鈴は声にならない声で、かぼそく何かを答えていたが、僕には聞こえなかった。


「夕鈴…愛らしいな。今日の君は一段と愛らしい」

僕は手にしたままの夕鈴の手を握り直して、指をからめた。
しっとりと滑らかな肌が僕の手に纏いつくようで、僕はぞくりと身震いする。彼女の甘美さは分かっていたつもりだが、時々その甘さに狂いそうになる。
すでに数え切れぬほどこの甘さに耐えてきた僕だったが、今日の僕はなかなか夕鈴の手を離すことは出来なかった。


「へ…陛下…」

息も絶え絶え、夕鈴がかすれる声を出して僕を見上げる。なんて可愛い夕鈴…などと考えている僕は、本当に重症だと思う。僕は、夕鈴の分かりやすい“そろそろ離せ”というサインを容赦なく受け流すと、もう一方の手で夕鈴の腰を引き寄せた。
夕鈴は、恥ずかしそうに目を伏せていた。多数の臣下たちの視線をとても気にしているようだ。


「そろそろ…お戻りください」

「つれないことを言う」

「ななな…何を…」

「夜はあれほど素直なのに…」

「!?」

普段ならば、思いっきり突き飛ばされるところだが、臣下たちの手前そうも出来ない。夕鈴は心底悔しそうな瞳をじっと僕に向けていた。まるで舌打ちでも聞こえてきそうな様子に、僕は必死で笑いをこらえた。
夕鈴…悔しいのは僕の方だ。だって仕事中しか君に思いきり触れることが出来ないなんて…飼い殺しもいいところだ。

僕は長く艶やかな夕鈴の髪を一房取ると、薄い口元に当てた。甘い香りが鼻孔から脳髄を刺激して、僕の意識はいとも簡単にくらむ。

しばらくその甘い髪を堪能していたが、その間もずっと夕鈴は真っ赤な顔して悔しそうにこちらを見ていた。

あぁ…まずい、これはかなり怒っているかもしれない。でも…
ますます可愛くなった怒り顔の夕鈴。僕は嬉しくなって、また手を伸ばしそうになる。


「陛下!」

突然の大声に、僕の手が止まる。耳に届いたのは李順の声だった。


「ご休憩にはまだ早いです」

李順が、つかつかと靴音を立てて僕たちに近づいて来た。途端にほっと息を吐く夕鈴の姿がうかがえた。僕の行為を見かねて夕鈴へ助け舟を出したのか…僕は近づく側近の顔を軽く睨みつけた。


「まだ案件が残っております。至急お目通しを…」

僕はこれみよがしにため息を吐く。仕方ない…体を反転して元踊り政務机に戻ろうとした僕の手を、夕鈴が叩いた。

結構痛い。見つめた夕鈴の顔は、僕は思わず引いてしまいそうなほど怒っていた。


「ゆう…」

「陛下。お早くお戻りください」

李順のいらいら声に、僕の呼び声はかき消される。
夕鈴は一通り睨み終わると、自らの定位置である椅子へとさっさと踵を返して戻ってしまった。


「陛下」

何度も呼ばなくても聞こえている。お前のせいで彼女に声を掛け損なったではないか…去って行く夕鈴の後ろ姿を見つめながら、僕はそんな風に考えていた。

















「待遇…改善?」

「はい」

「何だそれは?」

僕は訝し気に尋ねる。尋ねられた李順はもっと訝し気な顔して、さらに言った。


「夕鈴殿から苦情です」

「……」

苦情…だと?意味が分からず見つめた李順の顔は、あいも変わらず真面目な表情であった。


「陛下に、過度な演技をお控えくださるように進言して欲しいと、夕鈴殿から苦情を承りました」

「嘘だろう」

僕ははっと笑い飛ばすと、口元に笑みを浮かべた。夕鈴が僕に苦情なんて…ありえない。僕は自らのうぬぼれた考えを全く訂正することなく、つまらぬことを言うな…と李順を一蹴した。


「気を付けてください。彼女、大変怒っています」

「……」

声を落として呟く李順の様子はとても深刻で、僕は笑いを止める。夕鈴が怒っている…?ありえないことではないが…僕は一瞬だけかすめた不安を拭い去ろうと頭を振る。


「では私から謝っておく」

僕の発言に対して全く反応を返さない李順。まるで謝っても無駄だと言わんばかりだ。
確かに今朝の態度は行き過ぎだったかもしれないが、仲良し夫婦を演じることも夕鈴の仕事のひとつだ。仕事をしているだけなのに怒られるのも矛盾している。

何も答えず訝し気な視線をずっと送り続ける李順を目端に捉えながら、僕は大きくため息を吐いた。
















夜、妃の部屋へ訪れた僕は、ありえない展開に動揺した。

妃が…夕鈴が部屋へ入れてくれない。

まだ夕鈴がここへ来たばかりの頃にもこんなことあったな…昔を思い出す僕の心は焦りに焦っていた。あの頃はたいして何とも思っていなかったが、今は違う。


「妃はどうした?」

「体調不良だそうで…今夜はお相手できませんとご伝言を言づけておいでです」

「体調不良?妃は大丈夫なのか?」

寵妃を心配する夫を演じながら、僕はどうしたものか…と頭をひねった。
体調不良などではないことは明白。今は何よりもまず夕鈴の機嫌をなだめたいが、肝心の夕鈴に逢えなくてはそれも叶いそうにない。

無理やり部屋に入ってはもっと怒るだろうし…。かといって王の命令に従うような娘ではないし…。

仕方ない、今夜は引き返すか…元来た道を自室に向かって引き返す僕の足取りは鉛のように重く、頭には李順の言葉がぐるぐと回っていた。


『気を付けてください。彼女、怒っています』

あいつの言葉が当たったのか…
暗闇で吐いた深い息は、冷たい空気にさらわれて白く濁っていた。
















「妃はどうした?」

「今夜も…体調不良で」

申し訳なさそうに身を縮める侍女の顔を眺めながら、僕はまたか…と肩を落とした。
僕と侍女の間で、同じやりとりが三日間続いていた。

そろそろ機嫌も直っているだろう…と足繁く通っているが、どうやら今夜も無駄足だったようだ。


「も、申し訳ありません…お妃さまにはいらっしゃってること、お知らせしていますが…」

「お前が気に病むことはない」

原因ははっきりと分かっている。だが…過度な演技のせいで、夫婦仲が不仲になったとあっては…僕にとっても彼女にとっても良くないことだ。

そろそろ折れてくれてもいいだろうに…相変わらず強情な夕鈴に笑いが込み上がる。

やっぱり…夕鈴って面白いな。
でも、今夜は黙って帰るわけにはいかない。


「体調不良も三日目だ。心配なので様子見をさせて欲しい」

僕は、狼の気迫を出して侍女に詰め寄る。
びくり…と肩を震わせた侍女だったが、それでも負けじと口を開いた。


「お妃さまは…お見苦しいお姿はお見せしたくないとおっしゃっておいでですので…どうぞご遠慮くださいませ」

「妃が心配でならぬのだ。それに…夫婦の間で見苦しいも何もないし。妃に逢わせて欲しい」

「し、しかし…」

侍女は定まらない視線で、何かを必死で考えているようだった。
僕を追い返す上手い言い草を考えているんだろうけど、百戦錬磨のこの僕に勝とうだなんて十年早い。

僕は、立ちふさがる侍女を退かせると、妃の部屋へ歩みを進めた。


「夕鈴…?」

思った以上に暗い妃の部屋。僕は主の姿を探したが、居間には居なかった。
一体どこに潜んでいるのか…知りすぎた夕鈴の気配を探す。夕鈴は、どうやら奥の寝室に居るようだった。

進んだ奥の寝室はもっと薄暗かった。
寝室のちょうど中央、妃の寝台が盛り上がっている様子を見て、僕は苦笑する。

狸寝入りか…だがバレバレだよ、夕鈴。


「夕鈴、寝たの?」

僕はそっと声を掛けながら、寝台の端に腰掛けた。

可愛らしい獲物を僕の前に放っておいて、指を加えて見ていろだなんて…李順も酷なことを言う、などと考えながら、僕は夕鈴の眠った顔を見つめていた。夕鈴の眠り顔は、極上に美しく暗闇の中でも白く輝いていた。
その輝きにしばらく魅入っていたいが、今宵はそうも出来ない。

三日間も僕を無視し続けたこと、僕だって怒っていないわけではない。

シーツの上には、夕鈴の細くて長い髪が波打っていた。
僕は、その一房を手に取るとさらには指に絡め取る。夕鈴の髪は、あまりに艶やかでさらさら過ぎて、するりと僕の指先から流れ落ちると絹のような音を奏でてシーツに舞い散った。何度も絡め取っては、何度も舞い散る。舞い散った髪は波紋を広げるかのように白いシーツに散っていく。

夕鈴は僕の行為に耐えていた。
是が非でも目を開けないつもりなんだろう…僕はムキになって次に夕鈴の頬に触れた。柔らかい感触が手に伝わる。夕鈴のまつげが一瞬だけ揺れたが、目を開けることはなかった。

これにも耐えたか…ではこれはどうか。

カタン…と寝台の軋む音が室内に響く。
僕は手をついて、夕鈴に顔を近づけた。体重を掛けたせいで寝台が斜めに傾く。そのおかげで、夕鈴もこちらに身を傾けていた。


「夕鈴…」

君は…このまま一生僕と目を合わせず、僕を無視するのか。

そんなことは許さない。
君が借金を返済して、この後宮を去ることも…僕は許さない。許したくない。
その甘い唇をふさぎ、僕の痕跡を刻み付けたら、君は帰りたくないと望むだろうか。僕なしでは生きていけないと…切なく声を漏らすのだろうか。

僕はゆっくりと唇を近づけた。
もう触れようかとする間際、夕鈴が目をかっと見開いたかと思うと、火事場の馬鹿力を発揮し、僕の胸をばんっと押し退けた。

あまりの衝撃に少しむせ返る僕。
夕鈴ってときどき馬鹿みたいに強いし、馬鹿みたいに逃げ足が速いから困ってしまう。
僕は苦笑しつつ、夕鈴の顔を見つめた。彼女はぜーぜーと肩で息をしつつ、涙目でこちらを睨んでいる。


「起きていたの?夕鈴」

僕は無垢な笑顔を向けると、にこやかに夕鈴に言う。


「いいい、今起きました。な、なんで…なんで陛下がここに居るんですか!」

「なんでって…君が体調不良だって言うから心配で様子を見に来たんだ。でも、元気そうで良かった」

僕は子犬の仕草で、良かったという言葉を本当に嬉しそうに呟いた。


「……だ、大丈夫です」

「もしかして風邪かなって思ったんだけど…熱はないようだよ」

「そ、そうですか」

夕鈴は何やら不満気な様子だったが、僕は気にせず手を伸ばす。


「あまり心配を掛けるな…夕鈴。君は大事な僕の妃だ」

言いながら、僕は夕鈴の頬に触れた。
その行為に弾かれたように夕鈴が腕を突っぱねて、再度押し退けようと力を込める。今度ばかりは僕も負けるわけにはいかない…僕は頬に添えた手を堅くキープしつつ、夕鈴の反発に耐えた。


「は、離してくださいよ。さっきから、あっちこっち触り過ぎです!」

「まだ頬にしか触れてないけど…」

「さっき散々髪に触ってたでしょーが!セクハラですよ!セクハラ!!」

「なんで知ってるの?夕鈴。君、眠ってたよね?」

じたばたと寝台の上で暴れる夕鈴は、僕の質問でその動きをぴたっと止めた。
赤い顔がとても動揺していた。

我ながら意地悪な質問だったかな…夕鈴の可愛い怒り顔を見ていたいがために、いじめすぎてしまうのは僕の悪い癖だ。

少々反省しつつ、必死に反論の手を考え込んでいる夕鈴に笑いかけた。


「確かにちょっと触りすぎたみたいだ。それに…仲良し夫婦演技も少し度が過ぎてしまったようだね。ごめんね、夕鈴」

「……」

僕の子犬の笑顔に対して、夕鈴は困ったように笑った。


「これからはなるべく控えるようにするよ。だから…もう許してくれる?」

「………はい」

夕鈴はしばらくの沈黙の後、こくりと頷いた。相変わらず素直で心優しい彼女の姿に、僕の心が癒される。


「良かった。正直、君に無視され続けられるのは痛かったよ」

「すみません…でも、あれは陛下が…」

「ん?」

「いえ。無視してごめんなさい。仕事なのに…職務放棄して申し訳なく思ってました」

「もう怒ってないから。夕鈴も、もう怒ってないよね?」

僕は上目遣い気味に視線を上げた。
夕鈴の瞳からはすっかりと怒りが消えていた。


「もう…怒ってないですよ」

「じゃあお互いに仲直りだね」

僕は手を差し出した。しばらくの躊躇の後、やっと笑顔を向けてくれた夕鈴が、僕の手を握り返す。


「仲直りの握手だ」

「仲直りの握手ですね」

ふふふ…と笑いながら夕鈴が呟く、花の笑顔で。
怒った顔も泣いた顔も可愛いけれど、やっぱり笑顔が一番だ。

僕はくしゃりと破顔すると、握り締め合ったままの僕たちの手に視線を落とす。

いつでもどこでも、僕に差し伸べられるこの優しい白い手。
この先もずっと…こうやってふたり喧嘩して仲直りして笑い合って…そんな毎日が続くことを、僕は願っている。











二次小説第36弾完
黒いですね~陛下。真っ黒です。本当に計算高いですね、この狼は。キング・オブ・たち悪い。
冒頭で夕鈴の性格を語っていますが、素直で真っ直ぐで人に騙されやすいのが危なっかしいって……危ないのは陛下ではないでしょうか。(笑)夕鈴がもっとも警戒すべき相手は陛下ですね~

え~前置きはさておいて、今回のネタは“夕鈴の狸寝入り”です。
彼女苦手そうですね。不得意分野なのにあえて挑戦するところが彼女らしいです。ミケはいつも夕鈴を尊敬しちゃいます。
それにしても…狸寝入りネタを書きたいがために、かなり文章長くなってしまいました。
李順も何気に連続登場中です。原作でも登場が増えているので、ミケの小説でもがんばって登場させてます。もっと原作の登場人物の出演を増やしたいですが、主役のふたりにどう絡めるか…難しいところですね。



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2010.10.27 (Wed)

刹那の恋

「刹那の恋」

陛下目線。
お決まりな展開ですが、笑って読んでください。
長いですが、中途半端になりそうだったので分けていません。

ではどうぞ。
















祝いの言葉と賛辞がつぎつぎと飛び交う大広間。
今宵、ここ白陽国王宮の一角にある大広間では珍しく宴が執り行われていた。

玉座に腰掛けた僕は、居並ぶ高級官吏と大臣たちの面々に溜め息を吐きつつ、手にした杯をぐいと飲み干した。

久方ぶりの王主催の祝宴。
参列した者の話の種は尽きることなく延々と語っていたようだが、そろそろ宴も終わるだろう。

僕は空になった酒杯を卓に置くと、隣に鎮座していた夕鈴に視線を送った。

夕鈴は慣れない雰囲気に戸惑いながらも談笑の輪に自然と溶け込んでいた。

最初宴へ出席させると聞いたときはいい顔しなかったが…この様子ならば心配なさそうだ。

少し頬を高揚させて臣下と楽しくおしゃべりする夕鈴を見て、僕はほっと息をついた。


「陛下…おかわりなさいますか?」

どうやら僕の視線に気づいたようだ。

夕鈴はそっと口を開くと僕を見つめた。

「いいや、今宵はよく飲んだ」

僕は妃にだけ魅せる甘い表情で気遣いの上手い夕鈴に笑いかけた。

「君こそいいのか?まだ料理はたんまり残っているぞ」

「私は…もうお腹いっぱいですよ」

控えめに答える夕鈴の姿に私は笑みを浮かべる。

時々、まだ妃演技に慣れずに戸惑う愛らしいその姿に、いつも心奪われてしまう。

妃仕事をがんばる夕鈴をそばに居ていつまでも見守りたいと思う反面、もっともっと困らせてしまいたい、僕に助けを求めて欲しいと思ってしまう。

自らの矛盾した考えに嫌気が刺すが、なかなか直りそうないので仕方ないかな。

僕は夕鈴の肩を抱いた。

公の場でのみ許される行為に物足りなさを感じるが、この関係性を打破しないことにはいつまでも変わらない。

だが、僕はまだその手段を講じる術を模索中だ。

こればかりは僕の気持ちだけでなく彼女の気持ちも必要だから。

だからまだ…しばらくは仮の妃でも良いので僕のそばで愛らしく初々しい姿を見せて欲しい。


「お妃さま。これは我が家で作りました銘酒でございます。どうぞご賞味くださいませ」

臣下のひとりが拝礼しつつ、僕たちの前に進み出た。

手を伸ばそうか迷っている様子の夕鈴が、僕へちらりと視線を向けた。


「では、妃の前に私がいただこう」

臣下を信用していないわけではないが、用心に越したことはない。毒に慣れたこの体、多少抵抗力があることは自負していた。

僕は臣下からの杯を受け取ると一口飲んだ。甘い香りが口内に広がる。


「いかがでございましょう。果実の汁をふんだんに使って作った銘酒にございますので女性に好まれております。お妃さまもどうぞ」

「夕鈴。酒は大丈夫なのか?」

僕は尋ねてふと思う。そういえば彼女が酒を飲んだ姿を見たことはないと。夕鈴のことだから、酔っ払って暴れまくったら…それこそ僕の期待通りだけど、そんなことを期待していると知ったら激怒するだろうな。

僕は心の中で笑いながら、隣の夕鈴を眺めた。


「まったく平気ですよ。飲んでもなんともありません」

「ふうん」

なんだ、つまらない。僕は少々肩を落として、自らの杯を夕鈴へと渡した。

いただきます…小さく呟いて夕鈴は器に口をつけた。


「とっても美味しいです。ありがとう」

夕鈴は上品な笑顔で臣下に会釈した。
お妃演技も随分と板についてきたね…僕はこそっと耳打ちすると、顔を赤らめる夕鈴に笑いかけた。












宴が終わり、今夜の寝室である妃の部屋に戻ったときはすでに深夜だった。
いつもの眠る刻よりもずっと遅い夜に自然と欠伸が出る。

口数の少なくなった隣の夕鈴を見ると、少し充血した瞳をこすっていた。


「夕鈴、ご苦労様。今日は遅くまで大変だったね」

僕はいつもの定位置である長椅子に手をつきながら言う。

受けた夕鈴は赤い瞳で僕を見て一言、熱い…と答えた。

熱い?


「このお部屋暑くないですか?」

「そう?」

夕鈴の言葉で初めて僕は外気を肌で図る。夕鈴に言われるまで気にもとめないほど、僕にはどこまでも適温だった。


「熱い…」

夕鈴はもう一度呟くと羽織を一枚脱いだ。

窓でも開けようかな…なんて考えていた矢先、腰紐を解こうとする夕鈴の姿が目に飛び込んで来て、僕は思わず目を疑う。


「夕鈴…」

まさか夜着まで脱ごうというのか?

僕に呼ばれて振り返った夕鈴の瞳を覗き込むと、至って正常だった。
いつもと変わらぬ表情でこちらを眺めている。

それでも紐を解こうとする手を止めない夕鈴を僕は慌てて制した。


「ちょっと、何してるの?」

もしかして…寝る前から寝ぼけているのか。まさかね。

僕は笑い飛ばして、夕鈴が解きかけた腰紐に手を伸ばして堅く締め直した。

宴の華やかな余韻が夕鈴を酔わせたのかもしれない…。
我に返った夕鈴はきっと赤い顔で僕に謝罪するに違いない。

僕は期待を込めて視線を送ったが、予想に反して夕鈴の顔は真っ白であった。

あれ?


「……」

夕鈴は真っ直ぐ僕を見つめていた。

あまりに綺麗な瞳で見つめて来るので不覚にも僕はドキッとした。

彼女が魅せる天然の色香、慣れたと思っていたがそう簡単にはいかないようだ。


「夕鈴?」

「陛下、もう寝ましょう」

夕鈴は腰に置かれた僕の手を取った。

そういえば…僕の手はまだ夕鈴の腰紐に添えられていた。

もう少し触れていたかったが仕方ない、僕はいつも通りの展開に心の中嘆きつつ夕鈴から離れようとした。

だがすぐに、また僕は目を疑う。

見ると夕鈴の手は僕の手を握り締めたまま離そうとはしなかった。


「……」

いつもと違い大胆な行為に及ぶ夕鈴。思わず不規則に刻む鼓動に僕は勘違いしそうになる。


「夕鈴…どうしたの?」

夕鈴はゆっくりとまばたきをひとつすると、握り締められたままの手ごと僕を引っ張った。

一体、どこへ連れて行こうというのか。

向かう先は長椅子ではなく、間違いなく妃の寝台。

急に迎えた展開に僕の思考は戸惑う。

寝台の前まで来ると、夕鈴はなんの躊躇もなくするりとふとんに潜り込んだ。

魅力的な衣擦れの音が耳に流れ、僕は思わず手を伸ばしそうになるが必死に自制心を呼び起こす。


落ち着け。勘違いしてはいけない。


「寝ないんですか?」

ごく普通に尋ねる夕鈴。

「僕、青慎じゃないよ?」

また…弟と勘違いしているのでは?僕は疑いを込めて聞き返す。

前回の事件は、少なからず僕にはショックだった。

弟と間違える夕鈴の寝姿が脳裏に浮かび、僕は眉をしかめた。


「何おっしゃってるんですか…?陛下」

夕鈴が笑う。

陛下。
間違いなくそう呼んだ。

僕はほっと胸を撫で下ろすと同時に、夕鈴の澄んだ瞳を覗き込む。

見定めを間違っては痛い目に遭うのは必然。

僕は必死に夕鈴の言葉を読み取ろうと頭をフル回転させた。


「陛下…」

夕鈴の白く細い手が伸ばされる。

目の前にあるしっとりとした白い手に、僕の思考は中断。他でもない、僕に伸ばされた夕鈴の手を見たら、突っ立ったままでは居られなかった。

気づくと、寝台の上、夕鈴の体を抱き締めていた。

夕鈴は僕の行為に全く抵抗しなかった。

おかしい…と思いつつも、腕の中に大人しく佇む柔らかい体が手放せない。予想以上に甘美な夕鈴の体を前にして、僕の頭は正常な判断が出来ず濁っていた。

定まらない意識のまま、夕鈴の行為の意味を熟考する。

夕食に何か混ぜものでも入っていたのかもしれない。僕も同じものを食べたからそれは有り得ない。じゃあ毒でも盛られたか…いや、それこそ有り得ない。
宴の間、夕鈴から片時も目を離すことはなかったから。

じゃあ…。

僕は夕鈴を見つめた。

少し赤い目…まるで本物の兎のようだと思った。

僕はくすりと笑うと、夕鈴のまぶたに遠慮がちに口付ける。夕鈴は嫌がることなく、こそばそうに身を縮めただけ。


「……」

起きている夕鈴に口付けたのは初めてかもしれない。

いつも眠っている君にだけ近付くことが許されていたから。

僕は夕鈴の名を呼ぶと、長い髪を一房取り、薄い唇に当てた。

何度となく繰り返した行為だが、今夜が一番甘い。想像を絶する甘さだ。

頭がくらくらしてきた。部屋中の熱という熱が僕の体に舞い降りてきたようだ。

真っ直ぐ向けられた夕鈴の視線が余計に僕の心を掻き立てる。


「夕鈴…」

僕は夕鈴の体に体重をかけて、覆い被さるように横たえた。


少し早い。
でも夕鈴が望むなら…僕は止まらない。

僕はもうずっと以前から、頑なに君だけを求め、君だけを望んでいる。


「夕鈴…君が好きだ」

ずっと言いたかった言葉。伝えたかった思い。

本当に僕は…君を愛している。

君も同じ気持ちなの?


「熱いです…陛下」

「僕も熱い」

君のせいだ。
だけど…なんて心地よい熱さ。

寝返りを打とうとしている夕鈴の肩に手を置いて、僕は彼女と間合いを詰めた。
近付くごとに、夕鈴の清らかな香りに満たされていく。

ゆっくりと…合わせたいのは唇と唇。

重ねた唇の後に、その滑らかな肌を余すことなく手に入れたい。

誰が何と言おうと、僕の妃は夕鈴…君だけ。




「眠い…」

夕鈴の声が小さく響く。

「?」


もうまもなく、唇が合わせられる直前に夕鈴の肩ががくりと落ちた。

まるで沈むように見事に落ちていく夕鈴。

僕が慌てて声を掛けたときには、すでに深い眠りの世界に旅立っていた。



「……」

沈黙が流れる。

僕はしばらく放心状態のまま、規則正しく上下する夕鈴の胸と浅い息遣いに耳を傾けていた。













僕は朝から不機嫌だった。
結局昨夜は一睡もしていない。高まりきった熱の中、夕鈴のそばで呑気に眠れるほど僕は大人でなかった。

僕は政務机に突っ伏した状態で、目の前に置かれた空の酒器に忌々しく視線を送る。
これは、昨夜の夕鈴の行為の原因。正常な頭で導き出した答。

僕は溜め息をついて、酒器を指先ではじく。
途端に倒れた酒器が音を立てて政務机を転がった。

その音に混じって、政務室の扉を開ける重たい響きが聞こえた。

次に誰かの気配。

気配の元を知ると、僕は慌てて顔を上げた。

昨夜の夕鈴の行為は、たとえ酔いがもたらした幻だとしても、僕にとって衝撃の出来事。
現れた夕鈴に自然と鼓動が波打つ。


夕鈴はその細い腕に抱えきれないほどの書巻を持って入室していた。

政務室へ来るのがいつもより遅かったのは、書庫へ寄っていたからか…目の前にうずたかく積まれた書巻に、夕鈴は僕に気づかないようだった。

僕は気配を完全に断って、夕鈴の背後より近付いた。


「おはよう、夕鈴」

「陛下!」

夕鈴は驚いて声を上げると、慌てて書巻を抱え直した。

「びっくりした。いらっしゃるなら声を掛けてくださいよ」

口を尖らせて抗議する夕鈴にじとり…と訝し気に視線を送る。


「何か…?」

僕は夕鈴の質問には答えずに、書巻の束を受け取ると小机に並べた。


「昨夜は眠れた?」

「はい。ぐっすり…」

夕鈴の笑顔が浮かぶ。僕は愛らしい顔を複雑に見つめていた。


「夕鈴。あのさ…」

僕は確認する、昨日の事実を。


「昨夜のこと覚えてる?」

「宴ですか?」

「宴の後のこと」

僕の問い掛けに夕鈴の身が固まる。

え?もしかして覚えてくれてるかも。

僕は期待を込めて夕鈴に詰め寄った。


「君の部屋でのこと。もちろん…覚えてるよね?」

僕は忘れていない。
君の肌、君の瞳、君の髪、君の唇。


「それが…」

夕鈴が眉間にしわを寄せる。途端に心配顔で僕を見つめてきた。


「私…宴の途中から、全く記憶がなくて」

記憶がない。
夕鈴の言葉に僕の期待は音を立てて崩れた。

あぁ、やっぱり。

僕は政務机の上に転がる酒器を眺めた。


「夕鈴ってお酒飲んでもなんともないって言ってたよね?」

「はい。言いましたよ」

「なんともないことなかったよ」

「えぇ!そうなんですか?私、何か…」

ご迷惑をかけましたか…夕鈴が小さく呟く。

見つめた瞳は昨夜のように赤くはなかった。

酔いが醒めた兎は、いつもの兎に戻っていた。

お酒を飲むと記憶を無くすから、お酒を飲んでもなんともないなんて…無意識でもずるい言い訳だ。
記憶が無くなる原因がお酒にあるってこと、少しは自覚して欲しい。


「お酒飲むの禁止ね」

「ど、どうして?私やっぱり何か失礼なことをしたんですか?」

失礼と言えば失礼だけど、良い夢を見たと思えば気にならないかな。いや、やっぱり気にするか。


「とにかく禁止」

僕は戸惑う夕鈴の腰を引き寄せた。


「ちょっ…」

夕鈴の頬が赤く染まる。

戻ってきたいつもの夕鈴の姿に、僕はほっと息を吐いた。

やっぱりいつもの君じゃないと。


「惜しいことしたね、夕鈴」

「?」

「僕の一世一代の告白も…」

記憶にないか…僕は苦笑した。

昨夜の余韻、どうやら思った以上に引きずりそうだ。

夕鈴はぽかんと口を開けて、疑問の表情を向けている。


「君は見ていて飽きないね」

「私は見世物じゃないですよ!」

赤ら顔の夕鈴が答える。


「当たり前だ」

僕はそっと頬に触れる。

途端ビクッと肩をすぼめる夕鈴を、僕は口端に笑みを浮かべて眺めた。




「君は私の妃だ」











二次小説第28弾完了です

酔っ払い夕鈴登場。
無意識夕鈴の天然お色気は陛下には酷ですね。また可哀相な展開ですが、ミケの小説ではこれが続きますまぁ間接キスしちゃってるのでこれで我慢してください。

起きている夕鈴に口づけたのは初めてではなく2回目です!陛下、動揺しすぎてカウントを誤っています(笑)

前回の「愛するふたり」の離宮ネタ。24日発売の雑誌最新号のストーリーも離宮ネタでびっくりしました!本編の離宮は人がたくさんいましたが。
こんな偶然あるんですね…ミケにとっては嬉しい偶然ですわ☆


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2010.10.09 (Sat)

夢のつづき

「夢のつづき」

久しぶりの陛下目線。
短文なので読みやすいかと思います。

ではどうぞ。













誰かが呼んでいる、私を。

一生懸命に手を振り愛らしくこぼれる笑顔に、私の口元にも自然と笑みが浮かんだ。

木漏れ日を受けて、キラキラと輝く姿。

眩しくて、眩しくて。目を反らしたいけれど、どこかもったいなくて…気がつけばずっと見つめていた。
決して忘れることのないように、逃がすことのないように、彼女の姿をまぶたの裏側に焼き付けるように。


次第に濃くなる光の渦の中、私の目頭は急激に痛くなる。

ピリピリと伝う痛みに、私は耐え切れず、ついに目を閉じた。

それが全ての間違い。

もう一度目を開けた時には、そこにあるはずの暖かな光はなく、居るはずの愛しい人もなく、ほの暗い闇の中ひとり。


私はひとり立っていた。



そこで目覚めた。




軽く眩暈のする頭を振り、私は寝台から這いずり出た。
乱れる呼吸に心音が激しく打ち鳴っている。

額からこめかみを伝うひやりとした汗をぬぐいながら、私は深く息を吐いた。

身体中を巡る空気を全て外へ押し出すと、不思議と心が落ち着いた。

正常音を奏でる自らの鼓動にいくぶん安堵しつつ、私は頭を上げた。


目を開けるとほの暗い闇の中。

夢のつづきを見ているようだ。


冷たい床の上、手をつく。
足元に絡まる上衣を脱ぎさると、私は肩膝をついて立ち上がった。


格子窓からのぞく白い月は、微睡むように淡く揺れている。

まだ明け切らぬ星空に盛り立てられて、はっきりとそこに存在感を纏っている何か。その何かにずっと支配され、不安感を生み出す私の心。


「……」

久方ぶりに見る夢に、私の心はいつもよりも震えていた。

まだ即位したばかりの頃、何度となく見続けた夢。

東で内乱が起こったとき、南で亡命した民の噂を聞いたとき、西の人家が焼け落ちたとき、北の悪魔を葬ったとき。

その時々でいつも見ていた夢。


私は溜め息をついた。
夜中の冷気が吐く息を白く染める。その軌道を目で追う私の瞳に、広い寝室の一角が写る。

私は気配を絶ち、歩みを進める。

同じように眠りながらも、私とは違う幸せな夢を見続けているだろう愛しい人の元へ。



寝息を立てて眠る彼女は、暗闇の中でも白い輝きを放っていた。
両の手で白磁の肌に触れると、私は閉じられたまぶたの上、ひとつ口付けを落とす。滑らかに吸い込まれる肌に、私の暗い心がゆっくりと正常を取り戻した。


「……ん」

目元の感触がこそばゆかったのか、彼女は寝返りをうった。

途端に肩からこぼれる上衣。
私はひとつ苦笑すると、彼女の肩に元通り掛けなおした。


無心で眠るあどけない姿に、愛おしさが込み上げる。

そばに居れば居るほどに、手放せなくなってしまった彼女。
これほどに私の心を奪い乱すのは、後にも先にもきっと君だけ。


私は彼女に手を伸ばす。
指先で頬に触れ、上下する胸元に手を重ねた。

どうして彼女はこれほど、清らかで美しいのだろうか。

毎日一緒に過ごす日々を重ねても、彼女へ向かう気持ちは色褪せることのない。
むしろ溢れ出す思いに、歯止めがかけられず困っている。

彼女が奏でるこの木漏れ日のように暖かい空気、いっそ私の身に深く取り込んでしまえば、君という存在を手にすることが出来るのだろうか…。


格子窓から覗く月は、まだ淡く揺れていた。


私は目を閉じた。もう一度あの暖かな光に包まれたくて。

夢に登場する愛しい彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
近づけばふいに離れるその体。手を伸ばすと困ったように肩をすぼめるその仕草。ふわふわと、つかめそうでつかめない彼女。

だが、それも夢の世界だけでのこと。

真の世界では、きっと、必ず手にしたい。



「夕鈴」

私は愛しい彼女の名を呼んだ、私の唯一の花嫁の名を、丁寧にゆっくりと。
呼び声に反応したのか、彼女の体がかすかに動いた。

寝返りかな…そう思う私の耳に彼女のかすれた声が届く。


「………そんなところで何してるの?」

「!?」

しまった、起こすつもりはなかったが起こしてしまったのか。
私は慌てて彼女と目線を合わせた。まつげの先が小さく揺れている。


「そこは寒いでしょう。いらっしゃい、青慎…」

青慎?

衣擦れの音が静かな部屋に響く。
彼女は片手を上げて、私を手招きしていた。着物の袂から折れそうなほど細い手首が見え隠れしている。


「どうした…の?青慎」

「……」

まさか。

私を弟と勘違いしているのか?

じゃなければ、彼女がこんな行為に及ぶとは考えられない。


寝ぼける彼女の姿に、笑いが込み上がる。
私は、盛大に噴出しそうな口元を堅く押さえつけた、笑い声を上げないように。

なぜかって、それは思いがけず舞い降りた機会を棒に振るようなこと、狼陛下と呼ばれる私がするわけがないから。


私は、静かに頷くと手招きする彼女の細い手首を掴んだ。

そのまま彼女の導きで寝台に潜り込む。

寝台に横たわる私の髪を優しく撫でる彼女。まるで、幼い子供をあやすかのような柔らかな仕草に、私の心は徐々に満たされていく。

彼女のそば近く漂うこのぬくもりに触れるだけで、こんなにも安心してしまうのはなぜだろうか。


気が付くと、私を纏っていた暗闇は暖かな光に変わっていた。

木漏れ日のように暖かく、どこまでも清らかな光に。














迎えた翌朝。
ふとんから顔を出し視線を送る彼女の顔は、真っ赤だった。


「な、なななななんで……」

「あ、夕鈴、おはよう」

私は起き上がって彼女にあいさつした。ごく普通に、まるで当たり前にそこに居たかのように。


「な、なんで陛下がここにいるんですか!」

「なんでって…」

私は首を傾げる。彼女の質問に対して、さも不思議そうに。


「夕鈴、覚えてないの?昨夜のこと…」

私は困惑顔を浮かべて、焦る彼女をまじまじと見つめた。
実際まったく困ってないけれど、予想外の反応を示してくれる彼女の表情をいつまでも見ていたいから、わざと困ったふりをした。


「昨夜って…な、何があったんですか?」

「夕鈴…覚えてないんだ?」

肩を落とす私の姿に、慌てて彼女が寝台の上、身を乗り出す。


「何も覚えてません…私、一体なにを…」

しましたか…心配そうに尋ねる彼女に、私は柔らかく微笑んだ。


「僕が寒いからって、一緒に寝ようって言ってくれたんだ」

「え、えぇーーー!そんな…」

その反応は予想どおりだけど、ちょっと傷つく。
まぁ、君の初々しいところも含め、すべてが愛おしくて堪らないから仕方ないな。

私はほっと息を吐く。


「ありがとう、夕鈴」

私は彼女の肩にそっと上衣を掛けた。彼女が与えてくれたぬくもり、少しでも返せるだろうか。


「夢のつづき、君と一緒に見れた」

動揺しっぱなしの彼女。どうやら私の言葉は届いていないようだ。

少し寂しいけど、今はそれ以上に幸せだからいいかな。


格子窓から覗いているのは、今は太陽だ。


「今日の朝食、何だろうね」

「そ、そんなことより…陛下!」

急に真剣な眼差しを寄越す彼女に、私は驚いて見つめ返した。

やっぱり、怒ってるかな?


「なに?」

「私、その……寝言、言ってませんでしたか?っというか、寝相大丈夫でしたか?」

まるで熟れた果実のように、赤ら顔の彼女が尋ねる。


そんな真面目な顔で、何を言い出すかと思えば…。


「………ぷ」

私は耐えきれずに笑った、腹を抱えて。
昨夜から抑えていた笑いが波のように押し寄せる。

夕鈴、やっぱり君は面白すぎるよ。


「笑い事じゃありません!」

「ご、ごめ……」

でも、面白い。

「陛下!」


「大丈夫。実に心地よかったよ」

口元に笑みを浮かべ、私は甘く微笑んだ。





面白くて、可愛らしい夕鈴。

もどかしいような、じれったいような…それでいていつまでも見守り続けたいような気持ちになるのは、きっと彼女があまりにも純粋で無垢だから。

淡い輝きを放つ原石の心。美しく磨いて彩るのは、この先もずっと私であり続けたい。









二次小説25弾完

サブタイトルは「寝ぼける夕鈴」です。
夕鈴が寝ぼけてるのをいいことに、ちゃっかり一緒に寝てる陛下(笑)ズルいですね。

弟、名前だけ登場です!
氾紅珠も青慎も、名前だけ登場の人多いですね。今後必ず登場させたいと思います。

本編でも弟への愛情ぶりが描かれていましたが、いつかその愛情が陛下に向かうことを祈っています


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2010.09.10 (Fri)

秘密の花園Ⅱ

Ⅰのつづきです。








ふと横を見れば、相変わらず頬杖をついて、私を観察する陛下の顔。

どうやら何か言うまで、観察をやめてくれないようだ。懲りない狼に先に折れるのはもちろん兎の方。

夕鈴は深く嘆息すると、陛下の視線を真正面から受けた。


「陛下、この際なので申し上げますけど…」

「何?」

「私は…あまりこういうのに慣れていないんです。触れられると心臓が止まりそうになるんです。人前ではともかく、二人きりのときは控えてください」

夕鈴の言葉に陛下は絶句する。
その張り詰めたような雰囲気は、夕鈴に明らかに何かまずいことを言ったのだと悟らせるには十分だった。


「すみません、私、何か…」

変なこと言いました?…夕鈴は尋ねる。
尋ねて不安になった。こんな陛下は初めて見るから。


「いや…何も…」

口元を押さえて陛下が言う。言葉足らずに口ごもるその様子は、夕鈴をますます不安にさせた。


「あの…陛下?私、何かおかしなことしましたか?」

夕鈴は再度尋ねる。
今更だけど、口の聞き方が失礼すぎたのだろうか。

本当に今更だけど。


「いや…大丈夫、夕鈴は悪くない」

「はぁ…」

夕鈴に変わり、今度は陛下が動揺していた。
大きく息を吸ったり吐いたりする姿はまるで、空気を求めて水面に顔を出す金魚のようで、夕鈴はおかしくて心の中で笑った。

初めて見る陛下の表情を見逃すまいと、夕鈴は身を乗り出して覗き込んだ。
途端、陛下が視線を避ける。まるで、見られては困るとでも言いたげに。


「陛下?」

夕鈴は身をかがめた。
いつも冷静沈着な陛下が困っている仕草が物珍しく、大きな瞳でまじまじと覗き込む。


「夕鈴…」

「はい」

「そんなに見るな」

陛下は顔を上げる。顔を上げた陛下はいつも通りの表情だった。

さっきまで見せていた動揺顔をすっかり隠してしまった陛下に、夕鈴は訝し気な視線を送る。


あぁ…残念。
夕鈴はそっと息を吐く。

もう少しあの珍しい表情を眺めていたかったのに。


「ちょっと様子が変だったので見てしまいましたが…」

もう元通りですね…夕鈴は物足りなさそうに呟いた。


「君のせいだよ」

「?私…何かしました?さっきも質問しましたが」

「君は…いや」

だからなんで言葉を濁すのよ。


「陛下…なんかまたからかってます?」

新手の意地悪かもしれない…夕鈴は尋ねながら嫌悪感まるだしの顔で陛下を見つめた。


「違うよ、僕は別にからかってない」

怪しい。焦り答える様子もますます怪しいわ。


「じゃあ何です?教えてください」

「え~っと、夕鈴、怒らないで聞いてくれる?」

何か私が怒るようなことを言うつもりの陛下に、夕鈴は深く考え込んだ。
思い当たる節がないのだから、考えても無駄なのだが。


「さっきの言葉だけど。ほら、慣れてないって言ってた」

「まったく慣れていませんよ。私は陛下とは違うんです。それ以上触れられると…」

心臓が破裂しそう…呟いて夕鈴は何かおかしい事に気づいた。


もしかして私は変なこと言ってる?

だって、私が話し出してすぐまた陛下が変な顔をするんだから、そう思っても不思議じゃない。


「それだよ」

陛下は短く溜め息をつくと、片手で顔を覆った。


「?」

「そんな可愛いこと言われたら…僕の心臓の方が破裂しそう…」

「え?」

陛下の言葉の意味を理解しようとしばし黙る夕鈴の手首を、ふいに力強く掴まれた。
バランスを崩した夕鈴は、そのまま陛下のひざの上倒れ込む。


「きゃっ!」

陛下のひざの上、そのまま押さえつけられて為す術もなく固まる夕鈴に、悠然と見下ろす陛下の顔はにやっと笑っていた。


「な、何するんですか!?」

「君はもう少し警戒すべきだね。さっきのような事、僕以外の男に言っちゃダメだよ」

「は?」

「じゃないと…食べられちゃうよ」

そう言った陛下は覆い被さるように夕鈴を抱きしめる。


「ちょっと!陛下…」

首筋をなぞる感触に、夕鈴は鳥肌を立てる。

どこ触ってんのよ!

耳元で感じる息遣い。肌に触れる陛下の体温。次第に夕鈴の体がゆっくりと力を無くす。

この状況に激しい危機感を感じる一方で、ぬるま湯の中にいるような心地良さを感じるのは一体なぜだろうか。


強張った体から力が抜けると、夕鈴はだらりと手を降ろした。

ただ…勢いを無くした獲物に、狼が舌なめずりして襲いかかる様を眺めているだけ。


「……」

「夕鈴」

へいか…心の中で呼んだ名前は、ゆっくりと空気に溶け込んでゆく。
後に残ったのは柔らかく漂う静寂だけ。


「夕鈴…」

「……」

「夕鈴、眠っちゃダメだよ」

「!?」

陛下の声で意識がはっきりとする。
起き上がった夕鈴を、陛下は苦笑しながら見つめていた。


「王様のひざの上で寝ようなんて…やっぱり夕鈴は面白いね」

にっこり、子犬陛下が笑う。


「誰のせいで…」

わなわなと震える肩、今にも涙がこぼれそうな瞳、陛下の目に映る夕鈴はかなり激怒していた。

怒声が響く一歩手前で、陛下は手を夕鈴の両耳にあてがった。

大きな手のひらで耳をふさがれると、外の雑音から一切遮られる。



「君があんまり可愛いことを言うから、言葉を失ってしまった…」

「?」

陛下の言葉はもちろん夕鈴には聞こえない。
遠慮がちに動く陛下の唇を読めるはずもなく、夕鈴はこの不可解な行動に謎の目を向けるだけであった。


「そんなこと言っちゃいけない。だって君のささいな隠し事ひとつ知りたいと思ってしまうほど、僕は君に溺れてるんだから…」

「何ですか?聞こえないですよ…」

夕鈴が言う。


「君の様子がちょっとおかしいだけで、気が激しく動転してしまい何も手につかなくなるんだから…」

「……陛下?」

離してください…陛下の手の甲に指先で触れる。
指同士が触れ合うと、まるで電流が血液中に流れたかのように、熱く体がしびれた。


「聞こえなくていいよ。今はね」

陛下は口元に微笑を浮かべると、手のひらを解いた。


「何ですか?急に…」

こういうことはしないでって言ったばかりなのに。

おかげで怒る機会を失ってしまった。

夕鈴は訝し気に陛下を見つめた。
その視線にちょっと肩をすぼめて答える子犬陛下に、夕鈴の臨戦態勢は簡単に崩される。


「さっき何て言ったんですか?」

「秘密」


人差し指をあてて、陛下が笑う。


「な…」

何ですか!夕鈴の憤慨を聞き終わらぬうちに、お仕事お仕事!っと鼻歌交じりに陛下が立ち上がる。


まだ話は終わっていない。勝手に話を終わらせようとする陛下に、夕鈴は進路を阻むように立ち塞がる。


「何て言ったか教えてください」

「僕の隠し事だよ」

「何ですか…それ」


「夕鈴の隠し事、教えてくれるまで僕も教えない」


人差し指を口に押し立て、子供のようにあどけない笑顔で呟く陛下。

夕鈴は、その笑顔にただ肩を落とすしかなかった。




やっぱりこの人は隠し事が上手ね。









「狼陛下の花嫁」二次小説第20弾完了
おめでとう、20話♪ここまで書けて嬉しいです。
これもひとえに皆様の暖かい拍手のおかげ。

今回のテーマはスイート&キュート☆ミケは可愛い夕鈴が大好きです

お付き合いありがとうございました。






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